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LOIRETECH による CFRP製水中 プロペラ

2019-01-04

昨年の JEC Asia Innovation Award 2018 の Marine 部門で受賞をした Loiretech ( https://www.loiretech.com )。

船舶の水中 プロペラ をCFRP化するという FABHELI プロジェクトという名称がついています。


JEC Asia Innovation Award 2018 については、以前以下のコラムでも述べたことがありますので、
興味ある方はご覧ください。

https://www.frp-consultant.com/2018/11/26/jec-asia-innovation-award-2018-frp-trend/


今日はこの FABHELI プロジェクトを一例に、CFRP製水中 プロペラ の技術的な部分について見ていきたいと思います。

 

FABHELI プロジェクト概要


FABHELI については以下のような動画も公開されています。


上記の動画を見ても技術的な部分は述べられていませんが、このプロジェクトの技術的な資料については以下のような資料がインターネット上にあるようです。業界の方にご紹介いただきました。

http://e-lass.eu/media/2018/06/FABHELI_Elass.pdf


詳細は不明確な部分はありますが、
概要については良くまとめられている印象です。


この資料を参考に内容について見ていきたいと思います。

 

 

水中プロペラをCFRP化する狙い


プロペラをCFRP化する対象として選ばれたのは直径が1.1m程度のもの。

翼数は5です。

取り付ける船舶は、全長30m、積載84トン、1100馬力の2つのエンジンを搭載する人輸送用のものです。


私の受けた印象として、最も重要なのは以下の点ではないかと考えます。


– プロペラ効率向上

– 運行中の静粛性向上


プロペラ効率の向上は理解しやすいと思います。

ただ、船の場合は静粛性も重要ではないかと感じています。

むしろ、ここにFRPならではの機能性を見出そうとしているのがポイントとなります。


軽量化ももちろん意義としてはありますが、
優先順位として圧倒的に上記2点ではないかという印象です。


尚、プロペラの効率向上と静粛性向上は関係が深いことも予め述べておきます。

 

 

水中のプロペラの性能理解に必須の キャビテーション ( Cavitation )

上記の狙いを理解するのに不可避のキーワードが キャビテーション ( Cavitation )です。


キャビテーションという単語を調べると以下のように書かれています。

———-
スクリューや水力タービンの翼などのように水中を高速度で運動する物体の表面には、
ベルヌーイの定理によって圧力の低い部分が生ずる。

その圧力が飽和水蒸気圧よりも低下すると水蒸気が発生したり、
水中に含まれていた機体が膨張して気泡が作られる。

この現象をキャビテーションという。

(後略)
———-

※引用元: 理化学辞典 第5版(岩波書店)
https://www.iwanami.co.jp/book/b256607.html


恐らくインターネットで調べても、上記の話に似たようなことがかかれているだけだと思います。

イメージを持つには以下のような動画を見た方が早いかもしれません。

https://www.youtube.com/watch?v=ON_irzFAU9c

 

尚、キャビテーションについてより細かいことを知りたい方は、
こちらのサイトが最もわかりやすいと思います。
 

上記のサイトを運営されている方は技術についてかなり知っている、
または良く調べた方と推測します。


情報化社会ではどの情報が精度が高そうか、
ということを客観的に見ようとする力が必要ですね。

 

話を戻します。


上記のキャビテーションに関する動画を見ると、
何故静粛性が重要かがわかるでしょう。


そうです。


潜水艦をはじめとした軍需関連のニーズが背景にあるのです。

ここが本プロジェクト理解で最重要ではないでしょうか。


乗り心地、快適性といった観点だけでは今回ご紹介するようなプロジェクトの推進力はなかなか高まりません。


社会的課題に取り組むか、軍事関連のニーズがあるかのどちらかでしょう。

 

上記のキャビテーションに関する動画では、
プロペラの形状や枚数を変更することにより静粛性を実現していると述べられています。

 

ではFABHELIの資料中ではどのように述べられているのでしょうか。

p.14を見てください。

表とグラフがあります。


詳細については私も理解できていませんが、
グラフについてどうやら横軸が前進率Jで縦軸σnは キャビテーション数 を示しており、
CFRP化することでキャビテーションが抑制できているということを示しているのではないかとのこと。
(上記の話は、業界の方にうかがいました)


