特許出願技術動向調査報告書 から見るFRP業界戦略
今日の FRP戦略コラム では 特許出願技術動向調査報告書 から見るFRP業界戦略 という題名で、
特許庁が今年発行した平成28年度の繊維強化プラスチックに関連する、
該報告書を題材にFRP業界戦略を考えてみたいと思います。
特許出願技術動向調査報告書 とは
特許庁が発行する 特許出願技術動向調査報告書。
これは市場創出という大義名分に対し、
国の政策として推進すべき技術テーマの中で、
今後拡大が予想されるものについて特化したテーマをまとめた報告書、
かつ提言書です。
今年発表された重点テーマは以下のものです。
- 電池の試験及び状態検出
- 移動体用カメラ
- 施設園芸農業
- スマートマニュファクチャリング技術
- ASEAN各国及びインドにおける自動車技術の出願動向
- 人工臓器
- ゲノム編集及び遺伝子治療関連技術
- 繊維強化プラスチック
- ファインバブル技術
- 次世代動画像符号化技術
- LTE-Advanced及び5Gに向けた移動体無線通信システム
- クラウドサービス・クラウドビジネス
- GaNパワーデバイス
- 高効率火力発電・発電用ガスタービン
- 水処理
( The information above is referred from https://www.jpo.go.jp/shiryou/gidou-houkoku.htm )
真ん中くらいに 繊維強化プラスチック というものがあります。
(以下、繊維強化プラスチックをFRPと書きます)
今回取り上げるのはこのテーマに関連する特許出願技術動向調査報告書です。
この報告書は以下で読むことができます。
https://www.jpo.go.jp/shiryou/pdf/gidou-houkoku/h28/28_09.pdf
一読して思ったのが、
本当に良くまとまっている+提言があるのが素晴らしい
ということです。
評論する報告書は山ほどありますが、
具体的にこうした方がいい、という提言まであるのはあまり多くありません。
本提言に関するコメントは後述しますが、
良く練られた提言であり好感が持てました。
詳細は実際にご覧いただければと思いますが、
ポイントについて見ていきたいと思います。
尚、概要は以下の特許庁のページをご覧ください。
https://www.jpo.go.jp/shiryou/gidou-houkoku.htm
特許から見えるFRPの近年の動き
1985年から2014年の期間で見た時、3つの時期に分けると解釈しやすいとのこと。
メーカー別で見ています。
第一期である1985から1994年は日本企業を中心に、海外ではBASF、DuPontのような化学メーカーが、
材料に関する出願を多く行っていたようです。
その後、1995から2004年までに東レを初めとした日系炭素メーカーが上位を占め、
航空機メーカーでいうとエアバスが出始めます。
報告書には航空機アプリケーションに対する検討が始まった傾向と書かれています。
2005から2014年においてはエアバス、ボーイングなどが上位にランクし、
ToyotaやBMW、Daimlerなどの自動車メーカーの出願が目立ち始め、
航空機に限らず自動車への展開が始まったとのこと。
材料開発→アプリケーション適用というわかりやすい流れですね。
材料でいうと日本は炭素繊維、北米、欧州はガラス繊維、マトリックスは多くが熱硬化性樹脂でほとんどがエポキシ樹脂。
成形方法では国に依らずプレス、レジントランスファーに関する出願が多いようです。
出願企業の業界はその多くが航空機や自動車のような輸送機器。
これらの企業は接合に関する特許の出願が多い傾向があるようです。
個人的な感想として特許の数がそのまま技術力云々、事業性云々の議論と同一かどうかは疑問がありますが、概ね実情に即した結果になっていると感じます。
現場の感覚から言うと1990年代にCFRPの本格的な構造材への適用が実現し、
またその製品設計思想に関する基礎が確立したと理解しています。
設計に適用される各種論文、規格は1990年代前半が全盛期で、
そこでの知見が今でも不変の基礎として認められています。
特許はこの現場での知見が整理され、
知財化する必要がある、
と考えられたものについて出願されているものと考えると概ね時間軸が合いそうです。
本当のノウハウで、かつ知的財産の侵害を証明しにくいものについては絶対に外に出さないでしょうから、
その辺りは今でもブラックボックスとして各社が抱えているものと考えます。
ただし、様々な肝である設計技術を具現化したものとして出てくるのが、
材料や製品に関する特許である、ということは念頭に置いておくことで、
各社がどのような経緯でその形や材料に行きついたのか、
ということがわかるのかもしれません。
政策動向と特許動向の関係
日本、北米、欧州の3地域について政策動向と特許動向が述べられています。
