FRP学術業界動向 中赤外レーザー を用いた FRP超音波探傷
先日、一般社団法人 日本非破壊検査協会 超音波部門 の超音波による非破壊評価シンポジウムに参加してきました。
その中でCFRP関連で発表されていた、
「 中赤外レーザ 光源の開発とCFRPレーザ超音波探傷への応用 」
という発表を題材に本技術をご紹介したいと思います。
これはNIMSで研究が進められているもので、
SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)革新的構造材料 研究開発計画 というURL中、
個別テーマA06 炭素繊維強化複合材料のレーザ超音波用励起光源と汎用検査法開発
研究責任者: 渡邊 誠
国立研究開発法人物質・材料研究機構 環境・エネルギー材料部門 先進高温材料ユニット
コーティンググループ 主幹研究員
参画機関: 国立研究開発法人物質・材料研究機構、東京大学
という所に概要が書かれています。
上記の技術は M. Dubois らが Appl. Phys. Lett.で発表した以下の論文に端を発しています。
ここで述べられているのは、
波長 3.2μm近傍の中赤外レーザーが、CFRPへの超音波励起に最も適している
ということです。
著者を見ると GE Corporate Research and Development Center と Lockheed Martin Tactical Aircraft Systems と書かれています。
やはり、北米の航空技術から由来している話なのですね。
このような基礎をきちんと行う欧米の航空関連企業の姿勢は好きです。
(最近は少し変わってきてしまっているようですが)
もしかすると、これらの発表の陰には名前は出てきていないものの様々な方々の汗と涙があるのかもしれません。
日本とは比較にならない徹底した軍隊組織の欧米企業だとあり得る話かもしれません。
上記で紹介したM. Duboisの論文でも述べられていますが、
「 パルスレーザー を用いた超音波探傷は、レーザー光を吸収した時の熱膨張を応用したものである 」
(日本非破壊検査協会での発表は著者の意向に合わせレーザ、それ以外はレーザーと書かせていただきます)
というのが大前提です。
M. Dubois の論文をもう少し見ていきます。
本論文は実際に実験を行ったのではなく、解析をベースとした評価のようです。
具体的には " Laplace and Fourier Transform "に基づき、光学的浸透を熱拡散、表面反射、底面拡散による機械的変位を予測したとのことです。
まずCFRPの探傷に適したレーザーの波長について言及されています。
従来( 論文が掲載された2000年当初 )は1.06μmの波長を有するYAGレーザーが検討されていたようですが、CFRPのマトリックス樹脂である高分子をほぼ透過してしまうため熱励起させることができなかったとのことです。
高分子の分子運動が励起されるのはより長波長側であることは既に知られたことです。
レーザーの波長と吸収の関係を示したのが以下のグラフです。
( The image above is referred from https://www.researchgate.net/publication/259234429_Optimization_of_temporal_profile_and_optical_penetration_depth_for_laser-generation_of_ultrasound_in_polymer-matrix_composites )
エポキシ樹脂単体と、エポキシ樹脂をマトリックスとしたCFRPの両方の評価結果が載っています。
これを見ると4.0μm以下の周波数帯でレーザーがエポキシ樹脂でもCFRPでも透過することなく吸収されているようすがわかります。
吸収されるということは、レーザーを当てた時に超音波を励起させることが可能であることを示唆しています。
論文中では特にエポキシ並びにCFRPへの吸収のいい2.9μmと3.4μmの2つの周波数に注目しています。
それぞれ ヒドロキシル基 ( -OH )、メチレン基 ( -CH2- :論文中にあるCH/CH2の意味合いをメチレン基と解釈しました)の吸収波長です。
その中でメチレン基由来である3.4μmの波長を積極的に活用すべきだというのが M. Dubois の主張のようです。
理由として、
- メチレン基はほとんどの有機物に含有されているためターゲットを有機物全体に広げられる
- 湿度の影響を受けにくい(ヒドロキシル基は極性基のため、湿度の影響だけでなく、pHの影響も受けると推測されます)
- 3.4から4.0μmという波長領域により浸透深さを20から120μmに調整できる
という点を挙げています。
それ以外に述べられていることとしては、
パルス持続時間が浸透に影響を与えるが、パルス持続時間を短くするとそれだけ表面温度が高くなる、という点です。
レーザー探傷中に起こる損傷のほとんどは熱によるものであることを考えると、パルス時間は短くできず、有機物の一般的な分解温度(恐らく300℃超を想定していると推測します)を考えると10nsが妥当である、といったことが書いてあります。
下図にパルス持続時間と昇温の関係を示します。
