FRP製液体水素貯蔵タンクを搭載した水素動力航空機の試験飛行を決定
AirbusがFRP製液体水素貯蔵タンクを搭載した水素動力航空機の試験飛行を2026年に行うことを決定しました。
この試験機は ZEROe demonstrator と呼ばれており、
以下のようなリリース記事も出されています。
The ZEROe demonstrator has arrived
今回はこのリリース記事で述べられている水素動力航空機の概要と、
技術的なポイントについてみてみたいと思います。
ZEROe demonstrator の概要
A380を基本に、総重量100kg分の液体水素を搭載し、
それを燃料として GE Aviation が新たに開発するエンジンに供給することで、
試験飛行をするようです。
A380が選ばれたのは、
液体水素タンクやそれらをエンジンに供給するシステムの搭載に十分なスペースがあったから、
ということのようです。
上記のエンジンは飛行という役割を担うわけではなく、
機体後方の上部に取り付けてA380の飛行時に一緒に運転することにより、
もしこのエンジンで飛行した際にどのようなことが起こるのか、
というデータを取得することが主目的です。
型式認証取得前のエンジンではよく行われる試験です。
取得するデータとしては、エンジン内外の気圧や排気ガス、
水素燃料供給状況、回転、出力、振動といったエンジン運用に関するデータです。
イメージとしては以下の動画がわかりやすいかもしれません。
また、ZEROeではターボファン、いわゆる一般的な旅客機で使われるようなタイプのエンジンに加え、
推力の多くをエンジン後方のタービンの回転数を減速させてプロペラを回転させるターボプロップ、
また航空機の翼形状を大幅に見直した blended wing body のタイプもあり、
こちらの動力は Hydrogen Hybrid Turbofan とのことなので、
電力(恐らく燃料電池)と水素燃焼させるターボファンエンジンのハイブリットタイプ(併用タイプ)と想像します。
乗客数はターボファン、ターボプロップ、Hydrogen Hybrid Turbofan を動力とするコンセプト機に対し、
それぞれ200名以下、100名以下、200名以下を想定しており、
航続可能距離は同3700km、1800km、3700kmのようです。
それぞれのコンセプト機は以下の動画で見ることができます。
水素動力航空機に多用されるFRP
今回の飛行試験に用いられるエンジンは Passport と呼称されています。
開発を主に担当するのは GE Aviation です。
-253℃で冷却された液体水素を気体状態にしてエンジン内に噴射し、
従来の燃料(ケロシン)と大気の混合したものの10倍高い温度で燃焼する水素のエネルギーを用いて、
推力を得るのが基本のようです。
当然ながらこのような高温燃焼を制御することは大変難しいのと、
それに耐えうる材料を用いなくてはいけないため、
エンジン後部のコアカウルやミキサーにはCMC(Ceramic Matrix Composites)が用いられています。
材質はaluminum oxide fiber-reinforced aluminum oxide (Ox/Ox) のようです。
・関連記事
高耐熱複合材料の CMC ( Ceramics Matrix Composites )
GE aviation が CMC 向け SiC 製造工場設立
DLR が MultiMech を用いた CMC の亀裂進展予想技術を開発推進
FRPが用いられているのは、エンジンの一番前で回転する翼であるファンブレード、
そのすぐ後ろで空気の乱れを整える静翼のガイドベーン、
エンジンの外側を覆うケーシングにおいて、
カウルドア、inner barrel等にもCFRPが用いられています。
また逆噴射の時に空気の通り道になるスラストリバーサーもCFRTP製です。
マトリックス樹脂が熱可塑性樹脂のタイプですね。
これらのFRP製ケースやスラストリバーサーは Safran で作られているようです。
ケーシングに用いられるFRPについては以下のような紹介動画があります。
ロボットを用いたFRPの積層(ファイバープレースメント)や非破壊検査(超音波)が行われているのがわかります。
個人的にはこのサイズで自動化をする意味はあまりわかりませんが、
人的ミスを無くそうという話なのかもしれません。
積層や検査は、三次元形状を有する場合には人の手によるものの方が精度が高くなるケースが多い、という実際の現場での経験を踏まえていきついた私の考えです。
恐らく積層も非破壊検査も最後は人の目でチェックされており、
積層状態は目視で、非破壊検査は怪しいと思う箇所について、または応力集中箇所はA-scanで行うと思います。
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「 機械設計 」連載 第八回 FRP 製品製作プロセス では成形加工ではなく積層に着目する
詳細がまだ明かされない液体水素保存タンクと水素を輸送する配管の素材
Referenced by How to store liquid hydrogen for zero-emission flight
今回、最もポイントとなるのは水素保管を行うタンクと、
その水素をエンジンまで供給する配管です。
現段階で詳細はまだ明かされていませんが、
液体水素保管用タンクはFRP製である可能性が高く、
光ファイバ等のセンシング性能を有していること、
マトリックス樹脂に熱可塑性樹脂を用いる可能性があること、
それらの開発はZEROe Development Centres (ZEDC)で行われることくらいです。
また、これは個人的に入手した情報ですが、
Airbusはライナーレス(タンクの一番内側の樹脂層が無い)のタンクを開発した模様です。
もしかすると、熱可塑性のマトリックス樹脂を使ったCFRTPをタンク構造部材に使う可能性がある、
というのはこのライナーレスと関係があるかもしれません。
知られている通り水素は大変分子サイズが小さいため、
漏れないように閉じ込めることが大変難しい。
この辺りは構造設計はもちろんですが、
間違いなく材料設計が重要なポイントとなります。
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水素動力は課題も多い
ここまでは水素動力の航空機の取り組みの概要と技術的なポイントを述べてきました。
しかし、いくつかの乗り越えなくてはいけない課題もあると個人的には感じています。
本当に環境負荷の無い工程で作られた水素か?