まず、政策動向について。
日本は得意とする材料を主軸に、「革新的新構造材料等研究開発プロジェクト」の立ち上げ、
輸送機器の軽量化に向けた接合技術開発やマルチマテリアル化を推進していること。
接合技術については国際標準化を推進。
北米は複合材料計量自動車実証プロジェクトを推進。
自動車を主軸に炭素繊維の新規製造方法技術の検討等を推進。
自動車に加え、風力発電ブレードの大型化、天然ガス燃料車の高圧ガスタンク等の開発を目指しているとのこと。
製品の製造技術に関しても力を入れているようです。
欧州もやはり力を入れるのは自動車。
政策上はマトリックス樹脂に力を入れているようです。
さらにインダストリー4.0などの情報技術との融合を目指すなど、
複合技術の組合せを狙っているのが特徴のようです。
これに応じた特許動向もかかれています。
日本は自動車関連、成形品の二次加工、生産性、力学特性の向上に関する出願が多いようです。
北米は最も力が入っているのは航空、宇宙。
こちらも生産性や力学特性の向上に関する出願も多いとのこと。
欧州もやはり自動車関連が多く、日本、北米同様、生産性や力学特性の向上に関する出願が多いようです。
これを読んでの個人的な感想を書いてみます。
日本の政策動向について、日本はやはりFRP業界では材料が得意なのでそれを主軸にしているというのが私の実感でもあります。
強みをさらに強めるというのは生き残り戦略の定石なので、非常に良いと思います。
標準化を目指すのは素晴らしいですが、接合技術のみというのが少し物足りないと感じます。
標準化は、どちらかというとインフラに近いものでは機能しますが、
FRPで標準化が求められる材料試験は多くが既に標準化されてしまっており、
パイが残っていないと感じています。
それ以外の開発の要素についてはノウハウの塊になるため、
標準化は難しいと思います。
北米は大統領が代わって色々あったようですが、
NASAに対する予算はほとんど変わらないどころか少し上乗せされているという情報をつかんでいます。
理由はあまり明言する必要はないかと思いますがご想像の通りだと思います。
それゆえ、今後も北米は宇宙技術については力を注いでいくと考えます。
欧州については実感としてはやはりコンソーシアムの機能が最大の強みです。
これは今回の報告書に書かれていませんが、十中八九この動きがカギになっているでしょう。
一部欧州の研究機関とも仕事をしていますが、正直隙が無いと感じています。
もちろん技術力が低いというわけではありませんが、日本と比較して欧州は技術力が高いのではありません。
隙が無いというチームプレーが欧州最大の強みです。
このチームプレーを上手く活用しながら欧州は前線に出てくると想像します。
日本の強み、米欧が先行している点
こちらについても概要が述べられています。
まず強みについてはCFのシェアの高さ、航空機部品製造などが述べられ、
それに応じCFRPの輸送機器(航空機、自動車)への適用検討と標準化推進、
といった点が政策として動いているとのこと。
北米はボーイングを中心とした航空機の積極的なCFRPの適用が強みであり、
CFRPの先端製造技術の開発といった政策が進められているとのこと。
欧州は航空のエアバス、自動車のBMWがCFRP適用で先行しているのが強みで、
インダストリー4.0などを応用した先端製造技術を政策として積極的に取り組んでいるとのこと。
こちらについても実感と個人的なコメントを述べてみたいと思います。
まず日本の強みについて。
CFのシェアは世界中が認める事実ですのでその通りですが、
航空機部品製造というのを強みというのは危険です。
なぜならば、航空機部品製造というのはTier1だからです。
近年はTier1への製品設計委託の例も増えつつありますが、
結局設計開発の「責任」はTier1ではなく、
機体やエンジンを組み立てるアッセンブリーメーカーです。
このままではいつまでたっても下請けの状態から抜け出せません。
実務が誰かではなく、「設計責任」が誰かが重要なのです。
この状況を打破しようとしているのが三菱航空機と本田技研工業です。
本田技研(事業は子会社の Honda Aircraft Company)は Honda Jet の引き渡しを開始し、
2017年上期出荷台数で世界一になり、業界に新風を巻き起こしています。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO20237260S7A820C1000000/
また三菱航空機もプラットアンドホイットニーのエンジンを載せ、
MRJの飛行試験を開始しています。
飛行試験というのはある意味最終的な問題が色々な課題が出始めるスタートライン。
今も色々ある上に、これからも色々あると思いますが、
MRJで目指すのもTier1ではなくアッセンブリーメーカーです。
ここが大切です。
