法政大が行う 都市航空交通 研究とFRP適用の可能性
MONO ist というサイトに「 ドローンではなく小型航空機をクルマ代わりに、法政大が次世代 都市航空交通 の研究へ 」という興味深い記事が出ていました。
※参照URL
http://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1807/26/news055.html
尚、上記で3D設計技術の識者として紹介されている ニコラデザイン・アンド・テクノロジーの 水野 操 さんとは個人的に面識があります。
水野さんは私と違い根っからの航空機エンジニアとしての専門性を積まれている方です。
非常に気さくな方で、私がまだサラリーマンだった頃に電子書籍の出版方法等についてご教示いただいたこともあります。
今日のコラムでは国土が狭く、平地も少ない日本での 都市航空交通 というテーマと、
そこに向けたFRP適用の可能性について考えてみたいと思います。
法政大学に誕生した HUAM ( Hosei University Urban Air Mobility Laboratory )
陸上輸送の限界、現行航空機の制限を考慮したうえで、
立体移動が必要な都市移動を想定してコンセプト立案されたのがUAMとのことです。
以下に、UAMに関する説明が書かれています。
http://huam.ws.hosei.ac.jp/wp/about/
過去には以下のような記事で UAM に関する記事を書いたこともあります。
この時は Volocopter VC200 に関することを紹介しています。
世界初の電動 Multicopter が飛行試験を実施
UAMは
「低騒音,ゼロエミッション,滑走路不要,操縦技術不要,交通インフラのないpoint to pointの高効率移動手段」
という特徴を有しているもので、航空機とは別のジャンルになると述べられています。
Urban Air Mobility Symposium 2017に関する以下の動画は、Airbusが提唱するUAMの一例が紹介されています。
HUAMでは
– 都市空間飛行を前提とした運行システム
– 気象条件への対応
– 事故発生時の乗員と地上への安全
– 経済性を確保する機体
– モーターやバッテリー性能(静粛性優先のためモーター駆動を基本とするようです)
といった、技術だけでなく、インフラに関しても課題を選定し研究を進めていくと述べられています。
より具体的な研究テーマなどについては以下に述べられているので、
興味のある方はご覧いただくといいかもしれません。
http://huam.ws.hosei.ac.jp/wp/projects/
UAM の意義について
こちらについては先述の水野さんのコメントが非常に参考になります。
「日本の人口が減少していくことが見込まれることから、道路を走行する自動車も減少し、行政が道路整備へのコストを割かなくなるのではないかと水野氏は見ているという。移動手段を自動車から空へシフトさせることで、道路や橋、トンネルなどの地上インフラ整備のコストも減らしていける効果もあると考えている」
※引用元:http://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1807/26/news055_2.html
本点がポイントかもしれません。
日本は平地が少ない国のため、
道を通すのが非常に大変です。
さらに地上インフラは昨今も甚大な被害を及ぼしたような大雨などで寸断されると、
その地域に居住する方々にとっての死活問題となるのも事実。
それ故、陸路と水路以外の手段で人と物の移動を確保するという考え方が重要になってくると考えます。
もしかするとUAMは高層ビルの移動だけに限らず、
山間等の移動に対しても力を発揮するものとなると期待されます。
そして既存のヘリコプターなどよりも機動力をもって移動し、
かつ多くの人が持つことでインフラに大きな変化をもたらすことも期待できます。
UAMへのFRP適用について
さてここから本題でもあるUAMへのFRP適用ということについて考えていきたいと思います。
FRPは多くの業界の中で
「空を飛ぶもの」
ということについて絶大な力を発揮します。
これは不動の事実です。
上述の通りUAMは電動です。
電動のモビリティに限らず、空飛ぶモビリティにおいて軽量化は絶対的な正義です。
