DNA固体膜 とFRPへの応用の可能性
本日のコラムでは DNA固体膜 とFRPへの応用の可能性 という題目で、高分子学会誌 2017年 3月号の九州大学の松野寿生准教授、田中敬二教授の記事を参考に書いてみたいと思います。
上記の先生方が所属されているのは九州大学大学院工学研究院で機能材料科学分野の研究を進められているところのようです。
以下のHPに研究室の概要などが書かれているのでご覧いただければと思います。
http://www.cstf.kyushu-u.ac.jp/~tanaka-lab/about/
DNA固体膜の特徴とは
高分子学会誌で紹介されたDNA固体膜の特性は、高分子を多少なり理解している人間であればすぐに認知できるほどかなり変わった材料のようです。
基本的に天然材料を基本にした材料は、哲学的にいうと神が創造されたもの。
設計の概念が分子レベルで行われている、まさに人間離れしたものです。
私が普段行っている材料力学をベースにした製品設計など話にならないくらい極めて精密な設計技術です。
そのくらい人間が想定して行えることは「マクロ的」であるということを実感します。
話をDNA固体膜の特徴に進めます。
今回のコラムを書くのに参考にさせていただいた松野准教授の記事によると、
DNA以外の主成分として「水」のみを含む固体膜をつくるため、
鮭の精巣から生成されたDNAを使用し、数%の濃度のDNA水溶液を使用したとのこと。
このようにして作製した膜は湿度管理された環境下にさらすことで含有水分率を調整できるそうです。
溶媒以外を混合せずにDNAを支持膜としたことで固体力学特性の評価が可能になったことがポイントとのこと。
さてこの膜のS-S線図が学会誌に載っていますが、個人的には驚きの結果です。
水分率の変化により、引張弾性率が一般的な熱硬化性エポキシの半分程度の1700MPa(含水率14wt%)からゴムと同様の7.5MPa(含水率46%)まで桁が2つ以上変化したとのこと。
それに伴い破断ひずみも数十倍に変化しています。
また粘弾性の振る舞いが私の全く経験外のものとなっています。
温度変化に伴い、損失弾性率E"が100?500Kの温度範囲で5つのピークを有しています。
そのうち3つは水の蒸発のような一般的な背景に加え、二重らせん構造の解離、分子鎖のコンフォメーション変化などの動的緩和に由来しているとのこと。
つまり、分子構造が温度に応じて変化し、それに伴い弾性率のような物理特性が変化するということを意味しています。
しかもその変化がある温度範囲で数回起こるというのが極めて特殊といえます。
詳細はここでは書ききれませんが、粘弾性特性というのはFRPの成形パラメータを決定する際、重要な情報を供給してくれます。
上述のE"という損失弾性率とE'のバランスは高分子の荷重変形に対する振る舞いのゴム的な部分とガラス的な部分のバランスとイコールであり、このバランスをある固有のロジックで見極めることで加圧のタイミングや温度プログラムを検討することができるようになります。
いずれにしても水を介した分子の反応でこれだけ複雑な振る舞いをするというのは、
分子構造設計という概念が常識を覆すことも不可能でないことを示唆していると考えるのも一案かもしれません。
FRPへの応用の可能性と今後の戦略
さて、本コラムの本題であるFRPへのこのような機能材料の応用というものについて考えてみたいと思います。
最も重要なのは設計コンセプトです。
上記の DNA固体膜 のような含水率や温度環境によって特性が変化する材料を用いる場合、
材料を構造材料ではなく、より上位概念の機能材料として用いられないかと考えるのが出発点です。
例えば水にさらされると柔らかくなる、逆に乾燥されると堅くなるといったことを応用し、
FRPのマトリックスにこの手の材料を用いて輸送や保管の時にはゴムのように柔らかくして折りたたみ、
実際に使う時に広げて乾燥するといったことも一案です。
乾燥によりマトリックスのDNA固体膜がマトリックス樹脂として必要な物理特性、機械特性を保てるのであれば、
FRP製の製品として使うことができます。
建築業界や災害時の非常用の建物なども一例かもしれません。
このように機能性をどのように応用すれば最終製品の付加価値につながっていくのか、
ということをまず考えると上流にある材料の活用方法が見えるようになってきます。
FRPの設計において第一段階は材料を可能な限りシンプルにして、
材料に関する要件をまとめた材料規格を設計することです。
その一方である程度基本設計ができるようになってきた後に必要になってくるのが、
高付加価値や高機能化です。
その段階になってきたときに必要な方向性の一つが材料設計になります。
そして材料設計を突き詰めていくと最後は分子設計という話になっていくかもしれません。
分子からきちんと設計しないと最終的な製品の性能を大きく変化させることが困難になる、
という状況に陥る可能性があるためです。
分子設計の大切さは過去に以下のコラムでも述べたことがあります。
上述の状況をあらかじめ想定し、材料や素材メーカー、設計加工メーカー、設備メーカー、設計メーカー、
といった各種業界の企業に加え、それぞれの業界に関連する要素技術を有する研究機関や、
要素技術の原理原則を解明するために用を研究を行う大学も連携する。
そのような幅広い連携というものが近い将来一般的になってくるのかもしれません。