Boeingが Advanced Developmental Composites (ADC) Center を閉鎖 Vol.168
今日は技術というよりもFRP業界の実情という所についてお話したいと思います。
本年1月に、
Boeing shutters commercial composites R&D facility
という見出しの記事が Composite World で出ました。
この記事は以下で読むことができます。
https://www.compositesworld.com/news/boeing-shutters-commercial-composites-rd-facility
これはFRP業界としてなかなか意味のある内容かと思います。
今日はこのBoeingの動きに関して考えてみたいと思います。
Advanced Developmental Composites (ADC) Center とは
( Photographed by? Shoval Zonnis )
北米のシアトル、 E. Marginal Way というところにあります。
歴代の Airforce one、初のAC(耐空証明)取得B747、コンコルド、世界最速の戦闘機Blackbird、月の石等の貴重な実物が展示されている、航空機好きの方であればご存知の The museum of flight のすぐ近くですね。
一例として、Blackbird の解説ページを以下に紹介します。
https://www.museumofflight.org/Exhibits/blackbird
Blackbirdは技術的要素の固まりですが、個人的に一番好きなのは白いタイヤです。
普通のゴムでは飛行中の空気摩擦の熱に耐えられないため、
ケイ素をフィラーとして使っている、と書いてあった気がします(10年以上前の記憶なので怪しいですね)。
最初に入社した企業がゴムの成型品メーカーだっため、
常識の枠を超えた発想に衝撃を受けました。
そして、私はたまたま北米での仕事の拠点がシアトルだったため、
この博物館には何度か行ったことがあります。
当時の私はOEMとして型式証明に向けた工程の真っただ中にあり、そこにあって大きな問題が製造委託先で続出。
スケジュール遅れは許されず、また日本からの支援も限られている状況にて一人で奮闘していました。
かなり過酷な状況に緊張の連続でしたが、この博物館に行くと気持ちが落ち着いたのを今でも覚えています。
(2週間に一度は行っていた気がします)
この博物館の展示で一番印象に残っているのは、戦争に関する展示です(今でもあるかわかりませんが)。
航空機の実体が展示してある階よりも上に行くと、
世界大戦の惨状を紹介しているコーナーがあるのです。
そこで展示されていた写真の中で、焼け野原を背景としてアジア系の幼児が一人で泣いているものがあり、
当時、同年代の子供のいた親として記憶に強く刻まれたものとなりました。
個人的な話になってしまったので、元に戻します。
ADC Center では、FRPを中心とした複合材料に関する包括的な研究開発をしていたようです。
この組織の最も身近な成果と言えば B787 Dreamliner ですね。
ここまで本格的にFRPの使われた航空機は戦闘機を除いてなかった2000年代に、
色々と問題も多かったものの最終的に形にして空を飛ばしたということは、
FRP業界において多大なる技術的前進に貢献したというべきでしょう。
戦闘機で培った設計思想、
型式証明に耐えられる品質を担保した成形方法と材料選定等、
FRP業界に対しても多くの知見を提供してきたと思います。
もちろん、BoeingはOEMですので基礎技術に関する知見や検討には、
近郊のワシントン大学の力もかりたときいたことがありますが、
少なくとも取りまとめを行ったのはBoeingですね。
冒頭紹介した Composite World の記事を見てもサイズが不明なものの、
かなり大型のオートクレーブがある等、最終製品を見据えた評価や取り組みが行われていたようです。
ADC Center で行われてきた業務はどうなるか
Boeingの広報担当者は以下のように述べています。
As part of this effort, the important work currently completed at our Advanced Developmental Composites Center will transition to other Boeing facilities, mostly in the Puget Sound.
