SAFを用いたUltraFanの初回エンジン試験を実施
世の中には複数の航空機エンジンメーカが存在しますが、
その代表的な一社がRolls Royceです。
高級車メーカという印象を持っている方も知れませんが、
産業界でいえば航空機エンジンメーカとしての知名度の方が高いです。
このRolls RoyceがSAF燃料を使ってUltraFanの初回エンジン試験を実施したというニュースがRolls Royceから出ました(Rolls-Royce announces successful first tests of UltraFan technology demonstrator in Derby, UK)のでご紹介したいと思います。
SAFとは何か
SAFとはSustainable Aviation Fuelの略です。
環境省のHPによると、SAFについて以下のように述べられています。
・SAFとは、「持続可能性のクライテリアを満たす、再生可能又は廃棄物を原料とするジェット燃料」。
・燃焼時にCO2排出としてカウントされないバイオマスだけでなく、化石由来の廃プラスチックなども原料になり得る。
ただし、化石由来の場合は、CO2削減効果は小さくなることに留意。
当該HPにも書かれていますが、2020年以降は航空機運用に伴う二酸化炭素排出量の増加を抑制し、
2050年には炭素を含有するものの排出をネットゼロにするという目標が国際的に定められています。
このような国際目標達成のためには、ジェット燃料を見直すことが不可欠でありSAFはその選択肢の一つとなっています。
日本でも様々な取り組みがなされており、バイオマスを用いた燃料の製造はその一例です。
コストが高い、SAF製造時の残さの処理対応、不明瞭な品質要件等の課題はまだあるようですが、
航空機の業界においてもこのような流れは無視できないのは事実と言えます。
※参照URL
脱炭素社会を支えるプラスチック等資源循環システム構築実証事業
UltraFanとは
以下のような概要を解説している動画がありますので、そちらを見ていただくのが一案です。
UltraFanはRolls Royceが開発している世界最大の径を有する航空機エンジンで、その直径は3.5m以上あります。
スラスト(推力)は440KNです。
これはエンジン1基で45トンという重量のものを高空に飛ばすことができることを意味しています。
このエンジンのコンセプトが公開されたのは2014年と比較的古いです。
しかしRolls Royceは10年近くかけてこのコンセプトを守りながら着実に開発を続けてきたとも言えます。
先にコンセプトを決め、それに向かって着実に進めるというのは欧州の得意とするやり方で、個人的に好きなプロジェクト推進方法です。
このように足の長いプロジェクトであるため、3年ほど前にもこのエンジンについてコラムで取り上げたことがあります。
※参照コラム
FRPも使われる予定のRolls Royceの UltraFan が始動
上記のコラムも参照しながら追加された最新情報を中心にUltraFanの特徴について述べてみたいと思います。
FanブレードにはFRPとTiを適用
まずはFRPの適用から見ていきます。
航空機エンジンにおける回転部品はFRPが向いてる適用先の一例です。
径が大きいものが高回転した際に巨大な遠心力がかかったとしても、
FRPの弾性率が高いため変形が抑えられるということが適用動機になります。
密度が低い軽量材料であるため遠心力自体も抑制できます。
ただし炭素繊維のような高弾性率の強化繊維を遠心力のかかる方向に配向させる、
といった積層設計が必要なのは言うまでもありません。
異方性を理解した上で適切な設計ができれば、
FRPの比強度、比剛性が活きるアプリケーションといえるでしょう。
また空力性能が優れるSwept Fanのような複雑な三次元形状を成形するにあたっても、
FRPの高い形状追従性は重宝されます。
特に大型の場合、金属のように削り出しで作ろうとすると加工にかなりの負担がかかります。
かといってちょっとした欠陥がFanブレードオフという大事故につながる部品に、
鋳造を適用するのは現実的ではありません。
大型で薄物という形状も積層で形を作るというFRPには適したアプリケーションといえるでしょう。
Fanブレードはエメラルドグリーンのような特徴的な色をしていることが気になった方もいるかもしれません。
これについては何かの機能性を持たせているものではない、
という話を10年くらい前にRolls Royceの担当者が登壇した講演で聴いたことがあります。
もしかするとエロージョン(砂などを吸い込むことで表面が摩耗すること)を防ぐサーフェースプライとしての役割はあるかもしれません。
高速の空気などが通過する領域にFRPを使う場合には知っておくべき対策といえます。
そして翼の前部先端には銀色に輝く部分が見えると思いますが、
