インフュージョン成形のFRPを一次構造材に用いたロシア旅客機 MC-21
苦戦の続く航空機業界。
私の知り合いでも航空機関連企業に勤めている方がいらっしゃいますが、
仕事が減少し、それがまだ完全には戻ってきていないときいています。
今は少しずつCOVID-19の影響が薄れつつあるといわれてはいますが、
人が直接移動しなくても情報のやり取りができるツールがより一般的になったこと、
そして何よりそれに人が慣れたということが大きいのかもしれません。
ただそのような中でも航空機、航空機エンジンの各メーカーは新製品の開発に余念は無く、
地球環境を維持可能なものとするというスローガンに沿う、
環境性能を前面に出した取り組みは継続しているようです。
こういう厳しい時だからこそ攻めの姿勢を持っておかないと、
守りだけの企業に人もお金も集まらないことにより、
いざというときの踏ん張りがきかなくなり企業自体が倒れる、
という危機感があるに違いありません。
さて、このような苦境続きの航空機業界において、
長い時間かけて進めてきたものがようやく本格的に型式認証に向けて動き始めた、
ロシアの航空機 MC-21 について概要とFRP適用について述べてみたいと思います。
ロシアの航空機 MC-21 とは
ソビエト連邦が崩壊したとはいえ、ロシアは社会主義の色が残る国です。
そのため、なかなか情報が入ってこない(取りに行きにくい)領域の一つといえるかもしれません。
今回ご紹介するロシアの航空機メーカーは Irkut (イルクート)といいますが、
ロシア語でいう Объединённая авиастроительная корпорацияという、
イルクーツクを拠点とする統一航空機製造会社の一構成企業のようです。
このイルクートという企業が、MS-21という航空機が最終組み立てを完了した、
というのが以下の記事で紹介されていました。
Irkut completes final assembly of composite-intensive MC-21-300 aircraft
MS-21の紹介動画としては以下のものが全体を網羅していてわかりやすかったです。構造部材、モニタリングシステム、空力性能、エンジン性能、客席や荷室の特徴等、一通りのことが触れられています。メインとしてはMS-21-200が取り上げられています。
MS-21-300は最大211席。
各航空機大手メーカーが主力製品として位置付ける国内輸送向けの中距離タイプになります。
AirbusであればA320、BoeingであればB737のサイズです。尚、これ以外にも客席数が176席のMS-21-200や同230席のMS-21-400があります。
乗客数は以下のサイトを参考にしています。
Airlines Inform: Irkut MC-21
MS-21はこれらの航空機よりも客室内の幅を大きくすることで快適性を実現しているとのこと。
胴体はアルミ合金、後述しますが主翼や尾翼に積極的にFRPを使用しています。
搭載されるエンジンは Pratt&Whitney(PW)のPW1400シリーズ、
またはロシアの航空機エンジンメーカーであるアヴィアドヴィガーテリのPD-14で、
どちらも双発(飛行機一機に対して、エンジンを左右1基ずつ2基搭載)です。
PW1400シリーズは、一番前の部品であるファンローターとその後ろのステーターに、
CFRPを採用したギアードターボファンエンジン(Geared Turbo Fan Engine / GTF)であるのは有名です。
ギアードターボファンエンジンのコンセプト動画の一例として以下のものがあります。
ギアードターボファンエンジンというのは、
一言で言うと一番前のファンローターと同軸にある後ろのタービンの回転数が違う、
ということになります。
いわゆる回転数の最適化によって、バイパス比を上げ、高効率と低騒音を実現するというのがコンセプトになります。
バイパス比は以下のコラムでも触れたことがあります。
FRPも使われる予定のRolls Royceの UltraFan が始動
ギアードターボファンエンジンの概要については、
以下の記事が大変わかりやすくまとまっていましたので合わせてご紹介します。
ご興味ある方はご一読ください。上記の概要や騒音低減効果に関する動画もリンクがあります。
航空機用ジェットエンジンの新しい潮流「ギヤードターボファン」の30年に及ぶ開発と今後の展望
尚、認証においてはどちらのエンジンを使っているかで名称を分けており、
PW1400シリーズはMS-21-300、PD-14の場合はMS-21-310と呼ぶようです。
ナセルと呼ばれるエンジンのケースの後ろ側にはうねうねとした形状であるシェブロンノズルを採用して静穏性を高め、またナセル自体や逆噴射の際の空気の通り道になるリバーサーグリッドにも多くのFRPを用いて軽量化し、さらにエンジンメンテナンス時に用いるドア(機体正面に対して一般的には左右に開く扉)の開閉機構には、
ヒンジ機構ではなくスライド機構を採用して軽量化を狙う等、
エンジン回りにも比較的新しい技術を採用しています。
この辺りは以下のページでも概要が述べられています。
Aviadvigatel revises PD-14 turbofan architecture
コックピットではヘッドアップディスプレイやサイドスティックを採用しており、
近年リリースされた航空機に搭載されている技術は積極的に取り入れているようです。
