世界的な EV シフトを迎えるにあたりFRP開発で重要なことは
先日の日経新聞で、「中国 EV 市場で先手を競う」という見出しの記事が出ていました。
インターネット上でも以下の通り記事が出ています。
https://www.nikkei.com/article/DGXLZO20532280Z20C17A8TI1000/
ここでいうEVというのは 電気自動車 のことを指しています。
今日の FRP戦略コラム では、世界的な EV シフトを迎えるにあたりFRP開発で重要なことは、という内容について書いてみたいと思います。
大気汚染が大きな社会問題となっている中国では、
これまで中央・地方政府の補助金でEV普及の地ならしをしてきており、
2018年にも自動車メーカーに一定以上の台数の生産を義務付ける規制を導入する、
という意向を表明しているようです。
また英仏政府は2040年までにガソリン車やディーゼル車の販売を禁じる方針を表明しており、
この流れが今後この流れが世界的な潮流を迎える可能性が高まり続けているとのこと。
日本メーカーでは既に仏ルノー・日産自動車が、提携関係にある東風と合弁会社を設立。
また、ホンダも試作EVを今年9月のフランクフルト自動車ショーでEVの新コンセプトを初公開すると発表。
EV普及に対してあまり熱心ではない母国ではなく、
巨大市場の今後のEVへの移行に対する強い危機感をもって取り組んでいる、
ということを感じています。
欧州の現場では EV 開発はどのような状況か
仕事柄、欧州に出張することが多いのですが、
EVについて一つの傾向を感じることができます。
もちろん私は業界でいうと自動車に特化した仕事だけをしているわけでは無いため、
見ている範囲は限定的だと考えます。
それでも感じるのが、
「小さな企業が小型のEVの開発に熱心に取り組み、販売間近まで進んできているものもある」
ということです。
研究機関や大学からスピンオフした企業が日本円で250万円程度のEVの発売をもうすぐ開始する、といった場面に遭遇したこともあります。
車両を近くで見たわけでは無いのですが、普通に公道を走っていても違和感が無い4人乗りのコンパクトカーでした。
手が届きそうな価格も魅力的だったという印象です。
まだ表明はしていないものの、中国に限らず欧州もEVへのシフトが水面下では進んでおり、
その潮流をひとつのチャンスとして参入しようとしている企業が続々と出てきている、
というのが状況のようです。
いずれにしても状況は刻々と変わってきており、日本に限らず大手の自動車メーカーはかなり強い危機感を持っているものと想像します。
EVが主力になるとFRPの存在価値が自動車業界で今より高まる
さてこのような状況を踏まえ、FRPの今後直面する流れについて考えてみたいと思います。
FRPの適用においてのポイントは、
「製品の設計コンセプトを明確化し、軽量化以外の機能性を見いだせること」
です。
これはコラムで何度も述べてきたことです。
しかしながら、FRP適用動機をさらに高めるものがあります。
それは、
「FRPが最も得意とする軽量化が製品の明確な付加価値につながる」
ということです。
FRPの軽量化以外の機能性を見出すことに力を注ぎながらも、
「軽量化に対する付加価値を徹底的に突き詰め、高める」
というコンセプトです。
航空機はまさにこのコンセプトでFRPの適用を進めてきました。
構造部材が軽量化できれば人やモノの輸送能力があがり、
燃料も多く積載できるようになるからです。
自動車の内燃機関がすべてでないにしても多くがモーターに置き換わった時、
軽量化に対する付加価値は跳ね上がります。
今の自動車において軽量化というのは燃費が何%向上する、という話がメインになると思います。
しかしながら燃費が数%向上するということが、どれだけの付加価値になるのか、
ということを実際のユーザーの目線で考えた時、
実はそれほどメリットを感じない可能性もあります。
HVやPHVといったモーターアシスト、
燃費向上の制御システム、
内燃機関の改善などにより燃費はかなり変わります。
もしかすると車高が高いような車では空力性能もきいてくるかもしれません。
つまり、構造部材のFRP化以外にも選択肢が多く、その影響が大きいのです。
自動車軽量化の最終案はエンジンの軽量化である、
というのは有名な話で、過去に以下の話を紹介したこともあります。
ただ燃料を燃やす高温領域にFRPを適用するには限界があり、
