内部欠陥の少ない Hexcel のFRP脱泡積層成形技術 G-Vent
FRP業界を支える材料メーカの一社である Hexcel。
比較的ユニークな材料や技術を提案する企業で、
過去にも何度か取り上げたことがあります。
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このHexcelがオートクレーブを用いずに内部欠陥の少ないFRP成形体製作を可能にする、
G-Vent という技術をマリンスポーツの業界に導入するというリリースが出ました。
適用を想定しているのは、マストをはじめとした比較的荷重がかかる厚手の部品とのことです。
リリース記事は以下の所で読むことができます。
Hexcel Introduces G-Vent Technology into Marine Market
今日はこの記事について考えてみたいと思います。
FRP成形体製作で必須となる積層
今回紹介されている G-Vent という技術は、
「FRP材料を用いた成形体を製作する技術で、厚手のものであっても空隙などの内部欠陥が少ない」
というのが趣旨になります。
これだけ見ると何の事かわからないと感じる方もいるかと思います。
ポイントとなるのはFRP成形体製作の工程で存在する「積層」というものです。
積層はその名の通り、積み重ねて層状にする工程のことをいいます。
FRPは繊維と樹脂を組み合わせた複合材料であり、
その材料形態は強化繊維に支配されます。
繊維というのは基本的には反物等の「生地」の状態ですので、平たく、薄い。
このままだと薄い成形体しか得られないので、
厚みを持たせるには積み重ねるしかありません。
この工程こそが積層です。
FRPは構造部材として用いられることが多いため、
厚みをある程度確保したいという形状設計が多い。
強度や剛性を高めるのがその目的です。
そのため、材料を何枚も積層し、厚みを稼ぐ必要があります。
積層工程では空気を抱き込みやすく、内部欠陥の原因となり得る
この積層工程は大変デリケートで、注意が必要な工程の一つです。
何故ならば、
・積層する際のFRP材料はむき出し
・積み重ねる際、層と層の間に空気や異物を抱き込む可能性がある
ためです。
そのため、FRPにおける積層工程はクリーンルームまでいきませんが、
埃が舞うような環境では行わないという管理を、
一次構造材のFRP部品を製造する企業では行うケースもあります。
当社でも過去の顧問先で工程規格を作成する際、
このような環境管理規定を指定したことがあります。
異物を抱き込むことについての対策については上記の環境管理に加え、
手袋や作業着を毛羽等が立たないものにする、
といったことを行います。
そして最後に残るのが
「空気を抱き込む」
というもの。
積層するFRP材料がドライの繊維、つまりマトリックス樹脂が付いてない材料ではなく、
特にプリプレグのような樹脂と繊維が一体化している場合において、
層間方向の通気性はかなり悪いため積層時に層間に空気を抱き込むリスクが高まります。
一度FRP材料間である層間に空気が抱き込まれてしまうと、
それは成形時にも逃げられない場合もあり、
「層間のボイド等の内部欠陥になる」
という結末を迎えることになるのです。
内部欠陥はFRPの破壊形態で最も支配的な「層間破壊」の起点となるため、
是が非でも最小化したいのが設計者の切なる願いなのです。
以上のことから、いかにして積層時の空気の抱き込みを減らすのか、
というのは大変重要な観点といえるでしょう。
積層時に空気を抱き込まないようにするには脱泡が命
では空気を抱き込まないようにするにはどうしたらいいのか。
この質問の答えは「脱泡」となります。
これは、材料を積層するごと(もしくは数層ごと)に、
脱泡ローラーで材料全面にローラーをかけて空気を外に出す、
もしくは全体をナイロンバックで覆った上でシーリングし、
その中を減圧するといったことによって行います。
決して新しい考え方ではなく、
むしろFRPの世界で最も歴史のあるGFRPのハンドレイアップでも重要視されています。
GFRPのハンドレイアップ作業をされる方がこの脱泡工程を丁寧にやられるのを、
実工程を見たことがある方は目にしたことがあるはずです。
