炭素繊維強化ゴム が販売開始
少し古新聞になってしまいますが、2019年6月にハリガイ工業から 炭素繊維強化ゴム のゴムシートがリリースされました。
以下の日刊工業の記事で概要を読むことができます。
https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00520290
以下ではこの材料をリリースしたハリガイ工業の概要を観た後、 炭素繊維強化ゴムの概要と活用に向けた技術的な考え方について解説します。
ハリガイ工業とは
ハリガイ工業という企業は、ゴムの成形や製造受託を生業としている企業で、ざっとHPを拝見した限りだと前者に対しては汎用ゴムに限らず医療用ゴムや真空成型機を有するなど、シリコーンゴムなどの取り扱いを得意としていると想像します。
また、精密成型も得意のようで薄物シート成形などにも対応しているようです。
製造受託では組み立てに加え、印刷転写用のゴムローラー、精密機器用ゴム部品洗浄などにも対応しているとのこと。
ニッチなところをきちんと押さえている印象です。
炭素繊維強化ゴム について
今回リリースされた製品について見ていきます。
製品名は「炭素繊維ラバー(CFR)」。2019年5月から既に販売が始まっています。
売りとしているのは、
「耐衝撃性が3倍以上」
という点です。
樹脂がマトリックスのCFRPと比較してという話のようです。
そして技術的課題としては炭素繊維とマトリックスゴムの接着の実現とのこと。
ゴムや接着剤の種類、加工条件等の最適化がポイントだったようです。
マトリックスゴムとの密着性により、加工時にも繊維はゴムから剥離しないと書かれています。
そして引張強度はCFRPと同等であるようです。
炭素繊維ラバーの技術的な考察について
技術的な情報はほとんど開示されていないので、得られた情報を基本に見ていきたいと思います。
まず、炭素繊維のマトリックスをゴムにするというコンセプト。
あるようでなかったという印象です。
やはり炭素繊維はその際立った高い弾性率ですので、低弾性率のゴムと組み合わせるという考えは無意識に除外されていたのだと思います。
そういう意味では極めて斬新なコンセプトだといえるでしょう。
その一方でユーザーにとっての留意点もあります。
まずは耐衝撃性という考えです。
耐衝撃性はどのような指標に基づいて評価したのか、ということが非常に重要です。
CFRPの場合、耐衝撃性はCAI(Compression after impact)等で評価するのが一般的ですが、今回のリリースではどの評価方法でCFRPと比較し3倍という結果が得られたのかが書かれていません。
この辺りは、ユーザー側でメーカーにきちんと確認することが必要です。
恐らく何かしらの定量評価をしているはずですので、材料メーカーもその結果の概要を開示した方がユーザーとしてはわかりやすいと思います。
もう一つが引張強度です。
CFRPと同等と書かれていますが、これはなかなか解釈が難しい。
そもそも強化繊維が連続繊維なのか、織物なのか、NCFなのか、チョップ材なのかによっても解釈が違いますし、強化繊維の形態によっては引張る方向によっても物性は大きく異なります。
さらに言うと繊維体積含有率が引張特性の評価結果に大きな影響を与えるため、それを比較するCFRPとCFR間で合わせているのか否かも重要です。
もう一つ言うと、CFRPであってもCFRであっても何かしらの部材として用いる場合、異方性データが必須です。
面内引張だけでなく、最低でも面内せん断、できれば層間のせん断データも必要でしょう。これらはCAEで必須のデータとなります。
新製品をリリースする際は、繊維強化材料で避けられない異方性を考慮した物性データの開示は不可欠です。
見方を変えると、これらのデータがわかればユーザー側もどのような用途が使えるのか、ということがイメージしやすくなるかもしれません。
最後に考えるべきは、ゴムを使う以上、非線形特性を示す材料である、ということを理解することでしょう。
ゴムの引張試験では50% Modulus、100% Modulusといった結果を取得しますが、これはゴムがどのくらい伸びたかによって特性が大きく変化する裏返しでもあります(ここでいう%は伸び率のこと)。
ユーザー側が設計者である場合、このような非線形を捉えられるCAEツールはまだ限られているため、異方性に加え、対象となる材料が非線形であるということを理解し、それに応じた物性データの取得とCAEへの入力が必要です。多くのユーザーは剛体や線形変形特性を有する物をベースに設計する場合が多いでしょうから、この辺りはきちんと材料メーカーの知見もかりながら、検証データをそろえるべきでしょう。
また、ゴムの場合は層間圧縮も課題となります。C-setというある温度環境における一定圧縮荷重を厚み方向に規定時間かけた後、どこまで厚みが復元するかというものを見る指標です。
このような評価方法が存在するということは、つまりゴム材料では厚み方向(層間圧縮)への圧縮も留意すべきということになります。すべてではありませんが、CFRPでは問題になりにくい観点です。逆に繊維が入ることでC-setの特性が大きく改善するかもしれません。
同様に面内圧縮はほとんど特性が出ない以上に、座屈が頻発し評価自体が困難でしょう(もしかすると強化繊維の存在により初期変形は評価できるかもしれません)。面内圧縮評価そのものが極めて困難であることは、材料試験の知見がある方であれば理解できるポイントかと思います。
いかがでしたでしょうか。
今回のように新しい材料がリリースされた際は、ユーザー側も基本に立ち返りながら、この材料は今までと違うという考えで思考を止めるのではなく、
「どうすればこの新しい材料の特性を活かせるのか」
という方向に考えるべきだと思います。
そのためには設計、CAE、材料、製造、品質という横幅の技術知見だけでなく、同じ材料でもFRPだけでなく、繊維、ゴムといった縦幅の技術知見も必要になります。
新しいコンセプトでリリースされた今回のような材料が、更なる飛躍を迎えることを期待したいですね。