X線CT を用いたFRPの機械特性予想と損傷検知
近年のFRP業界のトレンドの一つに非破壊検査技術を応用した繊維配向検知とFEA(有限要素解析)への落とし込みがあります。
今日のコラムでは X線CT の検査技術を応用したFRPの機械特性予想と損傷検知ということについてJEC機関誌の記事を参考に述べてみたいと思います。
FRPの異方性をとらえようという取り組み
従来のFRP業界では
「まずは形を作ってみる」
そして
「実体を壊して評価する」
という流れが主流でした。
しかしながらFRPでどうしても避けられない異方性が評価の検証精度を低下させ、
技術者、研究者を困惑させることが続いていました。
このような状況を打破しよう、そして一種のビジネスチャンスにしよう、
と動き出したのが非破壊検査業界です。
画像認識やX線といった技術を繊維配向調査という方向に活用できないのか、
と考えたのです。
これはFRP業界のニーズに合致しているものであり、相応の応答を得ているようです。
そしてここからさらに一歩踏み込み、
「検査技術によって取得できた繊維配向に関する情報をFEAに落とし込む」
というソフトウェアのカスタマイズと組み合わせた製品というのが徐々に出てきています。
X線CTを用いた繊維配向と損傷状態調査
今回のJECの記事の著者は IMT Lille Douai、Institute Mines-Telecom、ENSTA、INRA Nantes という様々な業界組織の方々の連名となっています。
記事の中での問題提起として、
「成形シミュレーション技術では繊維配向を予想しきれない」
というところから始まっています。
対象としているのはPA66をマトリックスとした E-ガラス で250μmの短繊維を35wt%加えた材料です。
そのため、想定している工程は射出成形です。
今回想定しているような短繊維のGF/PAにおいてもそれなりの機械強度や特性を求めるケースが出てきており、
例えば Inlet Gas Compressor Exit のようなある程度複雑な形状の製品などが一例として紹介されています。
このような部品はリブが多いことに加え、射出成形故、ウェルドラインが存在することが課題とされています。
この領域における繊維配向をX線μCTと 4000 X 2624 ピクセルのCCDカメラを用いて調査し、
得られた結果をMicro scale ( cell size で 10 X 10 X 10 μm3)の要素を構成し、
この要素を用いて Macro scale ( cell size で 253 X 253 X 253 μm3)の要素を構成するとのこと。
本 Macro scale の要素に機械特性を異方性を考慮した上で反映させることで、
応力集中域では繊維配向が機械特性に大きな影響を与える、という状況を表現することができるようになったようです。
最終的にはこのFEAの結果精度向上のため、DIC( digital image correlation )による実体のひずみ分布の結果から、
FEA上のひずみ分布との合わせ込みを行い、ウェルドラインに存在する層間方向に配向した繊維により、
破壊起点となることを明確に再現することに成功したと述べられています。
詳細は孫文献によるとのことですが、SEM観察において反射電子や二次電子を検知することで、
破壊状態を観察できるという技術を応用し、損傷状態を定量的に観察できたとのことです。
ただしこの評価はあくまで平面での評価である、という注釈がつけられています。
この2次元での観察という限界を打破するために再度登場するのがX線μCTです。
ESRFという研究所にあるCT装置を用い、引張試験中の試験片の様子を高速で探傷し、
各応力水準でどのように破壊が進展していくのか、を三次元でとらえることに成功したようです。
この破壊の進行形態に関するデータは、FAE上での破壊予想に極めて重要なビックデータを供給し、
破壊が発生する閾値の予測精度向上などに貢献できる、
として締めくくられています。
今回の記事を題材にどのようなことを考えていけばいいのでしょうか。
マクロとミクロの考え方
学術業界と産業界で最も食い違いが起こる可能性がある定義の一つです。
学術業界としてはある程度マクロの世界を見極め、原理原則を突き詰めることが最重要であることに疑いの余地はありません。
その一方で、産業界は細かいことは別として、
「製品をお客様に販売するという目的に対して最重要なものは何なのか」
ということを常に念頭に置きながら限られたリソース、時間、そして予算の中で評価を進めなくてはいけません。
そのため本コラムでも本質的に重要なものは何かということを主軸に記事を書いていることが多い、
ということにお気づきいただけるかも知れません。
細かいところを突き詰めることは産業界でも重要であるとは思いますが、
優先順位をつけながら、理想と現実のはざまで苦しみながら「前に進む」ということが必要になります。
今回紹介した技術はFRP業界にとって重要であることは間違いありませんが、
産業界がトレースして取り組むべきか、ということについて私は同調できません。
それよりも、今回のような技術なり考え方が自社の研究開発工程に対して何か応用できることは無いのか、と俯瞰した観点で見極めることが重要です。
その上で取り入れるべき考え方や技術があれば、
自社に合う形で取り入れるべきではないでしょうか。
実体とCAEの架け橋
今回ご紹介した記事で一点重要と感じていることがあります。
それは、
「実体とCAE(上記の場合はFEA)を常に比較しながらCAE側の条件の修正を行っている」
ということです。
実体試験を主軸に置いているということが極めて重要です。
CAEの結果だけを鵜呑みにして各種評価が進むということは産業界に限らず学術業界にも見られる流れですが、
やはり危険であるというのが私の考えです。
CAEはどれだけ完璧にしたつもりでもすべての現象を完ぺきにとらえることはできません。
そのため
「CAEですべてを予想することは不可能であり、現実を最重要とみるべき」
という謙虚さが極めて重要となります。
特に産業界では重要な考え方です。
今後も検査技術を応用してCAEと組み合わせるという製品が出てくると思います。
これは市場ニーズに合致した妥当な戦略です。
ただし、CAEは現実に近づくことはできても肩を並べることは不可能である、
ということだけは忘れずに日々の業務に取り組むことが産業界では特に重要なのかもしれません。