ガラス繊維の耐アルカリ性
ガラス繊維はアルカリ性物質との接触によってその特性が大きく低下することをご存知でしょうか。
今回はFRPの代表的な強化繊維の一種であるガラス繊維について、耐アルカリ性という観点で見ていきたいと思います。
ガラス繊維の耐アルカリ性評価は土木建築業界が先行
土木建築業界でGRCという言葉があります。
これは Glass Reinforced Cement の略で、主にはガラス繊維で補強したセメント製品のことを言います。
※参照元
GRCの工業会もあり、そこではGRCは何かについてわかりやすく動画でも解説しています。
FRPも含まれる複合材料の特性を、粘り強さという観点も含めてうまく取り入れていると感じるかもしれません。
そしてGRCという複合材料におけるマトリックスであるセメントは、
含有される鉱物と水分の反応によって生じる水酸化カルシウム(Ca(OH)2)により強いアルカリ性を示す。
この事実が、GRCの強化繊維に用いられることもあるガラス繊維の耐アルカリ性を評価する必要性をあぶりだしたといえます。
ガラス繊維の耐アルカリ性評価
ガラス繊維が酸によっておかされることは以下のようなコラムでも紹介したことがあります。
・関連コラム
そして、見出しに記載した評価の結果から言うとガラス繊維はアルカリに対して弱いです。
今回は魚本先生の以下の論文を参考に、ガラス繊維のアルカリに対する耐性評価結果についてご紹介したいと思います。評価対象はガラス繊維に加え、炭素繊維とアラミド繊維です。
この文献での評価は大変丁寧でわかりやすかったです。
各種繊維の耐アルカリ性の評価法に関する基礎研究 土木学会論文集 No. 490/V-23, pp. 167-174, 1994. 5
評価の動機は上記のGRCではなく、FRPロッドの適用に関するもののようです。
セメントに加え、FRPをロッドとして使用する事例についても何度か触れたことがありますので合わせてご紹介しておきます。
・関連コラム
FRPの 堤防補強 部材( Dike Stabilizer )への適用
評価はアルカリ浸漬後のモノフィラメント引張特性で評価
アルカリは水酸化ナトリウムを基本とし、ガラス繊維はpH14、炭素繊維やアラミド繊維はその倍の濃度の強アルカリ水溶液に浸漬しています。
浸漬期間は最長56日です。
浸漬前後でモノフィラメント、すなわちロービングやストランドから繊維1本を取り出し、
それを引張ることで弾性率と強度のデータを取得しています。
試験規格はJIS R7601となっていますが、今この規格は廃番となりJIS R7606となっています。
どのような試験かについては以下の動画がわかりやすいでしょう。
細い繊維、特に5-6μmクラスの炭素繊維のストランドから1本を抜き取るという作業は大変難しく、私自身も大変苦労しました。
細かいということ以前に静電気が発生するため思った通りの場所に設置しにくいからです。
拡大鏡を使い、手元の照明を明るくする事に加え、仮止めするテープを使うのがポイントです。
評価の結果、論文中の表2の結果から強塩基浸漬28日後で炭素繊維の弾性率や強度はほぼ不変、
アラミド繊維もわずかな物性低下が見られるだけですが、ガラス転移は90%近くの当該物性低下が認められています。
この辺りを視覚的にとらえるのであれば、当該論文中の図2-4に表記された縦軸、横軸をそれぞれ破壊確率、繊維強度としたグラフが良いかもしれません。
ガラス繊維だけが明らかにプロットデータが左にシフトし、またデータによって近似される回帰線図の勾配が急激に増加していることがわかります。
それだけ低応力で繊維が破壊しやすくなっているということを示しているのです。
評価に用いられているのはTガラス
評価に用いられているガラス繊維はTガラスです。この繊維は一般的なEガラスと比較し、強度、弾性率、耐熱性が高いものになります。
Tガラスの概要はこちらのページで見ることができます。
Tガラスの組成はEガラスと比べ二酸化ケイ素、並びにアルミナ(酸化アルミニウム)の比率が高いという特徴があります。
アルカリによるガラス繊維の劣化
Tガラスがアルカリによってどのように劣化するかについては、上記論文の写真3を見るとわかりやすいかもしれません。
岩場にムラサキガイが密集しているような形態です。
同写真2を見ると場所により糸の直径が小さくなっていることから、上記のような板状形状のものが劣化により剥離しながらアルカリが内部へ浸透していくという様子が見て取れます。
この現象をシンプルに捉えるため使われている反応モデルが同論文の図5に示されています。
古典理論であるFickの法則による拡散係数Dを用いた考え方がベースとなっています。
Fickの法則は大変汎用性の高い理論で、FRPの吸湿、吸水挙動の予測にも用いられます。
・関連コラム
「 機械設計 」連載 第二十六回 FRP吸水特性評価方法 ASTM D5229
「 機械設計 」連載 第二十五回 吸水によって大きく変化するFRP特性と吸水のメカニズム
繊維の断面を表現する円座標を基本とし、最外層から徐々に内部にアルカリが浸透していくというモデルです。
またアルカリはシリカ成分(二酸化ケイ素)と反応するという前提に基づき、シリカ成分との反応比率も考慮しながら、シリカの含有成分に到達するまでアルカリの浸透が継続するという仮定を設定しています。
全領域についてアルカリが飽和状態になると拡散が止まる、すなわち律速するという考えが基本になっているようです。
