FRP学術業界動向 – 熱可塑性樹脂とエポキシ間の 接着 最新理論
今日のコラムでは普段のビジネス、エンジニアリング寄りの話から離れて、学術的なお話についてご紹介したいと思います。
学術業界での話はすぐに役に立ちそうにない、難しそう、というイメージがあるかもしれませんが、
エンジニアリングであっても目の前で起こっている事象の原理原則は何なのかということを理解することは、問題の根本的解決や新しい技術構築の基礎を考えるにあたり大きなヒントを与えてくれることもあります。
このことは、FRPコンサルタントとして活動している私も実感していることで、開発最前線で起こった問題を解決するには、原理原則を把握するという基本に立ち返るため、教科書や専門書、学術論文がとても役に立ちました。
この経験を踏まえ、私も自ら年に数報、国際科学誌に投稿しております。
本コラムでは専門性の高い学術論文を重要な要点のみに絞り込んでできる限りわかりやすくお伝えすると同時に、学術界とものづくりを主体としたエンジニアリングを結び付けられるような観点でコラムを書かせていただければと思います。
さて、今回ご紹介したいのは、FRPのマトリックス樹脂で多く使われる熱硬化性のエポキシ樹脂と、FRP業界でも最近高速成型というメリットで注目されてきている熱可塑性樹脂の 接着 に関する動向を解説した論文をご紹介します。
シドニー大学のShiqiang Deng氏らが、Composites: Part A(Compos Part A, 68, 121-132)という論文です。
以下のサイトで最初の部分は読めます。
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1359835X1400308X
Reviewというジャンルの論文ですので、その道の専門家が過去から近年にわたってのトピックに関連する論文をまとめ、その動向を紹介するというものです。
まずは、この論文に関連するエンジニアリングの背景についてお話させてください。
FRP構造体の具現化においてよく課題として挙げられるものは何でしょうか。
答えは、「接合」です。
接合というのは、FRPでよく使われる接着といった類のものも含みます。
耐熱性、耐衝撃性、耐環境性、外観性、耐腐食性、耐摩耗性など。
様々な理由でFRPではなく、金属部材や樹脂部材と組み合わせて使う必要がある、ということは多々あります。
その時に重要となるのが、
「接合」
なのです。
最も代表的かつ、確実なものとして行われているのが開孔による金属締結。
ボルトジョイントやリベットによるファスナーがあります。
信頼性という観点ではやはり「物理的な締結」に勝るものはありません
ただし、部品点数が増える、締結するための金属部品によって重くなる、炭素繊維の場合、その繊維による電食など、多くの問題が生じます。
そこで積極的に行われているのが、
「接着」
です。
エポキシやアクリルといった接着剤を使用することが多いです。
接着という概念は歴史自体は古いものの、まだきちんとした接着の理論は確立されてはいません。
そのため、量産で実際に使うときには安全性確認のため、事前にかなり厳しい環境試験を行う必要があります。
接着材料や接着工程によるばらつきも多く、信頼性という観点ではまだまだといった印象です。
そのため、ボルト締結やリベッティングと併用させるケースが多いです。
前置きが長くなりましたが今回ご紹介するreview論文では、熱可塑性樹脂とFRPのマトリックス樹脂の代表例であるエポキシとの相互作用という観点で論文がまとめられています。
– ポリスルフォン(Polysulfone)
– ポリエーテルスルフォン(Polyethersulfone)
– ポリエーテルイミド(Polyetherimide)
– ポリアミド(Polyamide)
といった熱可塑性樹脂とエポキシについて、両者の相互作用について色々書かれています。
今回の論文で注目すべきはこのような細かいところではなく、
What is the mechanism of thermoplastic-epoxy interaction?
つまり、どのような仕組みで熱可塑性樹脂とエポキシ樹脂の間に相互作用が生じるのかという所です。
これを理解しておくことは、実際のFRP部品設計や製造工程において、
エポキシマトリックスのFRPと熱可塑性樹脂の相互作用を発現させ、
両者の接合をどのように実現すればいいのか、を考えるときのヒントになると思います。
この論文においては、エポキシと熱可塑性樹脂の間における接合を発現させるメカニズムは5つあると述べています。
1. Physical adsorption
2. Mechanical interlocking
3. Chemical bonding
4. Diffusion
5. Electrostatic theory
それぞれ簡単にご説明します。
1. Physical adsorption
物理的吸着という訳がいいと思います。
いわゆるvan der Waals力(ファンデルワールス力)による「分子間力」のことですね。
二枚のガラス板の間に水を一滴垂らして再度ガラスを重ね合わせた時、
ガラスを引きはがすのは大変ですね。あの2つのものをくっつける力です
表面粗度が良いほど、そして両者の形状追従が良いほどよくくっつきます。
鏡面仕上げをした金型でFRP部品を成形した時に離型できずに苦労した、という事はないでしょうか。
あの原因の一つはこのような分子間力によって引き起こされています。
2. Mechanical interlocking
機械的締結といった訳でしょうか。
表面に凹凸がある場合、その凹凸部に粘度の低い樹脂が入り込むなどして食い込むという、
「アンカー効果」による接着が一例ですね。
論文には書かれていませんが、穴をあけてボルトやリベットで固定する、
というのも機械的締結という考えで間違えていないのではないかと思います。
3. Chemical bonding
化学結合ですね。
論文中では化学結合による接合は4つのパターンがあると書いています。
a. Covalent bonds(共有結合)
b. hydrogen bonds(水素結合)
c. Lifshitz-van der Waals forces(ファンデルワールス力)
d. Acid base interactions(酸アルカリ相互作用)
これらは、極性分子(電気的な偏りを持つもの)との間の相互作用、
お互いに反応して新たに化学結合を有するもの、といった間で形成されます。
プラズマ処理、コロナ処理といった表面処理によって結合が形成されることがあります。
分子吸着でも述べたファンデルワールス力が入っているのは、
ファンデルワールス力が分子吸着というものと、化学結合というもの、
2つの性質を有していることを意味していると考えます。
4. Diffusion
拡散という考え方です。
10?1000オングストロームという極めて狭い範囲で異なる2種類の分子が、
お互いに分子に入り込むイメージになります。
一種の同化ですね。
5. Electrostatic theory
いい例が静電気ですね。
異なる二種類のフィルムを引きはがした時などにくっつこうとする力はイメージしやすいかと思います。
論文中においては、エポキシと熱可塑性樹脂の間の接着を実現するには、
chemical bondingとDiffusionが有効であると書いています。
エンジニアの現場から言うと、やはり最終的に物言うのはmechanical interlockingという考えが強いです。
金属と接着する場合は、金属側をエッチングするなどして表面をあらして、
可能な限り接触する表面積を広げると同時に、アンカー効果を狙います。
もちろん、接着剤がある程度の接着性を有しているというのが前提ですので、
論文の言うとおり chemical bonding と diffusion が重要であるという考えは同意できます。
設計としては、最悪接着部がはがれた、壊れたとなってもすぐに壊れないように、
ボルトやリベットで締結するという安全を考慮してほしいところです。
いかがでしたでしょうか。
また学術業界の動向をお伝えしながら、それをエンジニアリングの立場に落とし込み、
現象の原理原則を確認するというコラムを書きたいと思いますので、ご参考になれば幸いです。