第一に知らなくてはいけないのが水素製造工程の環境負荷です。
水素の多くは化石燃料から作られており、「グレー水素」と呼ばれるものが殆どです。
これは、水素を作るのに二酸化炭素の排出が避けられないというのがその背景にあります。
本当の意味で環境性能を高めたいのであればグリーン水素、
つまり再生エネルギーなどを用い、その製造工程で二酸化炭素の排出が全くないものをもって、
初めて環境にやさしいという議論が可能となってきます。
この辺りは経産省がわかりやすく解説をしています。
次世代エネルギー「水素」、そもそもどうやってつくる?(経済産業省 資源エネルギー庁)
上記のサイトでは、それ以外にも化石燃料を原料としながらも、
発生する二酸化炭素などを貯蔵、回収、利用できればブルー水素である、
といった表現をしています。
いずれにしても安定供給という観点で課題が多いのは事実でしょう。
水素を補給するには設備が必要
当然と言えば当然ですが、仮に航空機が水素動力で飛行するようになったとすると、
水素を補給できる施設が必要となります。
今の世界中の空港や飛行場で、水素補給ができるところはほとんどないはずで、
ではそのような設備を作る投資を行うのか、となるとまた高いハードルになりかねません。
COVID-19の拡大で旅客需要が減少し、
また東欧での戦争により飛行可能領域に制限が出るような時代に、
果たして投資するだけの価値があるのか、という判断は厳しいものになるのは想像に難くありません。
さらに言うと水素を輸送する方法も考えなくてはいけません。
既に述べた通り保管が難しく、体積を圧縮する液体にするには極低温が必須であり、また酸素と火が共存すれば爆発するという性質も厄介といえます。
・関連コラム
上記の一部に触れるようなことをわかりやすく動画で述べているものを見つけました。
こちらでは上記に加えて、Airbusは過去に電動飛行旅客機の開発を辞めた、
という事実を「本当に水素動力の航空機開発をやり切る覚悟があるのか」という切り口で述べています。
また、blended wing body では窓が無い代わりに客室内の壁全体をディスプレイにする、
ベッド付きの客室にするなどのコンセプト検討内容も紹介されています。
非常にわかりやすい動画で、意見がきちんと述べられているのが良いですね。
水素にこだわらないのも一つの答え
水素以外の取り組みも始まっています。
一例はバイオ燃料です。
この取り組みは日本も最前線にいます。
一例としては、使用済み食用油と微細藻類ユーグレナ(和名:ミドリムシ、以下「ユーグレナ」)由来の油脂を原料とした、燃料を用いてHonda Jetを用いて世界初の飛行を成功させました。
また、アンモニアを燃料とするということも日本は国を挙げて取り組んでおり、
グリーンイノベーション基金事業も着手しています。
グリーンイノベーション基金事業「燃料アンモニアのサプライチェーン構築」に着手
現状のアンモニアはまだそのほとんどが肥料用途であるため、
燃料に用いるとなると需要と供給のバランスが崩れる恐れがあること、
更にアンモニアは毒性や強い臭いがあることなどにも留意が必要です。
ただ、いずれにしてもコンセプト検証の段階では選択肢を増やす、つまり水素以外にも目を向けるということが賢明だと思います。
エネルギーに対して必要なのは自給自足という考えではないか
エネルギー確保というのは安全保障の観点からも大変重要です。
強靭化するには、個々人が自分たちでできる範囲でエネルギーを確保する、
という戦略が不可欠だと私は考えています。
自然災害などの非常時への対応を狙った防災もそうですが、
個々人の家庭や集合住宅で太陽光発電、燃料電池、またはガスによる発電等を導入し、
すべてではなくとも一部でも自給自足しようという考えが重要なのかもしれません。
このような取り組みにおいて、
ますますFRPがインフラ構築等の何かしらの形で貢献をし、
より身近な材料となることを目指し、
またその取り組みの一助となるよう精進していきたいと思います。