PPS をマトリックスとした Toray Cetex(R) TC1100 と FAR 25.853 難燃性評価 Vol.137
( Polyphenylene Sulfide / PPS chemical structure was drawn by FRP Consultant )
熱可塑性樹脂をマトリックスとした複合材料のラインナップ強化を目的に、
2018年3月に東レはオランダの Tencate を買収しました。
買収では海外メーカーとの入札競争があったことも関係者であれば知っている話だと思います。
買収による戦略詳細などは以下をご覧いただくと良いかもしれません。
https://www.toray.co.jp/news/pdf/nr180315.pdf
今日は上記の買収により東レ社名で再出発となった熱可塑性プリプレグのうち、
最近注目を集める PPS ( Polyphenylene Sulfide )をマトリックスとした、
Toray Cetex(R) TC1100 について見ていきたいと思います。
PPSをマトリックスとした Toray Cetex(R) TC1100 とは
材料の基本特性は以下の所で見ることができます。
https://www.toraytac.com/product-explorer/products/u0I7/Toray-Cetex-TC1100
概要を見ると semi-crystalline とのことですので、
アモルファスと結晶が混在したような状態でプリプレグ化されているようです。
そして売りにしているのが
「難燃性」
です。
熱可塑性樹脂で硫黄が含まれるものは難燃性がキーになる、
という話は以下の所でも話をしたことがあります。
※PPSU のFRPとの組み合わせ
https://www.frp-consultant.com/2016/03/14/ppsu/
難燃性評価について
そしてこの難燃性指標として、
35/35 OSU
と書かれています。
この指標はあまりメジャーでないと思います。
OSUの意味は恐らく Ohio State University の略で、
FAA ( Federal Aviation Administration )の提示する要件である、
FAR 25.853 と関係があるようです。
FAR 25.853 は航空機へ適用する製品の難燃性評価に関する上位概念であり、
OSU はその積体的な評価法の一つです。
Heat Release Rate Test for Cabin Materials という題目で、
その名の通り航空機の内装材の Heat Release Rate に関する要件です。
https://www.fire.tc.faa.gov/pdf/handbook/00-12_ch5-0415.pdf
尚、難燃性評価に関する一覧は以下のサイトで見ることができます。
https://www.fire.tc.faa.gov/Handbook
この OSU を基本とした難燃性評価ですが、
どのような評価なのでしょうか。
基本的には Heat Release Rate という指標を中心とした評価になります。
Heat Release Rate はものが燃焼したときにどのくらいのエネルギーが発生したか、
ということを示す指標で単位は kW/m2
です。
概要については以下のサイトの中ほどに書かれています。
https://www.nist.gov/el/fire-research-division-73300/firegov-fire-service/fire-dynamics
Heat Release Rate については温度との関係を含めた基本的な解説動画や、
オフィスチェアを用いた実際の試験の様子に関する動画が公開されています。
※ Understanding the Basics: Heat Release Rate Vs Temperature
※ Heat Release Rate
FARによるOSU の難燃性試験における要求事項が、
( HRR : Heat Release Ratio )
– Avarage Max HRR ( 5 minutes ) < 65 kW/ m2
– Average Total HR ( 2 minutes ) < 65 kw min/ m2
という二つです。
HRRの最大値平均と着火後2分間における、
Heat Release のことを言っているようです。
尚、試験時間は着火後の5分間です。
上述した Toray Cetex(R) TC1100 の特性に関する 35/35 OSU とうのは、
Avarage Max HRR ( 5 minutes )、Average Total HR ( 2 minutes ) がそれぞれ35以下であった、
ということだと考えます。
FAAの要求をマージンをもってパスしている事がわかります。
つまり、燃えにくいという機能性により内装材を中心に適用をさらに進めていきたい、
という方向性が見えてきます。
本試験については以下のサイトなどが参考になると思います。
https://www.fire.tc.faa.gov/pdf/materials/Feb12Meeting/Burns-0212-OSU_NBS.pdf
Toray Cetex(R) TC1100の材料特性概要
Toray Cetex(R) TC1100 の特性概況に戻りたいと思います。
材料の供給形態は 3.6m x 1.2m。
大型のシートといったイメージです。
プリプレグ製造において、
樹脂含浸を連続的に行うことが困難であることを示唆しています。
ファイバープレースメントなどにも用いられるテープ形態(UDテープ)も販売しているようで、
152mmまたは305mm幅のものがあるとのこと(より細幅も可能)。
強化繊維はT300JBの炭素繊維(CF)とEC9のガラス繊維(GF)で、
繻子織( CF: 280 g/m2 or GF: 300 g/m2 )、平織(CF: 200 g/m2)、UDテープ(CF: 221 g/m2)の3形態があります。
尚、カッコ内の数字は繊維目付です。
想定されている Vf (繊維体積含有率)は 50%。
RC(樹脂含有率)は34から43%程度です。
上記の基本的な特性の意味や考え方については以下のサイトを合わせてご覧ください。
※はじめてのFRP 材料仕様を示す 目付 、 Vf そして RC
各種基本的な機械特性、物理特性は以下の通りです。
代表的なものを抜粋します。
尚、下記に示したのは繻子織のCFプリプレグです。
(試験条件はすべて RTD : Room Temperature Dry )
T11: 752 MPa
E11: 58 GPa
T22: 785 MPa
E22: 56 GPa
C11: 609 MPa
Ec11: 53 GPa
S12: 130 MPa
G12: 3.9 GPa
上記を見る限り、使用している繊維がT300であれば狙い通りの数値と言ったところでしょうか。
圧縮強度がかなり高めに出ているのは90°方向にも繊維が配向しているため、
試験片の膨張が抑制されたことが一因であると考えられます。
これは他の材料試験でも確認済みであると同時に、
成形体としての特性としても発現することを私も経験しています。
そして今回特徴的なのが CAI です。
データシート中でも
Good CAI properties
と書かれています。
CAEは Compression After Impact の略で、
ストライカー等で一度損傷を与えた上で、
圧縮特性を取得するという試験になります。
値として 229 MPa (33 ksi)とのこと。
これは比較的高いイメージです。
航空機の一次構造材に用いられるような以下の材料と比較すると、
そのイメージがわくかもしれません。
Hexcel 8552: 30 ksi
Cytec 977-2: 37 ksi
Cycom 5320: 26.5 ksi
※参照元: Performance requirements: CAI vs. OHC
https://www.compositesworld.com/articles/performance-requirements-cai-vs-ohc
もちろんこれらはUD材と想定されるため、
繻子織の Toray Cetex(R) TC1100 の方が材料形態として有利です。
ただ、値そのものだけで見た際にそれほど大きく見劣りしない、
ということは注目すべき点です。
CAIはマトリックス樹脂の靭性が高いほど高く出る傾向があり、
熱可塑性樹脂をマトリックスとしたFRPの強みといえるかもしれません。
いかがでしたでしょうか。
今日は熱可塑性樹脂の PPS をマトリックスとした Toray Cetex(R) TC1100 についてご紹介しました。
従来の射出成型向けの短繊維FRPではない、
長繊維や連続繊維を強化繊維とした熱可塑性FPRの市販品が増えてきています。
この動向の中でやはり見逃してはいけないのは、
熱可塑性マトリックス樹脂による難燃特性です。
今回の PPS のように硫黄を含むものは難燃性に優れることは知られており、
その適用も急激に進んできていると感じています。
適用先として航空機や電車といった公共交通機関が主であることもあって、
景気に左右されにくいという事業的観点でも注目すべきところだと考えます。
今後の事業戦略の検討の一助になれば幸いです。