MS-21へのFRP適用はかなり先鋭的
FRPの航空機一次構造材への適用というのは1990年代にはじまり、
2000年代に入ってからはB787やA350等が積極的に採用する等、
比較的盛んになってきている印象です。
Mitsubishi SpaceJet も尾翼へのCFRP適用を試みていました。
その中で、MS-21のFRPの適用方法はなかなかアグレッシブというべきでしょう。
何故ならばAirbusやBoeingが適用した胴体ではなく、
「いきなり主翼と尾翼にFRPを適用した」
からです。航空機の命ともいうべき翼にイルクートとしては経験の浅いFRPを使おうとしているのです。以下がMS-21に用いられているCFRPの概要です。合わせてGFRPの適用領域も示ます。CFRPはもちろんですが、GFRPもノーズコーンやFAN Case等に使われていることがわかります。
しかもこのCFRPについては既にご紹介したComposite Worldの記事でも書かれていますが、
プリプレグ+オートクレーブではなく、
いきなりインフュージョン成形を成形方法として採用しているのです。
これに関連したようなものについては、別の所で記事(外部サイトとなります)として取り上げられたこともあるようです。
そしてここで改めて考えるべきことがあります。
FRPが複合材料としての特性を発現するか否かは、
「どれだけ相容れない無機繊維と有機物のマトリックス樹脂が隙間なく一体化するかにかかっている」
ということです。
FRPは複合材料の一種です。
複合材料というのは、物理的に分離可能な2種類以上の材料から構成されること、
そしてこの一体化によってそれぞれの材料が有する特性よりも高い性能が出ること、
もしくはそれぞれの構成材料が有さない特徴が発現することにあります。
特に後者の複合材料の特性を見出すには、
繊維と樹脂が一体化し、破壊を伴うような力が生じた場合、
樹脂からできる限り迅速に強化繊維側に力を伝達するということが求められます。
この一体化を後押しするのは樹脂の繊維への「含浸」であり、
それを支配するのはFRP成形時の
・温度
・圧力
になります。温度が高いほどマトリックス樹脂の粘度が低いので、
繊維へ含浸しやすい。
さらに、その際に外圧が高ければ高いほど樹脂と繊維の一体化を促進し、
複合材料としての特性が発現するのです。
オートクレーブがどれだけ効率が悪いといわれても、
この温度と圧力を正確にFRPに付与する設備は他に存在しないため、
FRP性能が高いレベルで成立するオートクレーブに対する信頼は今でも揺るがないのです。
それに対し、インフュージョン成形というのはオートクレーブのそれとは別物です。
型の上に樹脂を含浸していない強化繊維を積層し、
それを上からナイロンバック等をかぶせた上で成形体の輪郭に沿ってブチルゴムでシーリングしたうえで、
真空ポンプで型内を減圧します。
その後、真空引きしているところと逆側のポートから、
硬化剤がすでに配合された低粘度樹脂を流し込むことでFRP化し、
樹脂充填後にオーブンなどに入れて加熱することで成形体とします。
FRPを複合材料化するという場合に何が最も違うのかというと、
「成形時の圧力が基本的には大気圧に限定される」
ということです。1気圧なのです。
この成形時の圧力が低いということは、
FRPが複合材料化するために必要な作業の力が低いということになるため、
どうしてもFRP成形体の性能がオートクレーブのそれと比べた場合、
低いまたは安定化しない可能性があります。
にも関わらず上記のような成形方法で成形したFRPを、
いきなり尾翼と主翼に使ったというその姿勢は技術的には積極的というべきですが、
設計者としての観点からは安全性の担保の観点からかなり危険と感じてしまいます。
そして空力性能を高めるため形状アスペクト比を高めている、
つまり細長い翼設計にしていることもこのリスクをより強く感じる背景にあります。
同じ長さの翼を想定した場合、根元が細い翼の方が壊れやすいということがイメージできるのであれば、
この意味は分かるかと思います。
とはいえ、見方によってはそこを一気に乗り越えて新しい技術を航空機業界に導入した先駆者という評価もできるでしょう。
いずれにしても命を預けて乗るのであれば、
上記のような技術的な観点からの懸念についても意識するということが重要かと思います。
MS-21はロシアの航空機メーカーが動いているということもあり、
ロシアにとっての海外企業とのやり取りにはリスクがあるため、
ロシア国内企業で部品調達を完結させるという動きも並行で行われているようです。
ロシア製エンジンのPD-14を搭載したMS-21-310の型式認証取得を目指すのも、
その狙いがあるようです。
以下の記事でも、ロシアでは様々な制裁が海外から行われた、
といった旨の記述がみられます。
Russia’s MC-21 aircraft can be competitive on international market, says Prime Minister
※上記記事中にPW140というものが見られますが、これはPW1400の誤記かと思います。
先の見えない中でもいろいろな試行錯誤の様子が、
ロシアのような国から少しずつですが情報として出てきているのは興味深いといえます。
国によって管理された市場から外に出ていくことで、
リスクを低減したい、または新たなチャンスをつかみたい。
そんな流れの一端なのかもしれません。