レーザー 励起超音波によるFRPの非破壊検査
先日のJECのリリース記事の中で、 Tecnatom NDT というスペインの企業がAirbusと協力して レーザー 励起超音波によるFRPの非破壊検査システムを開発したと述べられていました。
以下がその記事です。
tecnaLUS® と呼ばれるこのシステムはロボット技術とレーザー超音波技術を基本とし、
航空業界における製品の品質管理を行うことを主目的に開発されました。
2つのレーザー発振器で励起振動を共鳴させ欠陥を検知する形態を取っており、
基本的にはすべて非接触での探傷が可能とのこと。
CO2レーザーによる局所加熱を行うことで熱膨張させ、
その直後にレーザー照射をやめることで振動を起こさせるのが一般的な原理です。
そのため探傷に適用するレーザーは探傷周波数のパルスレーザーになります。
非接触探傷とロボット技術により探傷の自動化と検査対象物に対する柔軟な対応が可能になったとのこと。
一例として以下に画像で示すA400Mというエアバスの軍用輸送機の複雑形状部品の探傷にも適用できたと述べられています。
( The image above is referred from https://www.heise.de/newsticker/meldung/Probleme-ohne-Ende-beim-A400M-Triebwerke-kaputt-3252238.html)
今日のコラムでは上記の記事を参考に、FRPに対する非破壊検査の重要性、
レーザー超音波技術の利点と課題について考えてみたいと思います。
FRPに対する非破壊検査の重要性
そもそもなぜFRPは非破壊検査が必要なのでしょうか。
本点について今一度考えてみたいと思います。
FRPに対して非破壊検査が重要であるという背景は、
「材料の異方性」
に由来しています。
一般的な金属の場合、亀裂は結晶粒界に沿って進展します。
結晶粒は様々な大きさ、形で存在するため亀裂の軌道は一定ではなく、
左に曲がったり、右に曲がったりしながらランダムの軌道を有しながら進んでいきます。
言い換えると外部欠陥が破壊始点となる恐れがあるため、
金属部品では外観検査を気にするケースが多いです。
これらが浸透探傷のような外観検査技術が発展した一因であると考えます。
その一方、FRPは様子が大きく異なります。
ランダム補強繊維のFRPといった一部の例外を除き、
連続繊維の材料を積層した形態を有する場合、
破壊の進展は
「明確な規則性」
を持つことになります。そしてこの事象は材料の異方性に由来しているのです。
明確な規則性とは何でしょうか。
上記のような連続繊維を積層したFRPの場合、
強化繊維の方向と、例えば樹脂の特性が主として出現しやすい層間方向で物性が大きく異なります。
一例として引張強度で強化繊維方向と層間方向では数十倍は異なることはざらにあります。
この方向による機械特性、または物理特性の大きな違い、いわゆる異方性がFRPの破壊形態と破壊の進展ルートの「規則性」を生み出すことになります。
複合材料関係の情報でよく見聞きする
「 トランスバースクラック ( transverse crack )」
はその典型例です。
トランスバースクラックというのは主に連続繊維のFRP積層体において、
層間方向に生じる樹脂層の破壊のことを意味しています。
FRPはこのトランスバースクラックがある程度蓄積すると、
層間方向に対する弾性率の低下が起こり、
Mode I に相当する開口荷重やMode IIに相当する面内せん断に対する強度が大幅に低下し、これが
「層間剥離」
へとつながっていきます。
この層間剥離は非常に恐ろしく、外観上ではほとんど変化が見えません。
表から見えない内部層で着実に進展し、
あるレベルに到達した途端、FRPの最終破壊へとつながります。
このようにFRPは層間の亀裂進展というきわめて規則性の高い破壊を示すため、
成形直後の段階で内部に存在する初期欠陥があるのかないのかを把握することが極めて重要になります。
内部の初期欠陥は応力集中の原因となり、層間剥離進展のスピードを大幅に上げることにつながるからです。