やはり金属にはかないません。
極めつけは一般的な材料よりも「高コストなので」という議論に終始してしまうのがこれまでだったと思います。
しかしながらこれがEVに置き換わると、状況は大きく変化します。
なぜならば、
「軽量化はそのままEVの走行可能距離の延長につながる」
という最大の商品付加価値につながるからです。
EVは常に改善が進んでおり、
– 磁石を初めとしたモーターの効率化
– バッテリーの大容量化
– 制御システムの最適化
– 電動効率の向上
など、様々な施策が日々行われていることは想像に難くありません。
ここでFRPによる構造部材の軽量化が行われたとします。
軽量化が可能になればモーターとバッテリー容量が同じ条件下で走行可能距離が伸びます。
そしてもう一歩設計に踏み込めれば、
FRPの比強度、比剛性の高さを生かし、
部材の薄肉化や形状変更によりバッテリー積載空間を拡大できます。
これも走行可能距離の拡大に寄与します。
車内空間を拡大し、居住性を高めることも可能でしょう。
少なくとも現段階ではガソリンスタンドほどEVの走行距離延長のインフラが整っていない場面では、
軽量化が商品付加価値向上に直結する大きな機能性であり、
死活問題でもあるといえます。
以上の通り、内燃機関ではなくモーターになることで、FRPが自動車に与える付加価値の影響度は大きく変化するのです。
FRPの構造設計開発が後回しになっていないか
上記の流れが来ている一方で現場では課題があります。
自動車業界に限らず様々な企業で受ける印象として、
「構造設計開発が後回しになっている」
というものがあります。これが最大の課題です。
金属で培われた設計構造開発の遺産に固執してしまい、FRP適用においては
「材料置換」
という考えから抜けきれない企業が本当に多いと感じます。
金属向けに最適化された設計思想が異方性の強いFRPにそのまま適用できるわけがありません。
ゼロベースで構造設計の見直しを行わないとFRPは使いこなせません。
もちろん、一部企業ではきちんとしたFRP向けの設計開発を進めているようです。
ただ、世界的に見ると日本は電気、電子、制御技術で世界トップレベルにある一方で、
構造設計開発に対する優先順位が低いというのが本音です。
後回しにしているというよりも、
どちらかというと検討すべき内容に入ってさえいないのかもしれません。
自動車業界でいうと欧州、特にドイツはFRPの構造設計に長い時間をかけノウハウとデータを蓄積していると実感しています。
自動車メーカーが直接やっているというよりも、サポートしている大学や研究機関がそのスキルを持ち始めているようです。FRP構造設計ではトップレベルの航空業界でFRPを扱ってきた技術者や研究者を引き抜いている、という動きもきいたことがあります。
欧州でのは構造設計開発は制御や電気電子の開発よりも時間がかかるため、
先行して構造設計に力を注いできた、という考えを示す方もいらっしゃるようですが、
私個人的にも大きく外れていないのではないかと思います。
そのため企業のサポートや指導、そして講演で私が集中して話をしようとしているのは、
FRPという材料をきちんと使いこなすための最上位概念である「設計」の考え方です。
なぜならば、金属で先代の方々が培った基本的な設計開発の基本的、かつ本質的な考え方を、
業務の効率化と最適化の進んだ現代ではなかなか教示してもらえる機会がないためです。
本年11月も設計に関する講演を依頼されておりますので、
構造設計を今まであまり考えてこなかった企業や必要性を感じている企業の方々は参加をご検討いただければと思います。
あくまで設計開発の原理原則にのっとり、基本的な考え方をお話ししようと思っています。
※以下、講演の情報
FRP製品開発フローと技術的なポイント
金属材を基本とした研究・開発体制から抜け切れないとお悩みの企業の方へ
https://corp.nikkan.co.jp/seminars/view/1125
今回は自動車に関する話を中心にしましたが、この話は自動車に限ったことではありません。
実際、業界的にいうと自動車業界以外でも類似の状況になっています。
日本の製造業で常に勝ち続けてきたといっても過言でない自動車業界に迫る時代の荒波。
これを乗り越えるために必要なのは難しい話ではなく、
「設計開発の基本に立ち返る」
という冷静かつ謙虚な姿勢なのかもしれません。