JEC Composites Innovation Awards 2023からみる業界動向
FRPは複合材料の一種です。そして、この複合材料業界で最も大きなメディアの一つがJECです。
1963年に立ち上がり、複合材料の活用促進と市場の発展を使命とした団体であるということは、About JEC Groupでもその概要が述べられています。
今回はこのJECが今年発表したJEC Composites Innovation Awardsの最終候補技術や製品を抜粋の上でご紹介し、FRPを含む複合材料業界の動向について考えてみたいと思います。
全体を通じての所感
JEC Composites Innovation Awards 2023の最終候補テーマは以下のサイトで見ることができます。
最終的な発表は4月末に計画されているJECの展示会でなされると思います。
The JEC Composites Innovation Awards: 2023 Official finalists line up
第一印象として熱可塑性樹脂をマトリックスとしたFRPが多く残っていると感じます。
日機装のIntegrally Stiffened TP Primary Structure、
フランス研究機関CETIMのManufacture a Krueger wing flap in thermoplastic、
ドイツCTCのHydrostatic Membrane Press Technology for Composites
同国アウディーのBEV battery protection plate in composite design等がその一例です。
もう一つが地球環境を意識した内容です。
ドイツFraunhoferのHybrid seating structure、
トルコNanografenのGraphene from waste tire for lightweight vehicles、
トヨタの100% Recycled Cf Spun Yarn and Applied Products、
台湾SWANCORのRecyclable Thermoset Cfrp Composite Bike、
中国PITAKAのModular Suitcase Made from rCFRPが関連したものになります。
上記の流れが本当に業界として正しいのかは別として、少なくとも上記2つが業界トレンドになりつつあるということは事実のようです。
熱可塑性マトリックス樹脂のFRPへの適用について
個人的には熱可塑性樹脂をマトリックスにしたものが増えるというのは、
純粋にマトリックス樹脂の選択肢が増えるという意味で良いと感じています。
しかし構造部材で用いられることを想定しているFRPに対して機械特性に加えて耐熱性を求められることも多く、結果としてマトリックス樹脂構造中にベンゼン環が多く含まれることが求められるようになります。
これが機械特性や耐熱性を高めるのは間違いありませんが、
同時に成形に必要な融点の上昇を招くことから多大なエネルギーが必要になり、
設備も熱に対する耐久性向上を含め重厚になっていきます。
さらに加熱した後に冷却まで同じ型で行うとなるとプロセスも長くなり、水冷を使う場合は危険な高圧蒸気が発生する等、色々な意味で問題が生じると考えられます。
熱可塑性樹脂がマトリックスであるFRPについて熱硬化性のそれの置き換えという思考にとらわれず、確立されている射出成形を採用できるものを考える、もしくは生体適合性等の熱可塑性樹脂固有の機能的観点が見いだせる場合に選定する等の戦略が必要だと思います。
地球環境を意識したテーマの一つであるリサイクルについて
地球環境を意識したテーマでは、多くがリサイクルの観点から廃棄物を減らそうという動きのようです。
これ自体はもちろん間違っていませんが、問題は「その対象が炭素繊維強化のものが主である」ということです。
FRP業界は小さいですが、その中にあって炭素繊維を強化繊維としたFRPはそもそも流通量が多くありません。
よって廃棄物を減らすにあたって対象とする材料の優先順位が違うのではないか、というのが私の実感です。FRP業界でリサイクルを考えるべき対象材料は、間違いなく「ガラス繊維を強化繊維としたもの」です。
製造重量スケールが桁2つ違うことからも、当然といえます。
さらに実績という観点でもガラス繊維を強化繊維としたGFRPは古くから使われてきており、
今、続々とそれらの製品が寿命を迎えつつあります。
GFRPをどのように適正処理していくのかということは喫緊の課題です。
この辺りは以下のようなコラムや連載記事でも述べたことがあります。
・関連コラム/連載記事
「 機械設計 」連載 第十六回 FRPリサイクル の現状と課題、そして必要な取組み
尚、リサイクルしやすいと考えられがちな熱可塑性樹脂ですが、こちらも正確には樹脂の組成が概ね同じでないとマテリアルリサイクルは難しいようです。
例えば複数の樹脂を組み合わせたアロイにする、主鎖の構造を変える、添加剤を加えるといったことで主となる組成が変わる、もしくは塗装や表面に印刷をして異種材料が混ざると、それらは同一材料としてリサイクルしにくくなるようです。