この脱泡はFRP成形体製作工程で大変重要な工程で、
AFP等のロボットによる自動積層装置でもコンパクションローラーの材料や圧力の設定や選定がポイントである、といわれるのも空気の抱き込みを恐れるが故の考えなのです。
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G-Ventは従来の脱泡工程を不要とするアプローチ
この脱泡工程を無くしても、内部欠陥が生じにくい。
それがG-Ventの技術の売りの部分です。
冒頭のHexcelのリリース記事ではG-Ventの一例として、
マリンスポーツ向けの厚手FRP成形体を用いた評価が述べられています。
材料はHexcelの有するHexPlyO(Oは、Oの上にグレイヴアクセント)という材料。
この材料の詳細はわかりませんが、リリース記事の画像を見ると炭素繊維を強化繊維としたプリプレグ(強化繊維にマトリックス樹脂が含浸されているもの)のようです。
これを40 Ply(40枚、40層という意味です)積層する場合、
2 Ply積層ごとに10分間の減圧脱泡を行い、オートクレーブで成形した場合と、
G-Ventを適用した場合で比較すると、
それぞれのFRP成形体の非破壊検査の結果から内部欠陥の状態は同等であるとわかったと述べられています。
内部欠陥の存在割合は、全面に対して1%未満とのことです。
この非破壊検査を行ったのはイタリアにある Q.I. Compositesという企業で、
非破壊検査や各種分析評価などを行う企業のようです。
超音波だけでなく、赤外カメラやFT-IRによる非破壊検査やDSCによる材料分析も実施できる企業です。
今回の非破壊検査には超音波とX線CTを用いたと書かれています。
さらにFRP成形物について、引張、圧縮、層間せん断といった機械、物理特性については、
G-Ventを採用した場合、従来法のそれよりも高い結果を示した模様です。
一般的な脱泡工程だけみても、従来法では40 Plyであれば200分かかることになります。
工程時間を短くできた上に、FRP成形体の特性が従来手法の同等以上であれば、
これは大変興味深い内容といえます。
G-Ventという工程はその詳細が不明
その一方で留意点もあります。
G-Ventという工程について、概要を含めてほとんど内容が開示されていないことです。
私のこれまでのFRPを使った試作と量産両方の経験から、
「工程をブラックボックスにしたもので成功した例は無い」
というものがあります。
工程について秘匿性を見出したい企業が多いようですが、
私個人としてはリスクと感じても企業メリットとは感じません。
平板を作り続けるのであれば、形状がシンプルなので成形パラメータの修正や最適化はそれほど必要ありません。
しかし、実際にFRPを使って製品や部品を得ようとすれば、
ほぼ100%三次元形状を有します。
この形状因子が入った瞬間に、FRP成形というのは別物になるのです。
上述した積層工程において、繊維の方向が変化し、
またドレープ性能の限界によっては形状に追従しきれずに繊維が突っ張る可能性もあります。
このような事象が起きた時、成形加工だけをやっている企業に対策法が見いだせるのでしょうか。
図面に基づけば勝手に材料のカットパターンや積層構成を変えるわけにはいきません。
また、工程パラメータの変化は熱硬化であればマトリックスの硬化状態、
熱可塑であれば結晶性高分子の場合の結晶化度等が変化します。
これらの変化が形状を有するFRP成形体としての性能に変化が無い、
ということはFRP成形体の実測評価で確認しない以上誰も断言できません。
このように実際の量産現場では、製作という中の成形工程だけで終わる話ではないのです。
成形工程を何でも公開した方が良いということではありませんが、
成形加工を行う企業が他社と一緒に取り組む場合、そのパートナーには工程を隠すことなく、
オープンに議論することが不可欠です。
今回のG-Ventをどのように運営していくのかは現段階で不明ですが、
FRP成形加工においてはシンプルでオープンであることが重要である、
という鉄則を常に念頭に置けるか。
このような俯瞰的かつ本質を見据える視点が重要といえます。