ENATA の水中翼に Sicomin社の epoxy resin SR 8100 を適用 Vol.108
水中翼船という言葉を聞いたことはありますでしょうか。
外観上は普通の船なのですが、
その下や横に「水中翼」と呼ばれる翼が付いていて、
ある程度のスピードになると船体が水面から浮くことで水の抵抗を減らし、
高速で移動できるもののことを指します。
水中翼船は英語では「 Hydrofoil 」と呼ばれています。
最近の主力形態は全没翼型水中翼船とよばれる、
水中翼が完全に水中に沈んでいるタイプのもののようですが、
今回ご紹介する ENATA の水中翼船は半没型水中翼船のようです。
(水中翼の一部が水面より上に出ている)
ENANTAの概要
ENATA の水中翼船の概要ですが、
全長9.6m、幅3.3m(水中翼折り畳み時)、
水中翼を広げると幅は7.2m、
320馬力のディーゼルエンジンを2台搭載し、
バッテリーとモーターと組み合わせるハイブリットシステムを採用しているようです。
Hydrofoilとして移動するときは水面から1.9m程水中にモーターが配置されるとのことで、
乗っている人は1.5m程視点が高くなると期待されると書かれています。
ディーゼルエンジンは船体推進時に用いることはもちろん、
バッテリーの充電にも使用するようです。
尚、バッテリー/モーターのみのでも10ノット程度(時速約 19km)まではスピードが出るようです。
使い方としてはクルーザーとしてはもちろん、
沖合での海水浴、水上スポーツのお供としても使えるようです。
この辺りの概要は以下のカタログのHPを見ると書かれています。
https://foiler.com/page-resources/files/Foiler_Spirit_Brochure.pdf
UAEの企業だけにラグジュアリー満載の製品ですね。
やはりお金とセンスのある国だと感じます。
ここからはFRPに関連する技術的なところを少し見てみたいと思います。
薄い形状が求められる水中翼に用いられる低粘度エポキシ樹脂
HPを見ると、水の抵抗を減らすため水中翼は薄くする必要があったため、
比剛性の高い炭素繊維を用いたと書かれています。
この考え方は航空機と極めて近いですね。
用いている樹脂は Sicomin社の「 SR 8100 」。
今回適用されている成形法であるインフュージョンにも使える、
エポキシ樹脂です。
このページの一番上に SR 8100 があります。
SD 8822、SD 8824というのが硬化剤です。
SD 8823 というものもあり、基本的には硬化スピードが異なるようで、
SDの後に続く番号が大きい方が硬化速度が速いようです。
硬化剤の添加量は22から31 phrであり、
それらの粘度は15℃で30mPa.s以下という極めて低粘度を示します。
同じように SR 8100 も15℃で2370mPa.s程度と低い粘度です。
また SR 8100 と硬化剤(SD 882x)を上記の濃度で混合したものの粘度は、
20℃環境下にて400mPa.s以下を示します。
水の粘度は15℃で1137.8mPa.s(参照:平成29年度 理科年表)であることを考えると、
以下に粘度が低いかお分かりになると思います。
低粘度樹脂はインフュージョンのように低圧で樹脂を含侵させたい場合に向いていますね。
粘度変化を見るとどの硬化剤を使っても20℃であれば4時間程度で粘度の上昇が始まります。
エポキシ硬化物の物性を見てみましょう。
物理特性としては引張弾性率が2.4から3.0GPa程度(硬化時間や硬化剤により変動)、
ガラス転移温度は66から80℃程度です。
機械特性として、引張強度が59から70MPa程度、
破断伸びが3.2から4.1%程度とエポキシ樹脂としては一般的なものとみて間違いではないでしょう。
SD 8000シリーズの注意点
この樹脂の注意点は2つです。
まず、硬化温度による特性影響が大きいこと。
より具体的には例えば50℃で硬化させたものと、
80℃で硬化させたものではガラス転移温度が15℃近く違います。
(80℃硬化の場合は90℃程度、50℃硬化の場合は75℃程度)
それに応じ熱歪み温度(HDT)も20℃くらい違います。
(80℃硬化の場合は85℃程度、50℃硬化の場合は70℃程度)
そして当然ながらインフュージョンに使われるような樹脂は硬化が比較的ゆっくりです。
これは樹脂の繊維への含浸を確実にするために必要な特性とも言えます。
(粘度上昇が早まると繊維への樹脂含浸が終わる前に樹脂の流動性が低下し、
未含浸領域が多くできてしまうため)
そのため、GERMANISCHER LLOYD (5年ほど前にDNVと合流した模様)の船舶認証を受けているのは、
80℃で4時間加熱したもの、50℃であれば24時間加熱したものと規定されている、
ということも書かれています。
もう一点が耐熱性です。
樹脂の紹介の所に耐熱性は80℃と書かれていますが、
ガラス転移温度が66から80℃程度の樹脂の耐熱性が80℃ということは絶対にありえません。
ここは材料を作る側の視点と使う側の視点でよく誤解が生じるところですので注意が必要です。
ガラス転移温度は耐熱指標になりますが、
ユーザーが想定するような、
「何らかの荷重がかかる場合」
では材料の特性が仮にガラス転移温度以下であったとしても、室温と比較し低下することは避けられない、
ということは頭の中に入れておくことをお勧めします。
いかがでしたでしょうか。
今日は船舶の水中翼に使われたCFRPの事例をご紹介しました。
船舶は比較的古くからGFRPが使われてきた業界であり、
GERMANISCHER LLOYD (DNV)をはじめ各種認証も存在します。
比重が低いため浮力を得られるうえ耐水性も高いFRPというのは、
今後も船舶業界でニーズが継続するものと考えられます。
その中でも今回のような少量ハイエンドのものもターゲットとすることで、
新たなビジネス展開への足がかりを得られると期待されます。
今後の戦略の一助になれば幸いです。