以上のようにFRPの破壊は内部で高い規則性を持って外観からは判定しにくい状態で進展します。
この特性(見方によっては弱点なのかもしれません)を理解すれば、
非破壊検査の重要性はご理解いただけるかもしれません。
様々な非破壊検査技術がありますが、FRPの非破壊検査には一般的に超音波が最適といわれています。
この理由は上述のような層間剥離のような「薄い欠陥」の検知に超音波が最も向いていることが主因とされています。
レーザー超音波技術の利点と課題
レーザー超音波技術はここ最近よく目にするようになりました。
その技術の利点と課題は何でしょうか。
まず利点としては以下の点が挙げられるでしょう。
– 検査は基本的に非接触であるため、複雑形状、高温のもの、そして帯電したものの探傷が可能
– 減衰性の高いFRPだと高速探傷が可能(金属だと減衰性が低いため、残留振動がノイズとなってしまう)
– 欠陥か否かの判断が容易
特に非接触による高速探傷が可能というのは非常に高い利点といえます。
本当の量産での非破壊検査で平板のようなものを検査する可能性はほとんどなく、
必ず何らかの形状を有しています。
多くの非破壊検査でぶつかるのはこの課題で、
当然ながらどのくらいのパスルレーザーを使うのか、
形状の複雑さがどのくらいなのかについて検証が必要であるものの、
非接触というのは圧倒的に柔軟性が高いことは間違いありません。
欠陥の判断が容易というのも一因のようです。
本点の詳細は私も今手元にある情報では把握しきれていませんが、
以下にある非破壊検査技術誌を見てみると、
探傷結果として反射波のようなものが見えていることから、
判断が容易という話なのかもしれません。
http://www.tsukubatech.co.jp/uploades/jp/paper_20140402.pdf
その一方で課題があるのも事実です。
主だった課題は以下の通りです。
– 接触式の受信センサを使わないと検知精度が大きく落ちる。
– 深い位置にある欠陥の検知精度が低い。
– 検出できるサイズはレーザー自体の周波数などに加え、照射角度などパラメータが多く初期設定が難しい。
結局のところこのレーザー励起超音波探傷技術も利点と課題の両面を有しており万能ではないことがわかります。
Tecnatom NDTの今回の製品について
Tecnatom NDT の検査技術は接触式の受信センサを使わずにレーザーでの受信を試みていることがわかります。
上記の話を踏まえると、レーザーによる受信は精度に難がある上、
発信と受信を行う故、非接触といえども探傷面とレーザー照射角度に対する高精度の制御が必要となることが想定されます。
tecnaLUS®の開発パートナーはAirbusであることからも、
今回の探傷対象は比較的大きめのものを想定していると考えられ、
もし小さいものを精度良く探傷をするには不適切である可能性があります。
また上記で紹介した論文にも記載されていましたが、
超音波信号波形は経時変化を示す動画であるため、
欠陥のみによる信号波形の抽出は難しいようです。
そのため実際の探傷で信号波形が出てきた場合、
それが欠陥なのか否かについては何らかの閾値をもって判断する、
ということが求められると考えられます。
波形は得られやすいですが、結局のところ判断が必要になる、と言い換えることもできそうです。
加えてロボットシステムを含めての導入になりますので、
初期投資もかなり大きなものになるでしょう。
制御システムとの抱き合わせで買わなくてはいけないでしょうから、
上記の欠陥判断に関するカスタマイズをするという時にも問題が多いことが想定されます。
あくまでAirbusのA400Mのある部品、並びに類似形状の部品の探傷向けに開発された製品であり、
一般汎用という観点ではもう少しカスタマイズと検証が必要であると考えるのが妥当です。
いずれにしても非破壊検査技術がFRPにとって必須なのは上述の通りです。
パルスレーザー探傷がだめだ、いい、という話ではなく、
それらの技術の特徴と限界をよく理解し、
他の探傷技術と組み合わせて足りない部分を補完しあうようなシステムを設計する、
という高い視点での取り組みが必要でしょう。