( The image above is referred from https://www.researchgate.net/publication/259234429_Optimization_of_temporal_profile_and_optical_penetration_depth_for_laser-generation_of_ultrasound_in_polymer-matrix_composites )
1nsの場合、2500℃近くに到達すると予想されることから、とてもではありませんがCFRPでは耐えられないことがわかります。
これらの結果を踏まえ、パルス保持時間 10ns 以上で3.4から4.0μm程度のレーザーを用いればCFRPの超音波探傷も可能になるであろう、という言葉で締めくくられています。
この論文が発表された当時はこの周波数帯でレーザーを発信することはできなかったのですね。
前置きが長くなってしまいましたが、「中赤外レーザ を用いた FRP超音波探傷」の発表の方に戻りたいと思います。
まず発表中で最も評価すべき点は、3.2μmの波長のレーザーを作りだすことに成功したことです。
具体的にはNIMSで開発した周期的な分極反転構造を有するマグネシア添加定比タンタル酸リチウム( Stoichiometric litium tantalum oxide (LiTa03) )結晶を利用し、光パラメトリック発振を行ったとのことです。
光パラメトリック発振についてはこちらをご覧ください。
一種のレーザー波長変換の技術です。
ポンプ光として1.06μmのYAGレーザーを用いて疑似位相整合デバイスとして格子間隔30.9μm、31.1μmの2種類を使用すると、
温度30℃で3.3μmと3.23μmのアイドラー光を発信できるとのこと。
結晶温度によって発信できる超音波波長は異なるようで、30℃では3.3μmと3.23μmだったアイドラー光の波長は、2.9μmまで減少させることができるとのことです。
まずここで一つ疑問なのは M. Dubois の論文では3.4から4.0μmの波長が望ましいという結論だったのに対し、今回の発表では少しその該当波長からずれている点です。
わずか0.20μmという見方もありますが、励起される分子構造は波長にある程度シャープに反応します。
特に今議論している周波数帯は赤外分光で見る範囲としては比較的長波長側であるため、出てくるピークはそれほど多くありません。
もしかすると透過性を高めるためにあえて高分子のメチレン基などで吸収される波長帯を避けたのかもしれません。
(発表者の方はご説明されていたかもしれませんが、メモには残っていないため推測のままです)
またはそもそもこの周波数のアイドラー光の発振が難しかったのかもしれません。
パルスエネルギーとスポット径をそれぞれ0.2mJ、1.0mmに合わせて今回開発された3.2μm、1.57μm、1.064μm(YAGレーザー)の3種の光源についてCFRPへ照射したときに検出される超音波振幅の比較を行っています。
今回用いたのは朱子織のCFRPでしたが、繊維の折り目に多いエポキシに対して強く反射する、炭素繊維の反射波弱いといったマクロの応答に大きな差異はなかったものの、3.2μmの時に検出された超音波の最大振幅について最大値や最大値と最小の差異で最も大きいという結果が出ています。
特にYAGレーザーと比較すると最大振幅の差は歴然であり、3.2μmのレーザー光がCFRPの超音波励起を高効率で行うということが示されています。
そしてもう一つ、レーザー照射による表面損傷評価についてです。
当然ながら同じパルスエネルギーである場合波長が短い方が表面損傷が大きくなります。
損傷が大きいのは炭素繊維部分です。
今回評価した中では最も波長が長い3.2μmのレーザー光の表面損傷が少なかったと書かれていますが、
これは予想通りの結果であるとみるべきです。
表面損傷の対策としては損傷の主原因である炭素繊維をエポキシでコーティングすることが一案とのことです。
実際の評価結果を見たところ平板ベースではありますが2.3mm厚みの平板で10mm角の欠陥は明確に検知可能、1mm角も欠陥の存在レベルまでは見ることができているようです。
検知できる欠陥厚みは50μm程度なので、今後の改良によっては実践的な技術へと進化するポテンシャルがあります。薄層の欠陥に強いのが超音波技術が今でも多くのFRP非破壊検査に用いられる理由です。
今回の記事でのポイントは何でしょうか。
やはりご紹介した研究内容が非接触でのCFRP探傷の可能性を示しているところです。
実際の量産レベルで非破壊検査を進めるには非接触であることが好ましいです。
特にある程度の形状を有するものについては必須と考えるべきです。
これは探傷スピードを上げるためです。
この観点ではパルスレーザー励起による超音波探傷は期待できる技術の一つです。
ただし絶対に忘れてはいけないことは、
「欠陥の詳細確認は、単眼のA-scanで行う」
ということです。
非接触探傷はレーザーによる超音波冷気や加熱探傷、X線など様々な技術がありますが、
欠陥輪郭の明確化に力を発揮できるのは昔ながらのA-scanによる単眼探傷であることは間違いないからです。
あくまで非接触探傷は広い範囲を短時間で探傷するためのツールであるという位置づけにすることが大切です。
今後も非破壊検査技術の進化からは目が離せません。