CityAirbus NextGenの本格始動とeVTOL型式証明の概況
今回はFRPも使われている CityAirbus NextGen を題材に、eVTOL型式証明ということについて述べてみたと思います。
都市型航空交通と呼ばれるUAM(Urban air mobility)。
渋滞の緩和に加え、道路やトンネルといった交通インフラの維持や開発の困難を打破する手段の一つとして、
最近大手航空機メーカだけでなく、多くのベンチャー企業が参入している領域です。
これからの都市設計の常識を変える一要素になるのではないか、
と期待されています。
過去には以下のようなコラムでUAMについて取り上げたこともありました。
今日はUAMの一種であるeVTOLのCityAirbus NextGenを題材に、
航空業界の新しい取り組みについて述べてみたいと思います。
空を飛ぶものに対する軽量化ニーズは他事業と比較し異次元に高い
今回ご紹介するようなUAMは、小型とはいえ人を乗せて空を飛ぶ航空機の一種になります。
空を飛ぶというシステムにおいて「軽量化」というのは、
絶対的な正義です。
それ故、軽量化材料の代表例であるFRPが多く使われることが知られています。
何故、空を飛ぶものに対して軽量化が重要なのか。
それは、
「空を飛ばす動力は、推力によって決まる」
という技術的要件が大きいといえます。
推力というのは、その動力機構(プロペラ、ターボファンエンジンなど)で、
どのくらいの重さであれば空を飛ばせるのか、
という指標になります。
よって、動力機構の仕様が決まった時点で、
動力機構自体の重量も含めた、機体全体の重量は決まってしまうのです。
したがって1kg軽くできれば、
1kgの燃料、1kgのバッテリー、1kgの荷物等を追加で多く搭載できることとなり、
航続距離を延ばす、輸送キャパシティーの向上が可能となります。
軽量化がダイレクトに航空機の付加価値となるのです。
そのため、同じ強度と剛性を達成できるのであれば、
構造部材が少しでも軽いのは正義の他の何物でもない、
という考え方をご理解いただけるのではないでしょうか。
CityAirbus NextGen は ITA Airways をパートナーにイタリアで展開
今回ご紹介するのはUAMは CityAirbus NextGen というAirbusの展開するものです。
CityAirbus NextGen をイタリアで展開するにあたり、
ITA Airways と連携するということを Airbus は発表しています。
Airbus and ITA Airways partner to develop urban air mobility in Italy
尚、ITA Airways は破綻したアリタリア航空の資産を受け継いだ国営企業です。
CityAirbus NextGen の概要
CityAirbus NextGen はUAMのカテゴリーに属し、
eVTOL (electric vertical takeoff and landing)という垂直離着陸の可能な、
電気を動力とするプロペラ式の航空機です。
概要は以下の通りです。
– プロペラは8つ
– 主翼、尾翼等の主な翼は固定翼
– 尾翼は後ろから見てV形状
– 巡行可能距離は80km
– 飛行速度は120km/h
– 飛行時の騒音は65dB以下、離着陸時は70dB以下
– 4人まで搭乗可
eVTOLは、主翼などが可変のタイプもありましたが、
CityAirbus NextGen は固定翼というのが一つの特徴といえそうです。
また、住宅地付近を飛ぶことを想定しているため、
音が静かであるというのも重要視されています。
CityAirbus NextGen については外観画像などを含め、以下の動画で概要を見ることができます。
CityAirbus NextGen の翼などの構造部材はSpirit AeroSystemsが担当
Spirit AeroSystems という企業が、
CityAirbus NextGen の翼に関する設計や製造を担当するようです。
Airbus partners with Spirit AeroSystems to develop the wings of CityAirbus NextGen
Spirit AeroSystemsはアメリカに本社を構える民需だけでなく軍需向け航空機の構造部材を得意とする企業で、
FRPを用いた構造部材成形も行っている企業です。
上記のトップページに、FRPをロボットで積層するAFP(ファイバープレースメント)も映っています。
また、一部のCityAirbus NextGenの拡大画像を見ると、
プロペラがFRP製であることがわかります。
Airbus、並びにSpirit AeroSystemsのインタビューを以下のURLから見ることができますが、
Spirit AeroSystemsの担当者の話から、A220等のAirbus旅客機のFRP製翼の製造のノウハウを、
今回のCityAirbus NextGenにFRPを適用する際に活用している、ということを明言しています。
よって、CityAirbus NextGen の主翼や尾翼もFRP製と考えて問題ないと思います。
CityAirbus NextGenでは持続可能な技術という点に着目し、
これまで培ってきた技術を活用しながら、環境負荷低減を実現する、
ということもコンセプトに入れている、というのが欧州らしい着眼点といえます。