このアッセンブリーメーカーとして設計責任を持てないと、
いつまでもFRPを使いこなすことはできないでしょう。
そのため、航空機部品製造の実績は強みではありますが、
課題でもあることを認識することが肝要です。
北米については今後CFRPは航空機では適用が大きく増えないと予想しています。
概ね一巡し、今後は適材適所の考えが進んでいくでしょう。
先行してCFRPを適用した北米の航空機エンジンメーカーにおいてもある程度FRPに関しては一巡し、
FRPではなくより高温に耐えられる複合材、CMCなどへのシフトが起こるはずです。
北米において自動車にどのくらい本気で使おうとするのかは現段階では不明ですが、
少なくとも航空機で一巡したという事実を認識し、
北米の航空業界で無理にFRP適用を進めるのではなく、
柔軟に立ち振る舞うということが日本企業にも求められるでしょう。
欧州は今後も航空機でFRPを使いたがるでしょう。
大手機体メーカーだけ見てもエアバスはボーイングよりもFRP適用に前向きですし、
熱硬化主体の北米と違い、欧州は熱可塑のFRTPにも積極的です。
欧州の航空機エンジンメーカーのRolls Royceは既にUltra FAN等の次世代機でCFRPを積極適用すると明言しています。プラットアンドホイットニーやGEといった北米メーカーに先行された過去を乗り越えるべく、巻き返しを図ってくると思います。
さらに報告書にもあったBMWですが、 i series でFRPのEV適用でコンセプト実証したあとは大人しいのが現状です。
今はBMWよりもむしろDaimlerの方が積極的です。
Daimlerは軽量化に加え、機能化の設計コンセプトを進めており、
EV化への推進も視野に近い将来あらたなコンセプトを提唱してくると思います。
提言についてのコメント
最後に報告書で述べられていた提言についてコメントをしてみたいと思います。
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【提言1】
繊維強化プラスチックの分野において、日本の個々の企業はそれぞれ高い技術開発
力を有している。今後、多くの企業が製造に関与する航空機や自動車等の分野におい
て、CFRP の成長が期待される。
・容易にまねのできないハイパフォーマンスな材料開発や、成形性の良好な材料系の
開発を行うべきである。
・高い技術力を有する各企業が協調して、原料、中間体、成形加工の製造工程全体に
またがる量産化システムを強化すべきである。
・個々の企業は、量産化システムにおける部品製造のトータルコストとライフサイク
ルアセスメントを意識した革新的な製造技術を目指した研究開発を行うべきである。
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( The information above is referred from https://www.jpo.go.jp/shiryou/pdf/gidou-houkoku/h28/28_09.pdf )
非常にまとまっている提言です。
まず、日本の強みは良く技術力と言われていますが、
少し見方を変えて本当に強いとみられていることについて考えるべきかもしれません。
私の個人的な意見として、日本の技術力が高いか否かについては、正直なところ何とも言えません。
ケースバイケースかな、といったところです。
これは私が実際に欧州や北米で仕事をしてきた感覚であり、
机上の空論ではありません。
しかし、間違いなく日本企業が強いことがあります。
それは、
粘り強さと顧客目線
です。
これは確かに日本企業しかありません。
簡単にあきらめずにやるとなったら最後までやる、
そして常に顧客の要望に応えるべく全力で仕事に取り組む。
この姿勢は世界的に見ても日本がずば抜けているのは日々感じるところです。
強みが上記のような粘り強さと顧客目線にあるという観点から考えてみると、また違った戦略が打ち出せるかもしれません。
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【提言2】
政府は、素材から製品まで一貫する製造工程を研究開発できる永続的拠点の設置を検
討すべきである。最終製品の仕様を決定する企業が主体となって開発資金を投資し、部
材のサプライチェーンを形成する各企業、試験・評価技術を開発できる大学、公的機関
を結集させ、各組織の知的財産の取扱いに配慮しつつ、コミュニケーションの円滑化、
研究成果の蓄積と応用を図り、CFRP の量産化システムを構築する。
————–
( The information above is referred from https://www.jpo.go.jp/shiryou/pdf/gidou-houkoku/h28/28_09.pdf )
こちらについてもごもっともな提案です。