拡散係数は強度低下が断面積の減少に相当すると想定し、シンプルな式で算出しています。
拡散係数の算出には一般的に飽和状態とごく初期の変化の2つのデータが必要ですが、今回のアルカリ浸漬ではそれらが揃っている(アルカリ浸漬初期に加え、ガラス繊維は浸漬56日目には強度をほぼ消失している)と判断したからこその予測なのだと考えます。
実測値から合わせ込んだので当たり前と言えば当たり前ですが、
同論文の図7を見ると概ねいい形でアルカリ浸漬によるガラス繊維の特性低下が表現されています。
アレニウス式を用いた長期予測
アルカリのガラス繊維に対する浸透の拡散係数に温度依存性があったため、アレニウス式による予測もできたようです。
これによると、今回評価したような強アルカリ浸漬暴露によって概ね5年程度でガラス繊維の強度が半分に、20年を超えるとほぼ9割の当該物性が失われると予測できたとのこと。
もちろんアレニウス式は万能ではないため、理想的には想定される環境暴露においてその特性変化を調べ、
低下の予測は回帰分析を適用することが望ましいと考えています。
特にガラス転移温度という、特定の温度で多くの物理特性が変化してしまうFRPではアレニウス式の適用については慎重になるべきでしょう。
耐アルカリガラスもアルカリで劣化する
上記の論文中では耐アルカリガラスの初期評価結果に触れていますが、結果的にアルカリ浸漬による特性低下が認められています。
1mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液ということでpHでいうとおよそ13.7の強アルカリ水溶液に31日浸漬した結果、同様の評価で90%近い強度低下が認められたTガラスと比べ、耐アルカリガラス繊維では同低下率が40%程度に抑制されています。
しかし、低下していることに変わりはないため解析モデルの検討をはじめとした、検証が必要だという言及でこの論文は終わっています。
恐らく外層から劣化が進行する様子(論文中の写真6)がTガラスと大きく変わらないことから、同様のモデルでアルカリの繊維への浸透が予測できると考えます。
今回の論文から何を考えるべきでしょうか。
ガラス繊維の耐アルカリ化はCaOとZrO2が主役と考えられている
ガラス繊維の耐アルカリ性向上は1980から1990年代にかけて盛んに行われたようです。
参考になる論文の一つが以下のものです。
ジルコニア含有ガラスのアルカリ浸食初期過程に及ぼすカルシウムイオンの影響 / 窯業協会誌 95 [4] 1987
これによると、ガラス繊維の耐アルカリ性を高めるメカニズムはCaO-SiO2-H2OというCaOの水和反応とジルコニア(酸化ジルコニウム/ZrO2)によって、結果的にZrが多く含まれる層が形成され、これらがアルカリによる浸食を抑制する一例だと述べられています。
またCaOから離脱したCaイオンがガラス繊維の表層に沈着してケイ素の溶出反応を阻害することも明らかにしました。
冒頭ご紹介したGRC協会の動画等では
「ジルコニアがガラス繊維の耐アルカリ性発現のキーになる」
と述べられているため、今はもう少し別のメカニズムで当該特性の発現を達成している可能性もあります。
いずれにしてもガラス繊維は耐アルカリ性タイプであっても溶出は完全に止めることはできないため、
例えばアルカリに直接暴露されるような環境にガラス繊維を強化繊維としたFRPを用いることについては注意が必要です。
アルカリはFRPマトリックス樹脂を浸透し、必ず強化繊維に到達する
FRPは上記でも紹介した通り酸やアルカリでの腐食リスクがある箇所に用いられることも多いです。
この場合、オルソ系等の汎用不飽和ポリエステルではなくビスフェノールを主鎖骨格に取り入れたビニルエステルを適用します。
理由は純粋にビニルエステルの方が耐薬品性が高いということです。
問題は仮に酸やアルカリによる加水分解によって、
マトリックス樹脂が実際にダメージを受けて構造部材としての役割を果たせなくなるはるか前の段階で、
拡散という現象により酸やアルカリはマトリックス樹脂内を移動し、強化繊維に到達するということです。
そのため例えばアルカリの接液面にガラス繊維強化のFRPを適用することは問題外ですが、仮に有機繊維や炭素繊維等を接液面に複数層適用したとしても、その下にガラス繊維が存在する時点で浸透してきたアルカリによってガラス繊維がおかされる可能性は十二分に考えられます。
この対策としては、アルカリ(酸も同様)に接液するFRP積層構成を合わせ込んだ上で拡散係数をきちんと算出し、拡散現象による飽和状態になるまでどのくらいの時間がかかるのかを予め把握した上で積層設計を行うことが重要です。
更には作って終わりということではなく定期的な点検と必要に応じた補修がポイントとなります。
・関連コラム
建築物のFRPによる補修後の検査方法に関する新しい規格 ASTM WK74694
FRPの強化繊維の主役は、少なくとも現段階では間違いなくガラス繊維です。
特殊な用途しか用いられない炭素繊維やアラミド繊維はまだガラス繊維のフェーズに到達していません。
そしてガラス繊維は炭素繊維やアラミド繊維と比べ、耐薬品性に注意が必要なのも事実です。
今後、GRCだけに限らずインフラ等を中心にガラス繊維強化のFRP、すなわちGFRPが使われる領域が拡大する可能性もあるでしょう。
その場合、コストや工期といった議論だけでなく、今回ご紹介したような技術的な特性についての理解が不可欠となると考えます。