尚、キャビテーション数については、
上記キャビテーションに関する引用サイトの「4.1.3 キャビテーションの指標」の欄をご覧ください。

これを裏付けているのはFABHELIの資料p.14の右下にあるイメージ図だと思います。

弾性変形をするFRPの特性を生かし、キャビテーションを低減していると述べられています。


さらに同ページの右側の文言を要約すると、

– 20ノットでの効率向上とキャビテーション低減を実現

– CFRP翼の変形によるピッチ(プロペラが1回転中に進む距離)が変化し、効率が向上

といったことがかかれています。


このようにCFRP化することで金属では難しい、


「運転中の弾性変形を用いた形状最適化」


という狙いが本命であることがわかります。

 

流体解析

ここは非常に面白い領域です

FABHELIの資料中、p.11に解析の概要が述べられています。


これについては近年の流体解析の状況を調べたところ、
以下のような状況のようです。


イメージ的にいうと、予想精度がかなり高まっているという印象です。

確かに、最近のネットやTVゲームにおける水の表現もかなり繊細であるという印象を受けています。
商品の構造部材設計だけでなく、娯楽という身近なものにも適用されていると想像します。


このシミュレーションがFABHELIで使われたのかはわかりませんが、
要素を球体に置き換え、表面付近を細かく、深いところを大きくすることで計算容量を圧縮する、
というのはかなり興味深いです。


新しくなると表面の要素だけで水面の動きをかなり精度よく予想し、
またそれを収束させることもできています。


このような動的解析を用いながら、
上述のキャビテーションの発生量などを予想していると考えます。

 

 

CFRP翼の構造


FABHELIの資料のp.17を見ると、この翼に用いられている基材(強化繊維)は、
炭素繊維とガラス繊維のハイブリットであることがわかります。

そして、ステッチ糸がみえることから NCF (ノンクリンプファブリック)であると考えます。


NCFに関連する話は、過去に以下のコラムで述べたことがあります。
ご興味ある方はそちらをご覧ください。

– FRP学術業界動向 – NCF を用いた 風力発電 ブレード製作自動化検討
 

– FORMAX が Advanced Engineering UK で NCF 基材を発表
 


FABHELIの資料のp.17でいうと右上のレイアップ画像の黒色が炭素繊維、灰色部分がガラス繊維であると推測します。

左側2つのコンター図は左下が変位を示していることがわかるものの、
左上は何を言っているのかこれだけではよくわかりません。


さらに同資料p.16を見ると、Hub側(根本)に金属のシュラウドを使っていることがわかります。
このページの解説を読むとオーバーモールディングと書かれているので、
FRPと一体で成形するようです。


航空機エンジンではHub側の金属補強はもちろん行うケースがありますが、
どちらかというと製品をマウントするための取り付け荷重を分散させるための用途であり、
構造部材の主役ではないことが多いです。

その点、このCFRP翼ではシュラウド部分のFRPの肉厚を削ってその分を金属で補うという構成であり、
製品で最も荷重がたつ場所の一つであるHubのR部分のFRPの量を少なくして、
金属でその部分を持たせようという考えのようです。


FRP設計の基本から見ると若干疑問の残る形状ですが、
当然ながら本当は異なる形状の可能性もあることは言うまでもありません。

 

それ以外では翼先端、いわゆるリーディングエッジ( Leading edge )には耐衝撃性と耐久性を実現する構造にしていると書かれています。

航空機業界ではエロージョンとFOD対策のため金属のプロテクターをつけるのが一般的ですが、
回転速度がそれほど大きくなく、
また最重要のキャビテーション低減のための変形を阻害しない(より正確には金属が変形に追従できない)ためにも、あまり金属などは使わないのかもしれません。

 

 

CFRP翼の製造方法


製造方法については RTM ( Resin Transfer Molding )を使っています。
ここは同資料のp.18に示されています。


NCFをはじめとしたドライの基材(樹脂を含侵していない強化繊維)を用いる場合、
FRP化するにあたってのキーワードは樹脂がどのように基材に浸透していくのか、
ということの把握です。

FABHELIの資料のp.18の左上の図はアクリル板のような半透明のものを上面に使うことで、
樹脂の流れる状態を目視できるようにしていると考えます。


尚、NCFは繊維の真直性が高く、またストランド間にパスがあり(チャンネルとも言います)、
さらに言うとステッチ構成によっては層間方向にステッチ糸による穴もあるため、
樹脂を後含侵させる工程に比較的向いているといわれています。


p.20の資料には木型やRTM用の金型も映っています。

特にRTM用の金型を見ると樹脂注入用のポートがいくつもあることがわかります。

上記の樹脂含侵状態の確認といった作業に加え、
CAEを用いた impregnation analysis (含侵予想)を行ったうえでの設定となっていると予想します。