つまり、ADC Center にて完成された重要な仕事は、近郊(Puget Sound)にある他のBoeing施設に分散させ、
継続するとのことです。
We continue to take comprehensive action across the enterprise to adapt to our new market reality and transform our business to be leaner and more sustainable for the future,
とも述べていることから、変化の激しい今の市場に応えるために企業間の包括的な取り組み継続と、
選択と集中を含む変革を断行し、組織が将来継続できる形で業務を推進していきたいということになります。
では、今回の記事から考えるべきことは何でしょうか。
FRPは特別な材料ではない認識が広がりつつある
一つ気が付くべきはここでしょう。
FRPは何か特別なものを生み出す特殊な材料ではなく、
材料の選択肢の一つであるということです。
Boeingは今回のADCの閉鎖について大々的には発表していませんが、
間違いなくあるのは連続して墜落したB737MAXと COVID-19 の拡大による先行きの不透明さを踏まえた、
経費削減の判断がその背景にあるでしょう。
政府への資金支援を求めたということからも、Boeingは経営的に苦境にあると思われます。
FRPは異方性があることから使う側の力量を試す材料の一つとして知られていますが、
Boeingに限らず世界中の取り組みにより、設計に対する基本的な考え方は確立されつつあります。
そのため、使い方、特に設計に関する知見があれば、
FRPはもはや特殊な材料ではないのです。
使う側がきちんと基礎を一つひとつ押さえていくという基本姿勢があるか否か重要であり、
材料そのものに大きな進化が求められているわけではないのです。
もしBoeingがFRPは大変重要な付加価値を見出すと考えているのであれば、
どんな状況になったとしても ADC Center にはメスを入れず、FRPに関する研究開発体制を維持したでしょう。
そうでないということは、FRPの研究開発が優先順位としてそこまで高くないということなのです。
ここは事実としてFRP業界にいる方全員が認識しなくてはいけないことです。
潮目は変わったのです。
これから求められるのは技術情報開示とFRP基礎知見習得の徹底
ではFRPの将来は暗いのかというとそういうわけではありません。
これまでの歴史が物語っているように、FRPについてはブームの浮き沈みがあります。
2年程前からFRPは停滞期に入っていますが、
恐らくまた近い将来何かしらの注目を浴びて浮上してくるでしょう。
洋上発電はそのアプリケーションの一例です。
しかし次に浮上した際に求められるのは、今までのようなFRPは特殊で機密性が高いという閉鎖的な考え方ではなく、
「FRPを使う側も売る側も技術的な情報を開示する」
ということでしょう。
FRP業界の発展を阻害しているのは、材料を売る側、そして買う側両方の情報閉鎖性です。
戦略や最終製品性能を機密として扱うのは当然ですが、
製品の構成である材料の性能といった技術情報は開示できない、成形加工の技術やパラメータは開示できない、
ということをいつまでも続けていてはすでに一般材料となっているFRPの適用が広がっていきません。
また、異方性を中心としたFRPに関する基礎技術を学んだ上で、
等方材料ではないという事実に基づいた設計思想の必要性を理解し、
これらの考え方を広めるという材料メーカの技術者やユーザーである設計者の方々の協力も必要でしょう。
特に設計者であるユーザーは、
モデル作成やシミュレーション、図面を書くのを主とするDrafterと扱われるなど分業が当たり前となり、
本来設計者が有するべき材料や成形加工、品質保証に及ぶ俯瞰的な技術知見が不足しているため、
すぐに達成できることではありませんが、業務範囲の垣根を越えて学び直すという姿勢が必要かと思います。
加えて、FRP材料について材料規格を作成するという考えも一般的にならなくてはいけません。
このような規格を作るには、それを作成する技術者(設計者)が材料を理解する必要があることに加え、
安定的に材料を供給するという産業界として不可欠な流れを作ることにもつながるのです。
材料メーカーも材料規格を作成し、それをベースに議論できるユーザーを求めているのではないでしょうか。
このようなFRP材料の一般産業適用に向けた「常識」が浸透してくれば、
次にFRP適用の流れがきたときに、FRPは正真正銘一般的な材料として市場に浸透していくと考えます。
ご参考になれば幸いです。