ケイ酸ジルコニウム を添加したポリエチレン複合材料に関する最新研究
FRPも含まれる「 複合材料 」。
複合材料というのは、
物理的に異質で機械的に分類できる2種類以上の材料からできており、特性が個々の素材のそれよりも優れている材料
のことをいいます。
今日の記事では複合材料という観点で最新の研究をご紹介し、
FRP事業における戦略検討のヒントを見てみたいと思います。
今回ご紹介するのは以下の論文です。
-Title
Dielectric, thermal and mechanical properties of zirconium silicate reinforced high density polyethylene composites for antenna applications
– Authors
Jobin Varghese, Dinesh Raghavan Nair, Pezholil Mohanan and Mailadil Thomas Sebastian
– Abstract
Low cost and low dielectric loss zirconium silicate (ZrSiO4) reinforced HDPE (high-density polyethylene) composite has been developed for antenna applications. The 0-3 type composite is prepared by dispersing ZrSiO4 filler for various volume fraction (0.1 to 0.5) in HDPE matrix by melt mixing process. Composite shows good microwave dielectric properties with relative permittivity of 5.6 anddielectric loss of 0.003 at 5 GHz at the maximum filler loading of 0.5 volume fraction. The composite exhibits low water absorption, excellent thermal and mechanical properties. It shows a water absorptionof 0.03 wt. %, coefficient of thermal expansion of 70 ppm/oC and room temperature thermal conductivityof 2.4 W/mK. The composite shows tensile strength of 22 MPa and microhardness of 13.9 Kg/mm2 forthe filler loading of 0.5 volume fraction. The HDPE-ZrSiO4 composites show good dielectric, thermal andmechanical properties suitable for microwave soft substrate applications. A microstrip patch antenna isdesigned and fabricated using HDPE-0.5 volume fraction ZrSiO4 substrate and investigated the antenna parameters.
投稿されるのは Physical Chemistry Chemical Physicsという名門誌です。
http://www.rsc.org/journals-books-databases/about-journals/PCCP/?e=1
この研究では高密度ポリエチレンにケイ酸ジルコニウムをフィラーとして添加した時のアンテナとしての性能を評価することを目的として行われた研究です。
ジルコニウムという元素は非常に硬い金属で、上部で中性子を透過することから原子炉内の燃料ペレット容器、酸化ジルコニウムは砥石車や石油切削装置、悪路用バイクなどの溶接部の粗研磨にも用いられています。
アンテナに用いられる材料特性として重要なのは熱的安定性(線膨張、高温環境下での物性保持など)と誘電特性とのこと。
この特性を満たすものとして通常用いられるセラミックのアンテナ材料は非常に高価であるため、
安価な高密度ポリエチレンにケイ酸ジルコニウムを添加した複合材料で代替できないか検討をしています。
結果の概要を見ると、ケイ酸ジルコニウムの添加に伴い密度、誘電正接が増加し、吸水率、線膨張などが低下することがわかります。
アンテナに使われている材料が吸水してしまうと、その水が減衰層としてはたらくことで誘電特性が大きく低下することが知られており、ケイ酸ジルコニウムの添加による吸水率の低下はアンテナ材料としての特性を高めることにつながっているとのこと。
また線膨張の低下はアンテナの命である受信精度の向上にそのままつながります。
熱や冷気で変形してしまっては電波の受信が困難になることは想像できるかと思います。
しかしその一方で誘電正接や密度が増加してしまっているのは論文中では述べられていませんが、
これはこれで問題です。
密度が大きくなるということはそれだけ自重を支えるのが難しくなる、
屋根の上に置くアンテナが重くなることも意味しています。
そして何より誘電正接が増加しているのは問題ではないでしょうか。
誘電正接は電気エネルギー損失を意味しており、受信損失と同じ意味合いです。
ケイ酸ジルコニウムの増加によって誘電正接が上昇していることは、吸水率の低下による受信効率の低下の方がずっと大きいため、誘電正接の増加について特に述べられていないのかもしれません。
FRPと直接関係のないと考えられる論文をご紹介しましたが、
この論文で調べられている点についてはFRPの戦略を考えるときにヒントとなるものが多く含まれている、
と考えられます。
最も参考となる点は論文中で行われている評価です。
吸水率、線膨張、熱分解温度、誘電正接、密度、強度など。
非常に幅広く評価が行われているという点はFRPの戦略を考えるときにも参考になる点です。
材料開発の時、FRPとして引張強度だけでいいのか、圧縮は、面内せん断は、層間引張や層間せん断、そして曲げ強度は見なくていいのか。
このような機械特性だけではなく、線膨張、熱伝導率、遮音特性、密度、Vfといった物理特性は見なくていいのか。
もちろんすべての評価を行っていてはキリがない、というのはあります。
しかし、評価すべき多くの項目を「理解した上」で選別するのと、
わからず「他で行われている評価に合わせる」というだけではその材料の本当の特性はわかりません。
同じように成形では、圧力、温度、成形時間といったパラメータだけではなく、
これらのパラメータが材料の物理特性、機械特性に与える影響は何か。
さらには、上記のパラメータによって寸法精度、内部欠陥といったものに影響はないのか。
わかりやすい評価だけではなく、できる限り幅広い視点で評価項目を洗い出すという姿勢がFRPを製品化するにあたっての戦略として重要となります。
最後に今回ご紹介した論文であえてコメントするとしたら何でしょうか。
私が評価してほしかったのはケイ酸ジルコニウムともう一種類、別の添加材を入れた場合、
それらの相乗効果はあるのかという評価です。
評価する前の段階で添加剤を絞り切ってここに到達しているのであれば問題ありませんが、
基本的に材料の特性は一つのパラメータで評価できるものではなく、
相乗効果が発現するのは良くある話です。
Aというもの素材、Bというもの素材そしてCという素材、それぞれ単独で用いた場合には到達できなかった性能が、Aを60wt%、Bを30wt%、Cを10wt%で入れると非常に高い性能を示すというようなものです。
ただし、相乗効果を評価するには「客観的」な視点が非常に重要です。
様々な手法がありますが、一例として多変量解析を採用するといったアプローチが有効です。
興味のある、またはわかりやすい評価に着目することなく、抜け漏れができるだけないよう客観性にこだわるという姿勢が重要です。
最新の研究を通じてFRP戦略検討にも応用できる部分へのフォーカスと、
この研究をより高いレベルにするための考察を行ってみました。
FRP材料を用いた製品化を実現する、FRP事業に参入するための戦略を考えるにはどのようなことが重要か。
そのようなことを検討する際に参考になれば幸いです。