バイオマス ポリアミドの研究開発
CFRTP (熱可塑性炭素繊維強化プラスチック)のマトリックスとしても度々注目されるポリアミド(PA)。
吸水性という課題はあるものの、自動車を中心に適用を拡大しようという流れは今後も続くものと予想されます。
さてこのようなPAを基軸とした材料は、環境問題対策の一つとしてバイオマス材料としても注目されているということをご存じでしょうか。
今日はFRP学術業界動向としてポリアミド系材料の一つである「シルク」を一例に、バイオマス材料の研究開発動向についてご紹介したいと思います。
本日の紹介記事の出展元は、高分子学会の機関誌2015年12月号(vol.64)の中の、
「構造たんぱく質の基礎物性 – 構造材料への利用に向けて -」
という特集です。
著者は理化学研究所、環境資源科学研究センターの沼田圭司博士です。
沼田博士は、
「アミド結合により構成された高分子であるポリアミドは従来型のバイオマス材料よりも高い物性を達成し、構造材料への適用を目指す」という研究目的を可掛けています。
今回の記事の中で述べられているのは、ポリアミドの一種である「シルク」。
絹とも呼ばれるこの材料は、高い機械強度と生体適合性ならびに生分解性を有しています。
これまでの検討ではシルクを水溶液化し、従来の繊維に加え、フイルム、ゲル、スポンジ、多孔質基質、人工血管などの研究検討が行われてきたとのことです。
加えて、軽量かつ高い靭性を有するという特性ゆえ、構造材料への適用が期待されているものの、基礎物性発現のメカニズムはよくわかっていないとのこと。
これに対し沼田博士はシルクの物性と化学構造の相関に関する研究を行い、変形過程における構造変化やバルク状態における熱的性質について報告しています。
シルクタンパク質の中で最も研究例が多いのは「クモの糸」の牽引糸。
変形速度の増大に伴い引張強度が増大するという報告例があるようです。
FRPの将来的な強化繊維としてもクモの糸は度々取り上げられます。
以前、 Graphene や Carbon nanotube の溶液をクモに噴霧し、
高い強度を有する蜘蛛の糸の作製に成功したという研究例を、
こちらの記事でご紹介したことがあります。
機械的物性に影響を与えているものとして、ベータシート構造というものがあり、
沼田博士は変形過程におけるベータシート結晶形成について研究を行っているとのことです。
尚、ベータシート結晶というものについては以下のものがわかりやすいです。
http://www.nusrc.nagoya-u.ac.jp/WatanabeLab/Lectures/history-of-PX.pdf
上記のサイトのうち、p.15、16をご覧いただければと思います。
ベータシート結晶のイメージ図を以下に示します。
( The image below is referred from http://www.nusrc.nagoya-u.ac.jp/WatanabeLab/Lectures/history-of-PX.pdf )
この構造を見るとわかるかもしれませんが、繊維方向については共有結合、
そして繊維に垂直な方向にも水素結合、さらにはシート間(層間)にはファンデルワールス力が存在する、
というように分子構造の全方向に対して機械強度を発現させる何らかの結合や力が存在するということがわかります。
これはシルクが高い強度を発現するという一つの根拠となっているようです。
これまでの検討においてシルク繊維のベータシート構造は紡糸工程で形成されるもので、延伸工程では形成されないという考えが主流であるため、沼田博士は本点を確認するためシルク繊維の延伸過程における構造変化と機能の相関を広角X線散乱法(WAXS)にて調査を行いました。
延伸前のクモの糸の構造解析をWAXSで行った結果、クモの牽引糸(縦糸)はベータシート構造由来の結晶性の散乱パターンが観察された一方、横糸では結晶性のパターンが観察されず非晶性の繊維であることが確認されました。
クモの糸の延伸工程での構造変化を見るため、各延伸過程における散乱パターンを観察したところ、延伸に伴い縦糸の結晶化が促進されることがわかりましたが、これはベータシート構造ではなく局所的な配向構造だったとのこと。
一方で横糸は延伸による結晶化の傾向は確認されず、非晶性のままだったそうです。
これに対する沼田博士の考察は非常に興味深いです。
クモの糸は牽引中に縦糸の結晶化が進むことで過度な延伸を防ぎ、強度を増大させ、
横糸は餌を捕食するために必要な光学特性を維持している可能性がある、と述べています。
今回の記事では延伸がクモの糸の特性にどのような影響を与えるのかというお話でした。
外力により高分子というのはその分子配列や結晶構成が変わることで、機械的、物理的特性が変わることがあります。
FRPでも同じことで温度履歴、圧力プログラムといった成形のパラメータ。
その前段階である繊維への樹脂含浸(ダブルベルト、RTMなど)のパラメータ。
これらの一つ一つの履歴が目に見えないところでマトリックス樹脂に影響を与え、それが最終的な構造部材の特性にも影響を与える。
このような樹脂に対する配慮というものも重要なのではないでしょうか。
加えてバイオマスを用いたFRPは海外を中心に今後注目度が高まる可能性があります。
とりあえずFRPを作るではなく、
天然のものを用いた材料を活用することで、
カーボンオフセットはできないか、生分解性FRPはできないか。
作ったら捨てるという考えではなく、循環型社会を実現できるよう今からアンテナを張っておくことはこれからの長期戦略としては重要であることに違いありません。