Mercedes SL Roadster のラゲージドアへの SMC 採用
Daimlerが10年以上も続けてきた Mercedes SL Roadster へのFRPの新しい適用方法検討内容についてオープンにし始めました。
SL Roadster の ラゲージドア ( deck lid )にSMCを適用したとのことです。
これにより軽量化はもちろん、部品点数とコストの削減にも成功したとのこと。
Mercedes のラゲージドアが分割から一体成型になったイメージなどは以下をご覧になるとイメージがわくでしょうか。
( The image above is referred from http://static.aliancys.com/pictures-cases/daimler/smc-technology-4.0-sep-2-2016-vdi–english.pdf )
そしてこのプロジェクトがまた大掛かりです。
プロジェクトの主体となるDAIMLERに加え、SMC材料サプライヤの MENZOLIT、樹脂メーカーの ALIANCYS という3社共同プロジェクトです。
今回の概論については ALIANCYS がリリースを出しています。
http://aliancys.com/en/cases/aliancys-daimler-and-menzolit-show-new-roads-for-collaboration/
Mercedes SL Roadster とはどのような車でしょうか。
ご存じない方は以下の動画を見るとわかりやすいかもしれません。
今回SMCを用いたのは以下で写っているラゲージドアですね。
( The image above is referred from https://www.mbusa.com/mercedes/vehicles/gallery/class-SL/bodystyle-RDS/model-SL550R#layout=/vehicles/gallery&class=SL&bodystyle=RDS&waypoint=gallery-stack&gallery=UNIQUE-GALLERY-ID|0|3 )
今回の記事の概要についてそれぞれ見ていきたいと思います。
採用したFRP材料であるSMCについて
個人的な印象としてはDaimlerはかなりハードルの高いものに挑戦したのだと感じました。
完全なる意匠部材、つまり外板にFRPを使うことを目指したからです。
自動車業界でいう Class A という表面仕上がりを目指す、最もFRPが不得意とする領域といえます。
この難題に挑戦するため、MENZOLITと ALIANCYS というパートナーと組み、CFRPではなく GF-SMC を採用することを決定しました。
今までもあったやり方でありますが、最近トレンドだったCFRPにこだわったやり方とは一線を画すアプローチです。
MENZOLITという企業は以下の動画を見るとわかるように元々SMCやBMCといった、身近なものでいうと浴槽を作るのに使用する材料のサプライヤーです。
そしてMENZOLITが目指す適用先の一つに自動車があり、以下の動画で適用先の紹介(実績があるか否かは不明)も行っています。
ここも軽量化だけではなく、振動減衰、衝突安全といった機能性をきちんと述べていますね。
このような設計思想を加味しての検討ができているというのは好印象です。
今回用いている材料はガラス繊維、つまり GF です。
コストというのが第一の理由で、それに加えて調達性にあると思っています。
やはり全世界での生産量の違いは歴然で、炭素繊維は理論生産能力は12万トン/年を超えているといわれますが実際の需要は5万5千トン/年前後、ガラス繊維は4年前の時点で500万トン/年の生産量があります。
二言目にはコストコストという方が多いですが、そもそも量産車に搭載させるには現在の繊維生産キャパが小さいというのが自動車業界の首脳陣の中での不安の一つであるようです。
そして外観性を達成するため Vf を下げ、樹脂を多めにしています。
ここでいう樹脂、つまりマトリックス樹脂はSMCで従来より用いられている不飽和ポリエステルのようです。
MENZOLITの以下のSMC製品ラインナップをご覧ください。
http://www.menzolit.com/products/menzolit-product-information/
恐らくですが、SLに採用されたのは「 SMC 0400 」という品番であると考えます。
以下のURLでデータシートを見ることができます。
http://menzolit.com/wp-content/uploads/2014/06/Menzolit-PI-SMC-0400-en.pdf
どのような使い方をするかにもよりますが、正直構造部材に使用することを想定する場合、機械特性、物理特性にはかなりの不足感があります。
引張強度はCFRPの20分の1くらい、引張弾性率も10分の1くらい。
その一方で密度が2.5くらいあるガラス繊維を使っているにもかかわらず、密度が1.9になっています。
これは繊維に対し、樹脂量がかなり多いということを物語っています。
またSMCの一般的なマトリックス樹脂である不飽和ポリエステルは極めて高い成形性や硬化システム設計の簡易性を有するなどのメリットがある一方、硬化収縮が激しく寸法安定性が低いため外観にしわがでるといった問題が生じるずですが、今回のものは0.05%以下に抑えた、となっています。
これは熱可塑性樹脂の添加剤を加えるなどして寸法変化を最小化する、という施策を行っているものと推測します。
ビニルエステルや不飽和ポリエステルの概要や最近の動向については以下のURLなどが参考になります。
このように低コストを意識しながらガラス繊維を選択し、さらに外観性を高めるために熱硬化性樹脂を選択し、その樹脂の問題点を改善するために樹脂の組成も改質しています。
やはり化学メーカーの力というのは極めて重要なのですね。
エンドユーザーと材料サプライヤの協業
これは他の記事でも何度か述べていることですが、ここがポイントといえます。
ALIANCYSのプレスリリースを引用してみます。
THROUGH A VERY OPEN COLLABORATION AND BY SHARING DETAILED PROCESS INFORMATION, THE COMPANIES WERE ABLE TO MINIMIZE PRODUCTION WASTE AND IMPROVE QUALITY CONSISTENCY IN A MAJOR WAY. THIS MADE IT POSSIBLE TO REALIZE A NEW SEGMENT OF LARGE PREMIUM CLASS 1 COMPONENTS (LIKE THE DECK LID OF THE MERCEDES SL ROADSTER), AND MAKES SMC THE TECHNOLOGY OF CHOICE FOR MANY NEW CAR SERIES TO COME.
