Graphene および Carbon nanotube で強化された超高強度天然繊維の研究
非常に身近ですが、機械特性がずば抜けて高い繊維があります。
それは「クモの糸」です。
今日の記事ではFRPの究極の強化繊維と期待されているクモの糸の研究をご紹介します。
過去にもクモの糸に関する多くの研究がなされていますが、今回ご紹介する研究もその一つです。
イタリアにある University of Trento の研究者たちが、
クモに Graphene や Carbon nanotube の溶液を噴霧し、
それぞれ化学構造が取り入れられたクモの糸を取り出すことに成功しました。
http://arxiv.org/ftp/arxiv/papers/1504/1504.06751.pdf
使用したのは CoMoCAT®法 という単層カーボンナノチューブ( SWNT 、 SWCNT : Single-walled carbon nanotube )で、一つはそのまま、もう一つはアーク放電処理をしたものを用いたとのこと。
それぞれ 0.1mg/ml という濃度で作製した溶液をクモに噴霧。
そのクモから取り出されたクモの糸(繊維)を調べました。
第一段階として繊維の表面をラマン分光によって調査を行っています。
C-H由来の2934cm-1のピーク基準で平均化した後、
Graphene、並びにSWNTの溶液を噴霧されたクモから取り出された繊維と
これらの噴霧を行っていないクモから取り出した繊維のスペクトルとの差分を調べたところ、
上記の溶液有無によるスペクトル吸収の差は見られましたが、
GrapheneとSWNTとの差異はピーク強度比の比較から確認できないとのことです。
つまり、Graphene SWNTの溶液を噴霧したクモから取り出した繊維は、
何らかの炭素骨格が導入されているが、
導入された構造に明確な差は無かったということです。
繊維の作製元であるクモに溶液を噴霧しただけで炭素骨格が導入された、
ということはとても興味深いところです。
そして繊維の引張強度比較結果も非常に興味深い結果を示しています。
上記論文中のTable 1、2にGrapheneやSWNTのスプレーを噴霧した前後の糸の強度比較が載っていますが、必ずしも強度やヤング率が上昇しているわけではないということがわかります。
論文では物性一覧が表になっていて見にくいのでグラフにして比較してみました。
以下が物性の比較グラフです。
Neatというのは何もしていない繊維、Graphene、SWNTはそれぞれの溶液をスプレーしたクモから取り出した繊維、最後に2という数字がついているのは2度目に取りだされた繊維の物性を示しています。
尚、すべて平均値で、論文中のSWNT1、2は区別せず一つのグループとして考えています。
結論から言うとSWNTの物性に与える影響は大きいといえます。
ヤング率、Fracture strength/modulusについて、それぞれNeatと比べて70?80%程度上昇していることがわかります。
一方で破断伸びは20%程度低下しています。
その一方で2回目以降に取りだされた繊維では物性がNeatと比較し、
SWNTでは上記の物性が大きく低下していることがわかります。
おそらくSWNTの噴霧というのがクモにとって大きなストレスなのかもしれません。
また、Grapheneを噴霧したクモから取り出した繊維は破断伸び以外はすべてNeatより低下しています。
さらに2回目に取り出した繊維の方が物性が上がるという興味深い結果が得られています。
SWNTよりもGrapheneのほうがクモの死亡率が低かったというのも見ておくべき点かもしれません。
長い年月をかけて進化してきた天然素材であるクモの糸は、
やはりそのまま使うのがいいのではないか、と考えさせられる研究結果です。
最後にこのお話を芥川龍之介の短編小説を例に別の視点で評価してみたいと思います。
カンダタが登ったクモの糸。
自分以外にも多くの罪人が登ってきたと書かれています。
上記の研究でSWNTによって強化されたクモの糸のFracture strengthは約1800MPa。
(試験方法を見ると引張評価でしたので、Fracture strengthを引張強度とみなしています)
単位平方ミリ面積当たり183.6kgを釣り上げることができます。
もしカンダタ一人だけであれば、断面積0.4mm2ていどの細い糸でも助かったかもしれません。
(カンダタの体重を60kgとして計算)
仮に60kgの人を100人釣り上げようと思ったら32mm2の糸が必要です。
直径で約6.44mmですね。
(お釈迦様もかなり太いクモの糸を用意されたのだと感心してしまいます。)
話はそれてしまいましたが、天然繊維というのはFRP強化剤としてポテンシャルが高い素材の一つと言われています。
身近なものに目を向けることでFRP業界での新たなブレイクスルーを見出すことができるかもしれません。