同インタビューの前半のAirbus担当者の話の中では、
主翼の構造をシンプルにすることを重要視した、
ということが技術的観点で興味深いと感じました。
やはり、設計というのは複雑な要素の中から本質を抽出し、
その本質を突き詰めるという考えが基本だと再確認した印象です。
CityAirbus NextGen のモータは MAGicALL、バッテリーは Airbus China Innovation Centre が開発
CityAirbus NextGen のモータは MAGicALLが担当すると公表されています。
Airbus partners with MAGicALL to develop the electric motors of CityAirbus NextGen
ブラシレスモータで、CityAirbus NextGen 向けに最適化された特注設計という情報はあるものの、
詳細は述べられていません。
その一方で、バッテリーについては明確な担当企業が述べられていませんが、
過去のリリースから想像すると、Airbus内で開発を進めている可能性があります。
New Airbus battery lab to push battery technology in Shenzhen
その他のリリース記事をいくつかみましたが、
基本的には既存のLiイオンバッテリーを採用すると考えられているようです。
バッテリーの生産実績などの地理的な背景から、中国の深圳市にあるAirbusの研究所で研究開発を進めるというのも注目に値します。
欧州や北米の大手航空機関連企業(OEM)は、
構造部材等は設計含めてTier1に委託する一方、
このように本当の肝となる部分は自社で賄おう、
という傾向にあります。
AirbusはeVTOLの中で、
バッテリーを重要視している可能性を感じます。
UAM関連の話として、留意しておくべきことについて述べておきたいと思います。
空を飛ぶものの第一関門は型式証明
航空機業界は日本が敗戦国であることも一因となって、
今でも参入障壁の高い特殊な業界の一つといえます。
その参入障壁として立ちふさがる代表的なものが「型式証明」です。
仮にTier1ではなく、OEMとして自社で部品型式証明(航空機や航空機エンジンの部品の型式の証明)を取ることを想定します。
型式証明はEASAやFAAの要件文書を読めばわかる、
というばかりではなく、その要件文書に書かれた行間を読み解き、
どのような評価を行えばいいのか、ということを提案型として取り組む必要があります。
部品型式証明の3大要素は、設計、工程、材料であり、
これら3つに関する証明書類が揃わないと最終的な部品(製品)の型式証明は取れません。
例えば材料を一例としてどのように証明を取るためには、代表的なものに絞っても、
・材料試験企画立案と承認
・評価機関の提案と監査
・評価材料の監査
・評価試験実施とその監査
・取得したデータの解析結果の承認 等
といったものが不可欠です。
それぞれの工程にもかなり気を配らなくてはならず、
一般的には北米のFAAであればその代理人であるDER等の力を借りながら、
上記の証明工程を進めるのが一般的です。
この証明の工程は技術的というよりも、認証機関の要望を先回りし、
いかにして必要なデータをそろえるか、
といった観点が大変重要なのです。
以上の通り、型式証明は日本企業にとって大変労力のかかるものであり、
かつ知見が不足しているため、認証機関の本体のある国の企業や専門家の助力は不可欠といえます。
EASAとFAAではVTOLに対する型式証明の考えが異なる
欧州の認証機関であるEASAは、
早い段階でVTOLの型式証明に関する文書を準備しています。
Web上で公開されており、また要件もかなり丁寧に記載されています。
Proposed Means of Compliance with the Special Condition VTOL
それに対して北米の認証機関FAAは、その証明方法が明確に決まっておらず、
Part 23 (small-aircraft)を採用した過去の方針を転換し、
FARという証明要求文書の中でFAR 21.17(b) rulesに基づいて、
新たにクラスを設定するということが2022年5月10日に明らかになったばかりです。
With DOT Audit Ongoing, FAA Reverses On eVTOL Certification Criteria
混乱している様子がよくわかります。
恐らく都市間の距離が短く、VTOLのニーズが比較的高い欧州と、
大移動が基本の北米ということでVTOLへのニーズに温度差が背景にあると考えます。
このように技術的な観点、事業的な観点だけでは、
なかなか思い通りにいかないのが空を飛ぶものの宿命である、
ということを忘れてはいけないのだと思います。
新しい航空領域の門出
大手航空機メーカが動き、国営の航空会社が動いたということは、
UAMの動きがいよいよ始まったといえます。
当然ながらUAMが増えれば、FRPが活躍するフィールドも増えていくと思います。
そして中距離移動が空中移動で可能になることで、
様々な変化が起こり、課題も見えるかと思います。
しかし第一はやはり安全性。
人を乗せる以上、徹底した安全性が求められるということを忘れずに、
その点については型式証明で求める以上の安全性を技術的に担保する、
という技術者の真摯な姿勢が求められるのかと思います。