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CFRPの 衝撃破壊挙動 に対するCAEとTestの結果比較に関する学術論文

2017-02-09

今日のコラムでは FRP学術業界動向としてCFRPの 衝撃破壊挙動 についてCAEと実際の試験結果の比較を行った論文のご紹介とその内容を踏まえてFRPを用いた製品開発などについて考えてみたいと思います。


今回私が読んだ論文は以下のものです。


Experimental and computational study of the damage process in CFRP composite beams under low-velocity impact

Composites Part A: Applied Science and Manufacturing
Volume 92, January 2017, Pages 167–182

http://www.sciencedirect.com/science/journal/1359835X/92


First Author は Department of Aerospace Engineering, Middle East Technical University, Ankara, Turkey の研究者のようです。
共著者には MIT (Massachusetts Institute of Technology)の方もいるようです。

 

一言でいうと


「非常に濃い内容でとても勉強になった」


という感想を持ちました。そして何より


「わかりにくいことをわかりやすく詳細まで記述されていた」


というところに好感の持てる論文でした。

久々に良い論文に巡り合えたような気がして嬉しかったです。

やはりFRP業界では Composites Part A は非常に良い Journal ですね。

私はここに投稿して何度も拒絶されてしまいました。今後も機会があれば挑戦してみたいですね。


まずは内容のご紹介をしてみたいと思います。


尚、以下の内容はあくまで私個人の観点からの抜粋となっておりますので、詳細をご覧いただきたい方は論文を熟読することをお勧めします。

 

Introduction

まず、これまでの研究の流れとして以下の点が述べられていました。

– 衝撃の事象としては 意図しない踏みつけ、雹、工具の落下を想定しており、この事象によって生じるBarely Visible Impact Damage(BVID)によりFRPの圧縮特性が大きく低下する
– FRPの衝撃に対する破壊挙動に関する研究が始まったのは2000年代前半と比較的最近である
– これまでは衝撃による「”最終”破壊形態」に関する研究が主体だった

そして研究の動機として、

– CAEとTestの相関性を高めることで認定試験の数などを減らしていきたい
– 破壊のメカニズムを理解することがCAEの精度向上に直結する

といったことが述べられています。

このIntroductionで最も好印象だったのが、


「CAEと試験の徹底した比較が基本にある」


というところです。これはFRPの設計では大前提です。


国内外問わず、CAEはCAEだけをやるケースが後を絶たずその精度に疑問を強く持たざるを得ないものが多くあります。
均質の金属材料であればともかく、繊維や樹脂といった複合の材料で構成されるものに対して実際の試験(Test)との比較と確認は必須と考えています。


当然ながらCAEとTestは完全には合致しません。


しかし、製品の開発を行うにあたっては


「CAEとTestの間にはどのくらいの誤差が存在しているのか」


ということを把握することが設計開発や評価の原点ともいえます。

 

Experimental Method


100 X 17 X 4.8 ( L X W X T [mm] ) の矩形板に、インパクターを当てるというのが試験の概要です。

イメージ図は以下のご欄になるとわかりやすいと思います。


( The image above is referred from http://www.sciencedirect.com/science/journal/1359835X/92 )


使用しているのは Hexcel の 913C マトリックス樹脂とCFを組み合わせたUD材料。以下にマトリックス樹脂である 913C のカタログのリンクを貼っておきます。
http://www.hexcel.com/resources/datasheets/prepreg-data-sheets/913_eu.pdf

積層構成は [05/903]sです。

平板成形後に超音波による非破壊検査を実施し、端面は研磨仕上げで、仕上げ後に顕微鏡観察を行っています。


落錘条件は7.7Jのエネルギーを発生させるために4.3m/sというスピードで試験片に当て、
二度打ちにならない機構も備え付けたものになっています。


また破壊の進行を見るために1秒間に60,000画像を撮影する高速度カメラを設置。


そして( Digital Image Correlation : DIC )を用いてひずみを記録する(最終的に実際のひずみ値に変換するという計算をするようです)とのこと。