なぜならば軽くすればするほど同じ航続距離でより多くの荷物を載せられるという、
空を飛ぶものに対しては絶対的な付加価値となるからです。
さらに軽くできた分、バッテリーを多く乗せられれば航続距離を延ばすこともできます。
別の観点としてモーター容量を大きくして、飛行速度を高める、
最大積載重量を多くするといったことも可能になるでしょう。
これは地上を動くモビリティとは別次元の付加価値であり、
それが絶対的であるということから、
軽量化が最大の機能性であるFRPにとっては追い風の適用先といえるのです。
また回転体にFRPを使えば、比重が小さいことから回転数を上げるなどの設計的アプローチも可能となります。
ただし、技術的にみればFRPならではの難しさがあるのも事実です。
FRP製品設計で不可避な異方性に対する理解
一言でいうと
「異方性」
が最大の障害です。
ここに対する考え方はどうしても認知されにくい傾向があります。
経験則、思い込みがいかに人の思考を制限してしまうのか。
日々そのような場面に直面します。
軽量化のメリットが大きいには主翼やプロペラといった一次構造部材。
このようなところに使うのであれば、
FRPとしては繊維長が長く(または連続)の材料となり、
繊維長が長くなればなるほど異方性も高まります。
異方性が高まるということは良く誤解のある複合モードの曲げなどではなく、
引張、圧縮、せん断という考えが必須となり、
さらに言うと面内と層間(面外)という考えも必要になります。
つまり異方性を表現するためには仮に一種類の材料であったとしても、
複数の材料を評価するのと同じステップを踏むことになります。
この出だしの感覚がまだまだ一般に浸透していません。
面内と層間については以前、以下の記事でも書いておりますので、
興味のある方はご覧ください。
また、材料評価の基本である材料試験についても記事を書いています。
材料試験機 を用いたFRP製品設計の評価のポイント
まずは異方性があるため、それぞれの方向性に評価する必要があるというのが出発点でしょう。
長期利用を想定した疲労
こちらについても誤解だらけで閉口することが多々あります。
上記の通りFRPは構造部材に使おうと思えば異方性は避けられません。
異方性があるということは、疲労試験は引張や圧縮、つまり応力比の違いによるデータが得られることに加え、せん断というモードでの疲労特性も取得する必要があります。
製品の設計者と話をしていると、
「 FRPの疲労はどのくらいとみればいいのか (どのような閾値を定めればいいか)」
と聴かれます。
もちろん、私の頭の中にはいくつかの代表的なデータはありますが、それはあくまで一例に過ぎない。
そのため、答えとしては
「実測データを基本としない限り議論は難しいと思う」
と答えています。
長期利用を想定した疲労データなしに、どのようにして製品の妥当性を評価するのか全く理解できません。
中には、
「静的強度から30%位低下するとみている」
と何の根拠もなく長期利用の寿命を予想しているケースさえあるくらいです。
これが50%くらい低下したらどうするのでしょうか?
想定していたよりも低サイクルで材料が破壊すれば、
上述のようなUAMは墜落します。
ここは手を抜かず、きちんと疲労データを取得することを徹底することが重要といえます。
ある程度データが集まれば、長期利用については統計学的に予想することも可能です。
この辺りは以下のような類似記事もありますので合わせてごらんください。
FRPの静的材料データの ばらつき 考慮に向けた統計的考え方
FRP学術業界動向 ? FRPの 寿命予想 と破壊形態モデリング研究
また、異方性を考慮した評価に必須なのが疲労限度線図です。
Goodmann Diagram とも言います。
この考え方の素晴らしいところは応力比の違いによって材料の振る舞いがどのように変化するのか、
ということを視覚的に理解できるところにあります。
疲労限度線図を最終的にどのように線を引くのか、
については設計コンセプトや安全性をどう考えるかによっていろいろですが、
私のサポートする企業の中にはここでマージンを確保して製品の安全性を確保したい、
というところもあります。
疲労限度線図については過去に記事を書いていますのでそちらをご覧ください。
忘れてはいけない検査
そして最後に忘れられがちなのが寸法検査と非破壊検査です。
