FRPのマトリックス樹脂に用いられる金属触媒
いよいよ今月末(4月25から27日)にパリ北部で開催される JEC World。
JECはFRPを含む複合材料関連において世界最大の展示会です。
COVID-19の多大なる影響を受けオンライン開催やビジネスマッチングを主にするなど、
試行錯誤を繰り返していたJECですが、何とか元の形態で開催できるようになったようです。
関係者の事前情報だとCOVID-19の前と同等くらいの訪問者がいるのではないかとのことです。
フランスそのものは年金受給開始年齢変更に伴う混乱もあるようですが、着実に物事は動いていると感じます。
今年のJECのConferenceを見ていましたが、面白そうなテーマを見つけました。
Higher Strength composites utilizing Patcham (FZC)’s Novel Reinforcement Wetting Technology
というものです。
※参考情報
JEC World Conference
今日はこの企業が主として取り扱っている金属触媒について述べてみたいと思います。
FRPのマトリックス樹脂に用いられる添加剤
Patchamの以下のFRP関係のカタログを参考にします。
COMPOSITES ADDITIVES AND ACCELERATORS
ここに述べられているのはFRP向けの「添加剤」です。
主に3つのカテゴリーに分けられています。
・湿潤分散剤(Wetting and Dispersing Additives)
・脱泡剤(Air Release Additives)
・粘度調整剤(Rheology Modifier)
湿潤分散剤はいわゆる分散剤で、固体を液体中に安定的に分散させるものです。
脱泡剤はマトリックス樹脂中の気泡を凝集させることで大きくし、表層まで気泡を移動させます。
粘度調整剤は希釈剤と概ね同等とみて問題ないと思います。粘度が高い場合に添加して粘度を抑制します。
このように、Patchamの定義する添加剤の基本は分散、脱泡、粘度を最適化する黒子といえるでしょう。
そしてもう一つの主力製品として述べられているのが金属触媒です。
FRPにおいて用いられる金属触媒で最も多いのは促進剤と遅延剤
PatchamはPATcureと呼ばれる触媒製品を有するようです。
FRPの代表的なマトリックス樹脂である不飽和ポリエステル/ビニルエステルにはコバルトが用いられる
FRPの代表的な材料といえば、ガラス繊維強化プラスチック(GFRP)です。
そして、そのマトリックス樹脂として最も有名なのは不飽和ポリエステルです。
耐薬品性を高める等の目的でビスフェノールA骨格を導入したビニルエステルもありますが、
どちらもエステルを基本構造とする重合体です。
このような材料は構造中にビニル基というC=C(炭素二重結合)を有しており、
ラジカル発生源である過酸化物、いわゆる硬化剤と混錬することで発生したラジカルを反応開始源として、
ビニル基が結合することで高分子化し、結果として樹脂になります。
この硬化剤の分解を促進し、ラジカル発生を促す際に用いられるのがコバルトになります。
例えば以下の論文だとオクタン酸コバルトを用いて不飽和ポリエステルを過酸化物で重合させる際の発熱反応を、DSCで捉えています。
J.L. Martin, Kinetic analysis of two DSC peaks in the curing of an unsaturated polyester resin catalyzed with methylethylketone peroxide and cobalt octoate, Polymer Engineering and Science, 47, 1, 2006
この論文はOPEN Accessですので、どなたでもダウンロードして読むことができます。
複数の昇温速度でラジカル重合反応を進めた際、発熱反応にどのような違いが出るかを調べています。
詳細のメカニズムは不明な点もあるということで詰め切れていないようですが、2つ発生する発熱ピークのうちの最初のピークはオクタン酸コバルトによる過酸化物の分解によるものと述べられています。
ただし、時代の流れとして脱コバルトが主流になりつつあります。
ここは不可避な潮流とも言えます。
例えばPatchamのカタログだとPATcure 2516という製品が紹介されています。
本当にこの流れが正しいかは個人的には疑問ですが、
今のうちからコバルトが使いにくくなることを想定しておいた方がいいのかもしれません。
コバルト以外の金属種の併用
Patchamの触媒製品として主力のコバルトと併用できる金属種も紹介されています。
その一つがカリウムです。
主な役割は不飽和ポリエステルの重合時に生じる可能性のある変色の抑制とのこと。
他には亜鉛が紹介されています。
亜鉛は反応速度を抑制し、より均一な重合反応実現に貢献できると述べられています。
このようなコバルトと併用できる金属触媒も存在するというのは興味深いところです。
遅延剤として活用できるカルシウム
これは意外な元素の登場という印象ですが、カルシウムを含有する化合物が反応遅延剤として使用できるとのことです。
反応遅延剤がどこで必要なのかは、この後の gel-time drift を紹介する項で述べてみたいと思います。
FRPのマトリックス樹脂硬化反応で問題となる gel-time drift
gel-time drift というのはゲル化時間、つまり硬化が進行して粘度が急激に上昇を始めるタイミングがずれることを意味しています。
最も問題となるのは、
「製造から時間の経過した硬化剤を用いた場合、想定したよりもゲル化時間が大幅に伸びる(または短くなる)」
ということです。
この辺りは gel-time drift の課題に関する以下のような特許でも述べられています。
Method for treating polyester resin system with organic acid to suppress gel-time drift
主にはゲル化時間が延びるということが問題となります。
この主因は硬化剤の失活です。
ラジカルというのは温度や紫外線で発生するのが一般的な認識ですが、絶対0℃(-273.15℃)にならない限り必ずラジカルは生じます。
ラジカルというのは大変活性が高いためそのままでは不安定で、例えば時間が経過すれば失活してしまいます。
この失活を防ぐために用いられるのが上記で紹介したカルシウム由来の化合物です。
尚、ゲル化時間を把握することはFRPの成形加工におけるプロセス設計でも大変重要です。
私自身も過去には以下のような論文を執筆したことがあります。
今回は不飽和ポリエステルやビニルエステルといったマトリックス樹脂の硬化反応に用いる金属触媒についてご紹介しました。
金属触媒がFRPでどのように活用されるのかという情報の一つとしてご参考になればと思います。