熱可塑性樹脂の Honeycomb からみる 企業戦略
ベルギーに本拠地を構える econcore という熱可塑性樹脂の Honeycomb を販売する企業をご紹介します。
ホームページは以下の所になります。
econcore は自社のことを
「 THE WORLD LEADER IN NEW TECHNOLOGIES FOR ECONOMIC SANDWICH MATERIAL PRODUCTION 」
つまり、
「 経済的なサンドイッチ構造材料量産品における世界けん引企業である 」
と述べています。
かなりニッチな部分に注力しているのがわかるかと思います。
彼らの主力材料である「 ThermHex 」というものがまた非常に興味深いです。
本件を中心にした会社案内は以下の動画がわかりやすいかもしれません。
これは econcore のホームページにも書かれていますが、熱可塑のハニカムは連続成形で製造されるようです。
上記の動画によると econcore は20年以上にわたって ThermHex のハニカム技術を蓄積してきており、その高い剛性と強度のポテンシャルからコンテナ、自動車内装、建築物の床材などへの適用はもちろん、展示用の棚なども形状設計自由度を高めることに大きく貢献できていると述べられています。
動画の中では本製品は EXALITE® という商標で紹介されています。
現在のHPでは ThermHex という名前の製品が紹介されており、輸送コンテナを一例とした場合に想定されるメリットが以下のように述べられています。
• thermo-formability (complex shapes possible in one shot process, including over-molding options)
• thermal insulation (still air in the small honeycomb cells is a perfect insulator)
• enhanced damping performance
• weight reduction due to the honeycomb sandwich design
• cost reduction due to the in-line integrated, efficient production process
この中で興味を惹かれたのが、断熱性と減衰効果というところです。
熱可塑性の Honeycomb を用いることに限ったものではないのかもしれませんが、ハチの巣からヒントを得てロングセラーとなっている本技術はその特徴的な形状によって高剛性、変形柔軟性に加え減衰といった機能性を発現するのかもしれません。
尚、断熱性はハニカム構造中に残っている空気層が断熱層になると書かれています。
同様に自動車内装材のケースは以下のようなメリットや使用方法が想定されているようです。
• luggage compartment floor and spare wheel covers
• door panels / door inserts
• seat back stiffeners and compartment dividers
• cabin floor and underfloor systems
• overhead systems (enhanced sounds absorption with an open cell honeycomb structure)
以前紹介した Solvay の PPSU フォーム材とバッティングする部分もありそうです。
現在の所 ThermHex は以下のような素材での作製が可能とのことで、汎用樹脂からスーパーエンプラまで対応が可能のようです。
PP (Polypropylene)
PE (Polyethylene)
PS (Polystyrene)
PET (Polyethylene terephthalate)
PA (Polyamide)
PC (Polycarbonate)
ABS (Acrylonitrile-butadiene-styrene)
PPS (Polyphenylene sulfide)
PEI (Polyetherimide)
まず技術的内容について考えるべきポイントを述べてみます。
1.熱可塑性樹脂を他材料と接着(融着)の懸念
多くの方がこれを感じたかもしれません。
PAのようにある程度の極性構造を分子中に持っていれば別ですが、一般的に熱可塑性樹脂は重合が終わっているため接着などの化学反応に対して鈍感です。
接着について細かく書かれていない一方で、以下のJECのHPでは TATA Steel がアルミとこの熱可塑性樹脂ハニカムの複合材料に強い興味を示し、アルミスキンと ThermoHex との組み合わせで製品化を急ぐと述べられています(既に工場を建てたようです)。
ここでは軽量化に加え、剛性を維持しながら金属の使用量を最小化できるメリットもあると述べられ、遂に金属側と高分子側の協業が本格的に始まることを示唆しています。
その一方でアルミは接着に対して一般的には非常に鈍感な上、耐腐食性も低く、アルマイト処理したアルミの接着には通常防食と接着力担保のためプライマーを用いることが必須です。加えて金属との積層では変形はかなり制限されるはずです。
このような特性を有するアルミと熱可塑性樹脂の組み合わせは、私個人的にはなかなかチャレンジングなことをやるな、と正直に驚く部分もあります。
当然ながら何らかのブレイクスルーが出た、またはどこかの特性を割り切って使うかのどちらかと思っています。
2.熱可塑性樹脂が不得意なクリープ変形