前者については寸法がくるってしまうとはめた時にガタつくことで想定外の共振が発生する、
または想定以上の圧入になり高い応力が生じてしまうというリスクが出ます。
これが結果的に材料のマージンを下げ、
想定外の所で破壊するという恐ろしい事象につながります。
FRPの出来について目視で、
「きれいにできている、できていない」
という判断をする方が多いのですが、
それは一部しか見ていません。
本来設計であればきれいにできているできていないよりも、
そもそも図面で想定した公差範囲内で製品ができているのかを見るべきでしょう。
検査については以下のような記事を過去に書いてありますので合わせてごらんください。
はじめてのFRP- FRP成形品の 寸法検査
FRP戦略コラム FRP製品 寸法検査 の難しさ
非接触 レーザースキャン形状測定装置
そしてもう一つ忘れてはいけないのが非破壊検査です。
FRP最大の特徴として上述した異方性。
これは成形体の破壊に対しても影響を与えます。
結論から先に言うと、
「内部破壊進展に対して規則性を有する」
ということです。
金属というのは一般的に結晶粒界に沿ってランダムに破壊が進展します。
それ故、内部欠陥についてはFRPと比較し異方性が少なく、
場合によっては表層の欠陥が破壊に進展する可能性もあります。
それ故、FPI(浸透探傷)をはじめとした表層に関する検査技術が発達してきました。
FRPについては結論から先に言うと表層の欠陥にそれほど敏感になりすぎる必要はありません。
それよりも、
「内部欠陥に対して注意を払うことが重要」
ということを理解することが肝要です。
FRPは層間で発生した破壊が、表層から見て変化なく進展するという恐ろしい破壊形態を示します。
トランスバースクラック という言葉を聞いたことがある方も多いかもしれません。
トランスバースクラックは破壊の比較的初期に現れる層間方向へのマトリックス層の破壊です。
これが蓄積すると最終的には層間?離へとつながり、それが進展することで最終破壊へと進んでいきます。
さて上記破壊進展の破壊形態については、FRPで製品を作る際に必須である、
「 積層 ( Lay up )」
を考えれば自然な事なのではないでしょうか。
重ねて作る以上、どうしても層間に破壊が進展する道筋ができてしまうのです。
このことを忘れてはいけません。
そのため、金属以上にFRPでは内部欠陥に対する検査を徹底することが重要といえます。
非破壊検査については過去に何度か紹介しているのでそちらをご覧ください。
はじめてのFRP- 非破壊検査 1
はじめてのFRP- 非破壊検査 2
Computed Laminography (CL)によるFRPの非破壊検査
レーザー 励起超音波によるFRPの非破壊検査
UAM へのFRP適用について
いかがでしたでしょうか。
私は基本は有機化学、高分子化学が専門で、社会人になってから航空機業界へ飛び込みました。
ある意味航空機については専門家でないところから、
一気に開発の最前線に置かれ、
量産ありき、そして型式認定を取ることありきで業務に邁進してきました。
上記では現場での経験を通して重要と考えられたかなり設計よりのポイントを、抜粋して述べたにすぎません。
実際にはより品質に関する知見、例えば材料規格( Material Spec )、工程規格( Process Spec )等の知見も極めて重要です。
規格に関する理解はまだまだ全世界的に不足しており、
その一方で必要に迫られる方が増えているのも事実のようです。
材料規格に関する講演は本年既に2回登壇させていただいたため年内登壇予定はありませんが(来年以降、要望があれば再登壇します)、工程規格( Process Spec )に関する講演は以下で計画されていますのでご興味ある方は参加をご検討ください。
〈2018年8月27日 セミナー 〉工程規格( Process spec )と関連文書作成法
いずれにしてもUAMはFRPが新たに輝けるポテンシャルを有するアプリケーションではないかと感じています。
先日も書きましたが、材料や工程視点のアプローチ(※FRP業界の特異性である 材料と工程 が主体の考え方)ではなく、最終アプリケーションを強く意識した考え方で、FRPの適用を拡大していければと思います。
上記のHUAMはお声がけいただければ喜んで力になりたいですね。
私のTier1ではなく、航空機業界における最終製品設計者としての経験が活きるような気がします。