このようにして衝撃の加わったCFRPの試験片がどのように変形し、どのような破壊が起こるのかをリアルタイムで見ることが見ることができるようになります。

 

このExperimental Methodで最も印象的だったのは、


「試験前に試験片の非破壊検査を実施している」


ということです。


今回は試験片に重りを落としてどのように壊れるのか、変形するのかを見るのが主目的ですので、
成形した段階で初期欠陥があるとそれが破壊起点になることを想定してのことと考えます。

試験前にきちんと非破壊検査をやろうというその徹底した姿勢は非常に良いと思います。

 

Numerical method

使用したソフトは ABAQUS / Explicit 。

メッシュのサイズは regular meshである 0.2 X 0.2 X 0.3 mm または fine mesh である 0.1 X 0.2 X 0.15 mmの二種類。

どちらも直方体であるヘキサメッシュということになります。


今回の評価では0°と90°の境界層の損傷に注力をして評価しています。

破壊の発生閾値として論文の筆者が設定しているのが LaRC04とよばれるもの。


以下のURLに概要がかかれています。

https://www.sharcnet.ca/Software/Ansys/17.0/en-us/help/acp_ug/LaRc_Failure_Criterion.html


今回の論文では3次元破壊を模擬する上記URL中の「5.3.4.6.5. LaRC04 (3-D)」を採用し、
繊維の破壊は無視して、Matrixの破壊のみに関してモデルに考慮しているようです。

モデルの詳細は上記のURLをご覧いただければと思いますが、
個人的には Fracture toughness ratio や Fracture Angle under Compression といったパラメータにはあまりなじみがない方もいるかもしれません。

Fracture Angle under Compressionというマトリックス樹脂の亀裂進展方向角度は経験則的に53°±2°。


さらに、この時に生じる双線形応力(σeq)とひずみ(δeq)の関係は下図のような関係で示されるとのこと。
図中の点Aがマトリックス樹脂損傷が始まる点、そのまま直線ACに沿ってCまで破壊が進展し、
三角形0ACの内側の領域ではトランスバースクラックが生じているということを意味しているようです。
また図中のdはマトリックス樹脂の損傷 damage の頭文字です。

( The image above is referred from http://www.sciencedirect.com/science/journal/1359835X/92 )


そして衝撃損傷は下図で示す圧縮と引張の式によって評価するとのこと。

( The image above is referred from http://www.sciencedirect.com/science/journal/1359835X/92 )

このモデルではマトリックス樹脂の損傷による弾性率の低下も考慮。
本弾性率の非線形変化は下式で表現するようです。
下図中のSはマトリックスの損傷とせん断損傷を反映した変数で、これが剛性と一次直線の関係があります。


( The image above is referred from http://www.sciencedirect.com/science/journal/1359835X/92 )

層間の損傷については Cohesive Zone Method ( CZM )を採用。
過去の論文でも層間境界における損傷の発生と進展を比較的高い精度で表現できるということがわかっているそうです。

実際の損傷進展(亀裂進展)では Mode I や Mode II の純粋な形で進むことはないため、Mode の比率を考慮した損傷進展モデルを考慮しています。

衝撃損傷におけるモデルは中間層にある90°方向積層の層と0°積層の界面で破壊が進展することを前提として設定。

Nodeについては90°層の長手方向と層間方向は底面側で固定し、上面では長手方向のNodeを固定したと書いてあります。


その他さまざまな詳細の条件については実際の論文をご覧ください。


このCAEの設定条件について様々な考え方はあると思いますが、
私個人的に注目しているのは2点。


1つは損傷を基本的には圧縮、引張、せん断というシンプルな荷重モードで評価している、というところです。

これを見るとやはりCAEに活用できる材料データは上記のようなシンプルな荷重モードに限られる、
ということを再確認していただけるのではないかと思います。


もう一つは


「評価すべき部分を絞り込んでいる」


という点です。


本来はマクロとして様々な形態での破壊を評価してみたいというのが本音かもしれませんが、
今回のモデルでは破壊が起こる場所をある程度限定することでCAEでの計算が発散しないように心がけている、
というところが良いところだと思います。