恐らく欧州を参考にした考えだと思います。
ただ私は日本ではコンソーシアムは機能しないと考えます。
欧州と同じように複数の企業や大学、研究機関が寄り集まって新しいものを出す。
残念ながら日本にはそのような文化は醸成できていません。
色々な考えがありますが、根本的には「文化」だと思います。
日本企業は機密にする必要が無いことまで機密にするというのが最大要因ではないかというのが私の個人的な見解です。
機密は大切です。
しかし、ある程度は情報を共有できないと、開発は進みません。
もちろんNDAのような縛りは重要ですが、ある程度機密を開示していくという考えが第一歩です。
もう一つ重要なのが複数の企業、大学、研究機関を結びつける人物の存在です。
イメージとしては高いスキルを持った研究者、技術者が独立をして自らの事業を構え、
複数の企業や研究機関を結びつける「Hub」としての橋渡し役をになう、といったものです。
機密開示がある程度進んだという前提の上で、組織の壁やしがらみと無関係で、かつ橋渡し役ができるような専門家が多く出てくることで日本流のコンソーシアムができてくるかもしれません。
もちろん大学の先生はこの機能を果たせる場面があると思います。
しかしながら産業の最前線でその機能を果たすには、
開発の最前線で実際の全責任を負いながら業務を完結させた「実践経験」が必須。
この経験が無いと修羅場と化す開発現場をどのような方向に導くべきか、
という案が出ません。
組織にいることが安全、独立すると危険という日本における働くことに対する固定概念を捨て、
IT業界のようにもう少し製造業でも柔軟な人材が出てくる必要があると考えます。
産業界での実践経験を有し、極めて高い専門性を有するHubの人材を架橋点とした新たなネットワークを形成する
そんな感じの提案がいいかもしれません。
私個人的には自分自身がこのような機能(Hub)を果たす位置にいると考えています。
合わせて、このHubとなる方々にはフットワークの軽さと柔軟性、いざという時に実務をこなせる完結力(業務を完遂できる力)も必要です。そのため、できれば実践感覚を有している30代半ばから40代までの方が担うべき役割だと思います。
あともう一つの課題が最終製品の仕様を決定できない、ということ。
最終製品を販売する企業で、大手ほど自社製品の仕様を定量的に明言できる人が極めて少ないのです。
ここについては喫緊の課題として、
一度大手企業というプライドや先入観を捨てていただき、
設計の基礎から見直すべきだと思います。
言い換えると自社製品の要求仕様を定量的(定性的ではありません)にいえるようになり、
かつHubの人材が増えてくれば日本流のコンソーシアムが発現すると思います。
やはり自国にとっての最適な答えは自国にしかない、ということを再認識することが肝要なのではないでしょうか。
————–
【提言3】
日本は、異種材料接合試験の国際標準規格において先行し、潜在的な国際競争力を有
している。CFRP においても、信頼性の向上に寄与する国際標準規格を開発し、新しい
技術の開発を促進する環境や、世界で信頼される製品を提供するための環境を整備す
べきである。こうした取組は民間企業単独ではリスクが大きいため、政府は CFRP の研
究開発拠点を中心に積極的に支援すべきである。
————–
( The information above is referred from https://www.jpo.go.jp/shiryou/pdf/gidou-houkoku/h28/28_09.pdf )
こちらの提言もごもっともです。
しかし、先述の通り接合に関する標準化だけでは不十分であり、
それ以外に必要とされる標準化は概ね終わっているということです。
今後は接合といった要素ではなく、
もう少しマクロの視点の標準化に目を向けるという戦略が必要かもしれません。
間違いなく求められるのは安全性に関する標準規格。
どのような規格を満たせばFRPも輸送機器やその他のアプリケーションに適用できるのか、といった考えも一案です。
最後に
今日のFRP戦略コラムでは 特許出願技術動向調査報告書 を参考に意見を書いてみました。
この報告書は本当によく調べられたうえでまとめられており、
提言の内容も鋭いものとなっています。
しかしやはり今この瞬間に現場で起こっていることとはずれているのも事実。
最前線の実務を担う方々書いているとは限らないので避けられない部分でもあります。
大切なのは例えば今回の報告書をまとめた特許庁の方が私のような第三者の考えをうまく取り入れ、
それを国全体の戦略に反映できるかということではないでしょうか。
年齢や性別、肩書による先入観を持つことなく、
どの情報を正としてとらえるのか。
氾濫する情報の中から正しい情報を自らの頭で取捨選択しながらも外部意見を参考にしながら、
しかるべき方向性を示す、ということが今回のような提言を公開した意義だと思います。