この観点で考えると、PETはいい形でこのリサイクル循環が確立できていると感じます。
以上の話を踏まえると業界動向は大きく外れているとも思わないが、大切な観点がずれていると感じている、というのが私の考えになります。
JEC Composites Innovation Awardsの概要
JEC Composites Innovation Awardsの中身を見ていきます。
JEC Composites Innovation Awardsのカテゴリー
2023年は33が最終候補数、カテゴリーは11あるようです。
カテゴリーとしては以下が示されています。
Aerospace – Parts
Aerospace – Process
Automotive & Road Transportation – Design Part
Automotive & Road Transportation – Process
Building & Civil Engineering
Circularity & Recycling
Digital, AI & Data
Equipment, Machinery & Heavy Industries
Maritime Transportation & Shipbuilding
Renewable Energies
Sports, Leisure & Recreation
業界的にはここ数年代わり映えが無いですが、航空機と自動車関係はそれぞれ複数カテゴリーあることからテーマ数が多かったのかもしれません。
もう一つ新しいものとしてデジタル技術が入ったことです。
これは時代の流れを考えれば当然なのかもしれません。
使い方によってはデジタル技術は素晴らしい部分もある一方、
人がデジタル技術のオペレータのようになってしまうことで個々人の技術レベルが低下する、
そしてそもそもFRPはそれほど効率的に開発業務を行わなければいけないほど成熟していないため、
これらの技術を使いこなすだけの基礎技術が足りていないという課題も感じています。
デジタル技術等を活用しながら効率を求めるのは、あくまで基礎技術力という土台ができた”後”の話です。
以下は、気になったテーマについて抜粋の上でご紹介したいと思います。
Hybrid seating structure
航空機の座席をFRPで作るというものです。
マトリックス樹脂をポリウレタンベースのものに統一してリサイクルをしやすくし、
その上でFRPの賦形性の良さを生かして部品点数を減らす取り組みをしています。
加えてSMCを用いて、湿式圧縮成形(WCM:Wet Compression Molding)を採用することで大量生産を意識しています。
構成材料をシンプルにしてリサイクルを目指し、
FRPの重要な機能である形状追従性を軸に置きながら部品点数を減らして構造部材をシンプルにしよう、
という取り組みは妥当な取り組みに感じました。
もしかすると航空機の椅子に座った時に少し安っぽい印象を受けた場合、
それは上記のようなFRPが多く使われた結果によるものなのかもしれません。
Self-Cure of CFRP for Aerospace Applications
炭素繊維強化プラスチック(CFRP)に電圧をかけた際、
導電性がある一方で抵抗値の高い炭素繊維に電流が流れると発熱するという現象を、
熱硬化性マトリックス樹脂の硬化反応の熱源に使うという技術です。
H2020 project MASTROという中で検証が進められたと書かれており、
この基礎技術の一つを示す論文は以下のサイトで見ることもできます。
Greta Donati et al, Nanoscale Advances, 2, 3164, 2020
Simulation of self-heating process on the nanoscale: a multiscale approach for molecular models of nanocomposite materials
2m長さのCFRPの硬化でも検証したとのことで、より大型な成形物等への更なる適用拡大も期待されます。
電気抵抗による発熱が主となるため、オーブン等で全体を加熱するのと比べ硬化反応に必要なエネルギーを99%削減したとのことです。
技術は極めてシンプルですが必要なエネルギーを削減するため、
電圧をできる限りロスなく直接熱として伝えようというコンセプトが興味深かったです。
電極や電圧のかけかたに工夫があると想像します。
DRIFT-Technology
言ってしまえば色々な成形方法を組み合せたというものです。
引抜成形をしたFRPを曲げて骨格にした上で、
シミュレーションで予測した上で射出成形で残りの部分を成形するという技術です。
設計の観点から言うとあまり有意義なアプローチと言えない一方、
眼で見てわかりやすく、このような考え方もあるというご参考として紹介しました。
組み合せるという考え方自体は大変重要です。
BEV battery protection plate in composite design
大変革が進む自動車業界で、実際にそうなるかは別として電気自動車が今以上に一般的になると必要になってくる技術です。
単なる軽量化による走行距離延長という話ではなく、バッテリーが重量エネルギー密度で議論されるためです。