(ref: http://aliancys.com/en/cases/aliancys-daimler-and-menzolit-show-new-roads-for-collaboration/ )
エンドユーザーと材料サプライヤがお互いの壁を取り払い、
エンドユーザーからは
– 何が製品の要件か(寸法公差、幾何公差、非破壊検査、目視検査、表面粗度、コンポーネントとして求められる耐環境性など)
– この製品を通じてどのようなことを実現したいのか(製品形状、製品のコンセプト)
(理想的には)- それを満たすのに必要な材料規格(Material spec)
ということがきちんと書かれた図面を開示し、材料メーカーはそれに応じて、
– (顧客(エンドユーザー)が規格を作成できない場合)顧客図面を満たすのに必要な材料の要件を書きだした材料規格(Material spec)作成
– 材料の品質管理方法の提案
– 作り方に関する推奨と製品製造規格(Process spec)作成の提案
といった議論が必要だと思います。
形しか書かれていない図面などを見かけることもありますが、これではものはできないのではないでしょうか。
そして製造安定性を高めるため、以下のような項目についてもオープンに話し合ったと書かれています。
- Reproducible placement of the charge pattern in the mold
- Ideal mold temperature within a specific tolerance
- Specific start-up procedures for the compound production
- Specific and controlled temperature conditions along the complete process and logistic chain
- (compound maturation, transport and storage of resin and SMC)
- Automated production process for compounding with multi-level process control (component dosing, mix sequence, engine control)
- Traceability of single raw material batches/ process parameters from SMC to the finished parts
( ref: http://static.aliancys.com/pictures-cases/daimler/smc-technology-4.0-sep-2-2016-vdi–english.pdf )
非常に幅広い範囲をエンドユーザー(今回でいうとDaimler)も一緒に考えているということがよくわかります。
尚、参考までですがFRPの量産現場で製品に最も影響を与えると実感しているのは、上記の中では
Specific and controlled temperature conditions along the complete process and logistic chain
(compound maturation, transport and storage of resin and SMC)
ですね。
さらに言ってしまうときちんと管理していても、製造ロット、製造日から実際に使うまでの期間の違い、といったパラメータで部品のできはどんどん変化します。
この辺りがFRP量産現場での問題発生の主原因で、化学反応を伴わない材料を扱うことが多い他の業界の方から見て理解しがたい所であります。
つまり、
不可避な品質変動パラメータがある以上、徹底した管理が不可欠である
ということを物語っているわけです。
その後、品質管理システム構築のため大量のデータを蓄積の上で統計解析(恐らく、工程能力指数を含めたもの)を行ったそうです。
結果、不具合品は5%程度になったとのこと(まだ低いとは言えませんが、FRPの製品としてはかなり高い歩留まりです)。
コストというのは材料費だけでなく、この歩留まりまで含めて検討するということを是非実践したいところです。
今後は日本でもこのような材料サプライヤとエンドユーザーのオープンな議論を踏まえた話し合いの場面が多く出てくることを期待したいところです。
いかがでしたでしょうか。
自動車業界は今CF(炭素繊維)に加えGF(ガラス繊維)を用いた開発も着々と進められています。
わかりやすい観点であるコストだけではなく、強度や弾性率を犠牲にして使えるものは何か、その場合はCFではなくGFでも成立するのか。
そして何より最終製品として求められるものは何なのかという明確なビジョンを持って、材料サプライヤとエンドユーザーのオープンな議論が活発化することを望みます。