樹脂を注入するポートや空気を抜くベントのポート位置や数を間違えると、
ドライスポットと呼ばれる樹脂未含浸領域が発生するなど、
FRPとしては致命的な問題が生じます。


特にある程度大型の部品になると樹脂含侵にも時間がかかる上、
もし問題が起こって製品を廃棄しなくてはいけないとなると、
歩留まりの観点から大きな問題につながる可能性もあり、
各社はこの問題が生じないよう、検証と対策を講じています。

 

 

CFRP翼の構造解析


FABHELIの資料のp.12を見るとモデリングに関することがかかれています。

Solid、Thick shell、Shellという3つのモデリング方法で、
Thick shellを採用したとのこと。


構造解析の基本から言うと翼のような薄物はShellで概要をつかむというのが定石ですが、
真直性の高いNCFを用いていること、それぞれの層で繊維配向を大きく変えていること、
という事実を踏まえ、より層間での振る舞いをコンポーネントに反映したいこともあり、
各層について繊維配向を定義することに注力している印象です。


ただ、彼らの言うThick shellに該当するモデル(p.12の右下)の図を見ると、
これは一般的なSolidだという印象です。

実際、画像を確認すると厚みに関する情報が入力されています(積層図の左側に0.1といった数字が見える)。

もしかすると今回のこのSolidモデルのことをFABHELIプロジェクト中では Thick shell と呼んでいるのかもしれません。尚、この手の各層の方向を定義するモデリングは、現行プリポストでは基本的なコマンドで実行できます。


いずれにしてもこのような各層を定義すると計算が膨大になる上、
特異点をどのように解釈するのかといったCAE固有のスキルも必要になります。

同資料のp.13にはアルゴリズムの概要がかかれています。

構造解析と流体解析を行うためのインターフェース実現を目的に、
両解析におけるモデル表層のメッシングを合わせる、
ということがポイントのようです。

メッシングは PROCAL で行っているとのことですので、
流体解析に向けたメッシングを最初に行い、
それに合わせるように構造解析用のABAQUSでのメッシングを行っているイメージだと考えます。


当然ながら上記のインターフェース構築はもちろん、
シミュレーション収束は一発で実現できないため、
何度かモデル(メッシング)の更新を行うと書かれています。


前半で述べたように、CFRP製プロペラの設計で最重要なのは、
実際に運転しているときに翼にかかる圧力がどのくらいなのか、
そしてその際の翼変形がどのくらいなのかを理解し、
キャビテーションの低減度合いを把握することです。


これを今回のようにCAEで予想することはある意味必須といえますが、
かなりの労力がかかるかもしれません。


恐らくですが、このような解析条件(拘束条件、境界条件等)の設定には、
AIが大きく貢献できる可能性があると個人的に考えています。
(AI最大の欠点は、判断基準に至るアルゴリズムの不明確さだが、条件設定は少なくとも出てきたアウトプット、つまり条件設定の数値そのものの検証を人間ができるため、途中経過を必ずしも理解する必要が無いため)


AIも適材適所ですね。

ただし、AIも適切な学習(ラーニング)があって初めて機能するということは言うまでもありません。

 

 


いかがでしたでしょうか。


今日のコラムではCFRP製(正確にはCFRPとGFRPのハイブリットですが)の水中プロペラについてご紹介しました。


構造、材料、CAE等、幅広い観点で見てみましが、
やはり思うのは

「基本的な重要ポイントは不変である」

ということです。


どうしても自社やその技術者の得意とするところ、
わかりやすいところに注力しがちですが、
FRPを使いこなすためには幅広い知見が必要なのです。


どの工程も非常に密接に結びついているということを上記のコラムを読んでいただけるとわかると思います。


そして今回のFABHELIで興味深いのは、


「CFRPが使われるべきコンセプトが明確である」


ということです。

既に本気でFRP関連に取り組む企業とそうでない企業の違いが明確になってきている昨今において、
今後はこのような明瞭なコンセプトをベースにした優れたプロジェクトが表に出てくると思います。


流行り廃りではなく、基本をしっかり押さえた着実な前進。


2019年以降、このようなFRP関連プロジェクトが増えてくるのではないでしょうか。


ご参考になれば幸いです。

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