セルロースナノファイバー CNF の量産を開始
ポスト炭素繊維の名称でよばれることも多い セルロースナノファイバー ( CNF )。
この業界では日本が先端を走っており、特に製紙業界がけん引してきました。
その中で日本製紙が一歩先を走り始めたようです。
先週各マスコミで一斉に報じられた記事の概要は以下の通りです。
日本製紙が島根県江津市に設けている事業所内に、およそ11億円かけて新たな工場を建設し、セルロースナノファイバーの生産を始める。
生産量は年間30トンクラス。
2030年には1兆円の市場に拡大するといわれているだけに、マスコミの報道も比較的大きくなりました。
各社の報道を以下に示します。
NHK
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160818/k10010641671000.html
日経
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ17HH7_X10C16A8MM8000/?n_cid=NMAIL001
産経
http://www.sankei.com/economy/news/160518/ecn1605180002-n1.html
日経が大手では一番最初に報道したようです。
これに応じて関連株が動くといった事象も見られたとのこと。
それだけ、期待の高い材料であることがわかります。
星光PMC、阿波製紙が大幅反発、「日本製紙がセルロースナノファイバーの工場建設」
http://kabutan.jp/news/marketnews/?b=n201608180192
日本製紙の今回のターゲットは化粧品、食品とのこと。
CNFを添加すると熱による粘度変化が少なく、さらっとした手触りを実現できるようです。
日本製紙は2007年から本格的にCNFの開発を初めており、東京大学大学院農学生命科学研究科 磯貝 明教授らが開発した、TEMPO触媒によるセルロースの化学変性方法であるTEMPO触媒酸化法によるCNF製造を石巻工場で行うと、2016年5月に発表しています。
http://www.nipponpapergroup.com/news/year/2016/news160518003393.html
今回発表された江津工場はこの中で化粧品、食品向けへ特化した材料生産を行うということで、アプリケーションごとに材料を改質していくという流れを示唆しているのかもしれません。
セルロースナノファイバーについては、1年ほど前に以下の記事でもご紹介しています。
合わせてご覧ください。
資源の枯渇性が低く、日本の未活用資源である森林を活用できることなどから非常に注目が高まっています。
いずれにしても日本発の良い話ですね。
今回の記事から考えるべきことは何でしょうか。
FRPへの適用可能性
「樹脂に混ぜて自動車部品にするといった用途も見込まれ….」と産経にも書かれているように今回の化粧品、食品というアプリケーション以外に、やはりFRPとしての採用も視野に入っています。
CNFの物性というのはどのくらいのものなのでしょうか。
昨年のコラムでも紹介した物性の比較表( CNF 、 CF 「炭素繊維」、 AF 「アラミド繊維」、GF 「ガラス繊維」)を以下に示します。
(The table regarding material properties is referred from "http://www.rish.kyoto-u.ac.jp/labm/wp-content/uploads/2013/02/d1aae6582cde72b6a423db01071722eb.pdf")
密度と強度は有機繊維であるAF(Kevlar®49)と同等の1.5、弾性率はAFより3割ほど高く、GFの2倍である140GPa。
線膨張も極めて低く10E-7クラスです。
弾性率に関してはPAN系CFよりは大幅に低いため、一次構造材にCF同様使うというのは難しい場面もあるかもしれませんが、繊維単体としては非常に高い特性を持っているとみるべきです。
ただ、繊維単体ですので実際にCNFが長繊維であれば別ですが、理想的に引きそれられた状態というのは考えにくいので実際の物性はCFなどと比較すると大幅に低下する可能性があります。
とはいえ、類似の例えば短繊維の状態で用いた場合、GFの2倍近くの弾性率を有しているということは、同じ繊維長、Vfの前提だとするとGFRPとCNFRPとでは特性、特に剛性が大幅に向上することが期待されます。
さらに無機物質のガラスと異なり有機物のCNFは減衰特性などでもGFとは異なる振る舞いをすることが予想され、AFと同様、高い減衰特性を発現するということも期待できます。
このようにCNFはFRPとしての適用についてその可能性を示唆しているといえます。
材料活用に必要なオープンな議論と最終適用まで見渡す広い視野
日本は世界的に見て、素材技術はトップレベルです。
これは実際に欧州、北米を中心に様々な研究機関、企業などと話をする、共同のプロジェクトを推進する、といったことを通じて実感していることです。
ところがこの後のアプローチについて、日本と欧州、北米との違いを感じることがあります。
良くも悪くもですが欧州などでは最終のアプリケーションとしての製品を販売するアッセンブリーメーカーとの距離感が日本よりも圧倒的に近い印象です。
もちろん日本企業でもこれがすべてというわけでは無くあくまで一般論というお話です。
ここを乗り越えるために必要なものは、
「エンドユーザーであるアッセンブリーメーカーと材料メーカーの歩み寄り」
ということを顧問先でもセミナーでも述べさせていただいていますが、なかなか思うようにいかないようです。
(当然ながら私の知らないところで機能しているケースがあるのかもしれません)
エンドユーザーは成形加工には配慮しますが、材料は買い物というイメージが焼き付いている傾向が強く、材料メーカーもアッセンブリーメーカーとの直接の議論はかみ合わない、またはそもそもチャンスがないと感じられているケースもあるようです。
今、顧問先で海外企業との共同開発プロジェクトの真っただ中にいるのでこれからこれからより詳細がわかることなのかもしれませんが、海外では厳しい機密保持契約があるものの、それを乗り越えるとかなりオープンに議論する文化があります。
日本企業は機密保持契約(機密保持誓約)はそれほど重視しませんが、一緒にやるとなってもどうしても閉鎖的な傾向が否めません。
(ここは話せない、見せられない、といった部分が結構多い)
もちろん、企業により、業界により、という点もあるので一緒くたで議論してはいけませんが、概ねこの傾向があります。
やはりユーザーがサプライヤに対して何が欲しいのか、何が要求事項なのかをはっきり明言しないと、サプライヤも何が必要とされているのかもわからないのではないでしょうか。
そしてこのようなオープンな議論をするために必要なのは、エンドユーザー、材料メーカーに限らず、
「材料から最終製品まで見渡せる広い視野」
といえます。
特にエンドユーザーは最終製品を常に意識しながら、
「最終製品のこの性能を発現するために材料としてはこういう特性が欲しい」
ということが言えることが求められています。
このように最終製品をイメージしながら議論できる広い視野は、最終製品のコンセプト明確化につながり、材料選定に対して極めて重要となります。
そしてこのような視点を持った上でCNFが必要だ、といえる状況にならないとなかなか拡販することは難しいのではないか、というのが私の個人的な考えです。
いずれにしても日本企業がまた素晴らしい素材の量産化に挑もうとしています。
日本製紙の前向きな取り組みに敬意を表したいと思います。
まずは化粧品、食品の業界がターゲットとのことですが、是非ともFRPの新たな強化繊維の一候補として活用できるよう、一人の研究者、技術者として協力できるところは協力したいと思います。