熱可塑性樹脂を扱う時にはこれを忘れてはいけません。
本点の重要性は以下の記事でも述べたことがあります。
絡み合い構造が主体の熱可塑性高分子(樹脂)はクリープ変形に対して基本的には脆弱です。
長い時間同じ力がかかり続けることにより徐々に変形しやすいのです。
もちろん今回のようにハニカム構造であれば六角構造に対する厚み方向への圧縮変形にはとても強いでしょう。
しかし、材料そのものが長い時間の荷重変形に対して弱いので徐々に変形していく恐れがあります。
加えてこれはハニカム全体に対して言えることですが幅方向に対する変形には極めて弱く、もし多少の「たわみ」が出ることで幅方向にも荷重が生じてしまうとそこから変形が始まります。
自動車やコンテナはまだいいですが、建造物に使う場合には十分注意が必要です。
そして今回は技術「経営」の観点からも少し意見を述べてみます。
私のメインは技術コンサルタントですが、技術経営の仕事もかなり多いのが実情です。
1.情報発信にCAEを前面に出している
技術者というのはCAEを盲目的に「先進的だ」と信じ込む深層心理があります。
これは良い悪いではなく、そういうもののようです。
特に私のような化学系ではなく、機械系出身の方に多いようです。
この心理を上手くつかむため econcore は下記のような材料選定、形状設定といった基本シミュレーションができると書いています。
http://www.econcore.com/en/services/consulting
これらのシミュレーション精度は別にしても、そもそも論としては
「よくわからないが教えてくれ」
というスタンスが前面に出ている顧客向けの話であるということをまず理解すべきです。
なぜならば、アプリケーションをきちんと考えているユーザーであれば、
「これとこれをこういう風に組み合わせて使う場合、こういう特性が出てほしい。そのような適用に対して御社の材料は使えるのか。」
というはずです。
そして、欧州、北米の先進企業はこれらの顧客を本命として見る傾向があります。
「教えてくれ、情報収集させてくれ」
という企業からは極端にいえば可能な限り手数料を取れればいい、という程度しか考えていません。
まずこのような企業に接触する場合には、
「自分たちは何をやりたくて、どのような使い方を想定し、その場合の必要要件はこうである。」
という説明ができてしかるべきでしょう。
2.ライセンスの有償供与を想定している
これは日本企業ではあまり得意としない文化のようです。
ノウハウは隠したいというのがその根底にあるはずです。
その一方でライセンスというのは企業地盤を固めるための手持ち資金の獲得に有益な場合もあります。
econcore がライセンスとして想定しているのは以下のような業務のようです。
• counselling in application-specific material selection,
• investigation and improvement of application-specific material properties,
• elaboration of an industrial production line concept according to customer requirements and delivery of samples.
いわゆるコンサルティングですね。
ここでのポイントは
– 切り売りしても有り余る十分な知見がある
– 有利な契約条件をのませることと、そのための契約交渉
というところではないでしょうか。
econcore の知見がどのレベルなのかは不明ですが、扱っている製品が非常に特殊かつニッチであるため、その素材に対してそれなりのノウハウがあるのは間違いありません。
そしてこの自社製品を使ってもらうためには、
「どうすれば自社製品が活用されるのかという顧客ニーズに応えるための自社製品の特性把握が重要である」
と考えることが妥当です。
いわゆる私が繰り返し述べている「設計思想」です。
自社製品が活用されるべき用途のコンセプトをきちんと理解しているのです。
このロジックができていれば自然と知見がたまっていき、顧客からの問い合わせに対して有償でライセンス供与してもさらにその奥の知見が蓄積しているというサイクルを回すことができます。
そしてもう一つが契約交渉です。
これは日本企業に限らず、アジア企業固有の部分があるのかもしれませんが北米、欧州企業に対する契約交渉が不得意なケースが多いような気がします。
もちろん日本企業でも契約交渉が得意な企業(担当者)にお会いすることもありますが、全体的には
– 角が立たないよう丸く収めようとする (前進も後退もないまま何も決まらずに終わってしまう)
– ご自身の意見を述べない (意見を収集するだけで終わってしまう)
– 初めからけんか腰で圧力をかけることしか行わない (上から目線の圧力と交渉は全く別物。相手の態度を硬化させるだけの最悪の結果につながる恐れあり。)
といったケースが多いような気がします。
技術と経営の両方を理解した上で、技術的観点から相手をリードできる観点を見つけてそこを題材に相手から有利な条件を引き出し、経営的観点からできる限り契約金を引き上げる、といったことを両方できる方が少ないのです。
技術者といえば技術だけやり、その後は管理職か職人にという型にはまりすぎている企業の人事体制に問題があるのかもしれません。
経営陣も技術を理解し、技術者、研究者も経営を理解するというバランス感覚がこれからの企業に必要な人材なのではないでしょうか。
今日は技術の話に加え、少し経営の話をしてみました。
種々ご参考になれば幸いです。