恐らく評価しやすい(0°積層と90°積層の界面、並びに90°層で破壊する)という意味で今回のような積層板を選んだのかもしれません。

 

Results / Discussion

結果は非常に興味深い内容となっています。


まずはクラックの入り方。

衝撃を受けた後、ほぼ例外なく試験片の90°積層の層に対しては斜めの層間剥離が発生しています。

角度としては45から56°のようです。


そしてこの損傷の入り方をCAEでも概ね予想できています。
Regular mesh と Fine mesh により損傷の予想精度の差や左右非対称に進展するTestと、
同条件のため対象に進展するCAEの差はあるものの、全体的には良く予想できていると思います。


またひずみの様子もDICとCAEの比較で大まかな傾向は相関性をもって描写されていました。

損傷発生の位置は実際の試験でもばらついていますが、これに関する考察がまた興味深いです。


入力物性値のわずか2%の違いで損傷発生位置や角度に変化がでるというのです。
本事象を示しているのが下図になります。

( The image above is referred from http://www.sciencedirect.com/science/journal/1359835X/92 )

かなりのボリュームの論文ですのでこれ以外の詳細は割愛しますが、
興味ある方は是非一度読むことをお勧めします。


今回ご紹介した論文の内容を踏まえ、どのようなことを考える必要があるのでしょうか。

 

CAEを活用するための材料試験の重要性

Results / Discussion の所で述べましたが


「材料物性の違いが損傷位置や角度といった破壊形態に影響を与える」


ということに注意が必要です。

FRPは材料のバッチ間ばらつきの大きな材料であることを考えると、
仮にかなりの高精度でシミュレートできたとしても、
材料そのものの物性ばらつきにより、または製造におけるばらつきにより、
CAEの予想と異なる振る舞いをする可能性があるということを示唆しています。


この対応としてやはり重要となるのが材料試験です。

こちらのコラムでも述べましたが、材料試験を行うことは取り扱う材料を理解する第一歩ともいえます。

この時に得られるデータを平均値に加えどのくらいばらつきがあるのか、
ということを仮にCAEに反映できれば、少なくとも材料そのもののばらつきを考慮した成形体のばらつきを予想できる可能性があります。


CAEを活かす意味でも材料試験により正確な材料データを取得することが重要であると考えられます。

 

複合材料におけるCAEで必要な取捨選択


やはりここに行きついてしまいます。

今回の評価系は材料をかなりシンプルにすることで、
衝撃試験というかなり難しいジャンルのシミュレーションを試み、
実際の評価試験と大きな齟齬のない条件設定まで達成できました。


ところがご理解の通り今回の材料積層は0°と90°というシンプルな積層構成で、
0°と90°の間で損傷が起こるよう意図的に材料を設計しています。


そして当然ながら評価対象の形状も平板であり、CAEはやりやすい条件にて実施しています。


これだけ系をシンプルにしてもその表現には多くの理論を適用する必要があり、
かつそれらを微修正する必要があります。


研究であればCAEの条件を追い込むことを進めるべきだと思いますが、
産業界ではそれだけをやるわけにはいきません。


このような時に必要なのが

「取捨選択」

です。


つまり、製品設計で何が重要で何が重要でないのかの優先順位づけを行うのです。


その中で優先順位が高いものについて精度を高めるためにTESTとCAEの徹底した比較を行うのです。


この優先順位の付け方が難しいかもしれませんが、
やはり優先順位設定に最重要なのは


「安全性」


です。


安全でないものを世の中に出すのは極めて危険です。一度出してしまうと後戻りできず、何かが起こった時は販売した企業がその責任を追及され続けることになります。


性能や生産性を優先したくなる気持ちもわかりますが、安全性がないというものは基本的に存在価値がありません。


安全性を担保するために優先的に評価すべき部分はどこなのか。


そのような信念をぶらさずに設計評価を行うことが非常に複雑なFRPのCAEを実用的なものにしていくポイントであるに違いありません。

ご参考になれば幸いです。

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