Audiの発表した今回の技術は保護板ですが、内部ではバッテリーエンクロージャーまで視野に検証を進めていると想像します。
・関連コラム
尚、ポイントとして高生産性を意識した設計にしていること、リサイクルを意識していることなども触れられています。
CFRP Cable-Net Glass Fassade
今後はこのような建築向けの技術が進んでくるのだと感じます。
CFRPをケーブルとして用いた「ケーブルネット構造」でガラスを支え、
ガラス張りの建築物を作る際の構造部材とするというものです。
CFRPをケーブルとして用いること自体はそれほど特別な事ではありませんが、
それを建築業界に用いようというのが興味深かったです。
CFRPをケーブルに使うことについては、過去にもコラムとして取り上げたことがあります。
・関連コラム
CFRPなので高い機械特性はもちろん、それ自体が軽いというメリットもあり、ケーブルネット構造として用いる場合に耐久性にも優れるとのことで建築構造部材としてのメリットが見いだせていると想像します。
恐らくケーブル自体も細くすることで目立たなくすることも可能であることから、
より透明に見える建築物というのが可能になるのかもしれません。
ガラス張りの構造物増加という近未来風景構築の立役者に、CFRPケーブルネット構造が名乗りを上げる日も近いのかと思います。
CFRP製のケーブル関連技術について、以下のようなReviewもあるので興味ある方はご一読ください。
ここでもFRPの異方性が技術的なハードルを高めていると触れられています。
Yue Liu et al, Polymers, 7, 10, 2078, 2015
Carbon Fiber Reinforced Polymer for Cable Structures?A Review
Ai-Powered, Cloud-Based Real-Time Process Control
プロセスパラメータと成形物の品質の関係が深いFRP故に求められている技術といえます。
型に付属された誘電センサを用いて型内のFRP材料に関するデータを収集し、
それをEdge deviceを用いてプロセスデータをリアルタイムで収集することで、
成形物の品質とプロセスデータの関係をAIを用いて学習するようです。
誘電センサということは熱硬化性マトリックス樹脂の硬化状態や熱可塑性樹脂の溶融状態を、
イオン粘度によって把握しようとしているのかもしれません。
この手の技術でパラメータを最適化するには必要なインプットとアウトプットを「最初に漏れなく設定する」のが必須で、
本点が大変難しいと感じています。初期設定を行う人間の力量にAIが引っ張られるとも言えます。
しかもAIは線形回帰が苦手であり、加えてAIが最適と判断した経緯がブラックボックスになりやすいという課題もあります。
ただこのようなプロセスと成形物の関係を解明しようという取り組み自身は必要と考えています。
Automated, Mouldless Composite Wing Sail for Yacht
最近大型船を中心に増えている技術でいわゆる硬翼帆です。
船舶の輸送燃費効率を高めることを目的に、風を推力として取り出す取り組みです。
ウインドチャレンジャー硬翼帆完成(商船三井)のような情報は一例といえます。
この硬翼帆にFRPが使われることが多く、海外でも数年前から盛んに開発が進められています。
今回JECで最終候補として選ばれたのは上記のような大型のものではなく小型のもので、風を推力に変えるために適した形状設計と、スケーリングを容易にした簡略化した成形技術がポイントのようです。
FRPの高剛性という特性を風受けに使うことで風力を推進力に変えるという動きは今後も続くと考えます。
New Acrylic Adhesives for A Better World
これは一つのトレンドとしてみてもいいかもしれません。
従来の構造部材向け接着剤として長年君臨してきたエポキシに代わり、
最近はアクリルが注目されています。
アクリルの重合はエポキシと異なりラジカル重合のため重合速度を高速に設定することも可能という特徴があります。
今回紹介されているものは、恐らくARALDITE(R)2080、2081だと考えます。
この製品は上市されてから時間が経過しているためか動画も存在しました。
上記の動画をご覧いただくとわかると思いますが、以下のような特徴が述べられています。
・刺激臭の抑制等により、GHS認証に基づき有毒性低下が認められた
・難燃性規格EN45545-2の最上位であるHL-3に適応
・引火点95℃以上
・プライマー(下塗り剤)は不要
・高い破断伸びにより接着耐久性向上
・規定接着強度に短時間で到達
・関連コラム/参考情報
EN45545-2 で高い難燃性を示した PFA Composite
使用環境や用途によっては、構造部材に向けた接着剤の主役がエポキシからアクリルに変化することを示唆しているかもしれません。
JEC Composites Innovation Awards 2023の最終候補テーマを題材に業界の動向について述べました。
FRP適用範囲を高めるべく、様々な業界への適用が模索されているのを感じていただければと思います。