これがTiになります。
FRPの最外層にシート形状の金属プロテクターをつけることで、
雹や砂などを吸い込んだ時にFRPが損傷する、摩耗するということを抑制することを狙っています。
Tiは比較的接着性が高いというメリットもあることから、
FRPのプロテクターに使われることが多いといえます。
接合部の離脱、剥離リスク低減というのも材料選定に影響を与えているのです。
このようにFRPをFanブレードに適用することで、UltraFanの場合でエンジン1基あたり340kgの軽量化に成功しています。
加えて、周りの筒状のケーシングにもFRPが使われていることも加筆しておきます。
高いエンジン性能
Geared Fan(ギアードファン)、可変ピッチシステムといった比較的新しい航空機エンジンシステムを適用している、
ということは過去のコラムでも触れています。
Geared Fanは一番前のFanと同軸にある後ろの回転翼のタービンの回転数が違うものになります。
FANの回転数を落とす最大の理由はバイパス比と呼ばれる数値を上げることにあります。
以下のような動画はそのイメージを持つ一助になるかもしれません。
バイパス比は燃焼器につながる軸に近い側であるコアという領域を通る空気の重量と、
バイパスというエンジンのケーシングとエンジンの間を流れる空気の重量の比率のことです。
バイパス比が大きいほど、つまり外側に多くの空気が流れる程、
タービンを通って後ろに出る空気速度が低下することで運動エネルギーが低下し、
高効率になることに加え騒音が抑えられます。
UltraFanの前の開発エンジンでは、バイパス比を11以上にするという話でしたが実際には15を達成したようです。
また、圧縮比と呼ばれる前からコア側に流入させた空気をどのくらい圧縮させるかという比率について、
同様に60以上を目指すと書かれていましたが75に到達したとのこと。
圧縮比が大きい方が高圧空気を生成させることができるため、
それを後ろから放出する際の膨張による推進力が大きくなります。
75というのはかなり高い数値です。
加えてLean burnという希薄燃焼を可能にする燃焼器を採用したことで、
「量論比(空気と燃料の比率)」と呼ばれるNOx等の発生を促進する運転モードを回避し、
結果として排ガスのNOxを減らすということも実現しています。
この燃焼方式をRQL燃焼方式と言うことは過去のコラムでも触れました。
以上の事から、エンジン性能を高めるだけでなく排ガス中のNOxを防ぐなどのシステムは、
現段階での完成形に近づいたといえるかもしません。
100%SAFでのエンジン試験に対応可能
今回特記すべきはここだと思います。
廃油を中心とした廃棄食材由来のSAFを用いてエンジン試験を行っています。
試験の結果として何も問題なかったのか、
何か起こったのかといった詳細は不明ですがSAFで試験をするということが大きな一歩と感じました。
水素やバッテリー電力によるハイブリット運用も視野に
以前はRolls Royceは述べていなかったと記憶していますが、
水素燃料、または電力によるハイブリット運用も可能になるだろうとのことです。
今後の展開について
Rolls Royceは今後の展開についても触れています。
その一つが、
「ラインナップの拡充」
です。
推力が25,000から110,000ポンド(11,325から49,830kg)のラインナップを2023年代までにそろえ、幅広のスペースが特徴のwidebodyを中心とした大型航空機だけでなく中型のリージョナルジェットも含めてUltraFanを展開していくとのことです。
コンセプトをそのままに、エンジンサイズを変更していくというのは言うほど簡単ではないと思いますが、
様々なサイズの航空機への搭載を目指していくという指針は明確です。
GEやPratt&Whitney等の大型の航空機エンジンを得意とする企業の競争が激しくなっていくのかもしれません。
いかがでしたでしょうか。
FRPを適用しようという流れは航空機業界では健在であることをUltraFanのプロジェクトは示しているのかもしれません。
その根底にあるのは、FRPの特性である異方性を理解した上で、
比剛性、比強度の高さを活かす使い方を徹底していることにあります。
加えて複合材料が複雑な破壊形態を示す故に衝撃破壊耐性が高いということを理解した上でケーシングにつかい、
万が一Fanブレードオフによって羽が飛んできてもそれを受け止める役割を全うさせるというぶれない指針も、
FRPを活用しようとする重要な動機付けになっていると考えます。
航空機業界はCOVID-19による数年にわたる暗闇が続いていましたが、出口に向けた光が見え始めているとも言えます。
航空機業界におけるFRP適用が、安全性は当然として今後は環境保全などの分野への貢献につながっていくことを期待したいです。