アルカリ融解によるGFRP廃材のリサイクル技術研究
SDG’sのような地球環境保全を含めた環境に関する意識が高まり続けています。
このような状況において、有機物が主体の樹脂やプラスチックは自然分解しにくいというその特性故、その取扱いに注目が集まるようになりました。
プラスチック資源循環法が2022年4月より施行され、
廃棄されたものをきちんと回収し、再利用するという取り組みに加え、
そもそもプラスチックを用いた製品の設計時点で代替材の検討やプラスチック使用量の減少、
分別の容易化といった企画や設計時点で考慮することが求められています。
環境意識の高い地域として知られる欧州を例にすると、
European Comissionにて食品に接触するプラスチックに関する規制が2022年10月から始まっています。
既存製品について多少の移行期間は設定されているものの2023年7月10日以降は、
食品接触プラスチック材料については持続可能なリサイクル技術によって製造された素材を含まないと、
市場に出回ることを禁止するという厳しい規制が始まっています。
2024年10月からは新たな認証システムが始まり、
プラスチック廃材の回収、並びにリサイクルされる前の廃材に関する第三者認証が必須で、
これが無いと食品接触が想定されるプラスチック容器を市場で販売することさえできなくなるとのこと。
ここでは主としてPETを想定しているようです。
※参照情報
Plastic Recycling/Commission Regulation (EU) 2022/1616
このような国内外の流れはFRPも無関係とはいえず、
過去に関連した内容のコラムやメルマガを書いたことがあります。
※関連コラム
今日はこのような流れに対する学術業界の動きの一つをご紹介したいと思います。
アルカリ融解によるGFRPの分離と粉末化が主たる狙い
参考にしたのは以下の論文になります。
ありがたいことにオンラインで読むことができます。
情報化社会最大のメリットの一つですね。
本論文の趣旨は、アルカリ融解による熱分解反応によって生じる繊維と樹脂の構成化合物を可燃性気体として採取の上、残ったものを抽出分離して、最終的には粉末状態として採取できるというものになります。
可燃性気体は燃料になり、最終的に残った粉末形態の材料は処理方法によっては大きな表面積を有することから、フィラーなどへの再利用が可能となるとのこと。
従来のFRPのリサイクルの考え方は、強化繊維と樹脂をいかにして分離するかという所を目指していました。
ここについて、過去の連載や登壇したセミナーや講演で繰り返し述べてきました。
※関連連載
「 機械設計 」連載 第十六回 FRPリサイクル の現状と課題、そして必要な取組み
今回のアプローチはそれとは異なるもので、
大変興味深いと考えます。
以下、論文の中身について述べていきたいと思います。
GFRPのアルカリ融解によって可燃性気体と水に不溶な無機酸化物にする
今回対象としている材料は、廃棄されたGFRPすなわちガラス繊維強化プラスチックとマトリックス樹脂の複合材料です。
マトリックス樹脂について特に述べられていませんが、
充填剤であるCaCO3(炭酸カルシウム)が含まれているということから、
恐らく不飽和ポリエステルがマトリックス樹脂だと思います。
最も一般的に用いられるFRPとご理解いただいて問題ありません。
一般的によく見られる誤解の一つとして炭素繊維を強化繊維としたCFRPが多く使われているというものがありますが、ガラス繊維を強化繊維としたGFRPはCFRPよりもはるかに広範囲、かつ大量に使われているのが現状です。
よって、今回のようにGFRPをターゲットとしたマテリアルリサイクルの検討は、
社会的な観点からも意義があります。
アルカリ融解とGFRPでの反応概要
主たる反応はアルカリ融解(アルカリ溶融)というもので、
これは有機物と固体状態の水酸化アルカリ、
今回でいえばNaOH(水酸化ナトリウム)に熱を加えて融解させ、
反応を進めるものになります。
これは有機物を熱分解させる強烈な反応で、
GFRPも強塩基の溶融液にさらされればバラバラになる、つまり分子量が低下することになります。
低分子化は化合物の剛性と強度を失わせる最適な手法の一つです。
低分子化によって構造材としての価値は低下しますが、
取り扱い性は向上することが多いのが特徴です。
具体的にはマトリックス樹脂は以下のような反応になります(論文中の反応式(1))。
マトリックス樹脂 → H2+CO+CO2+H2+副産物
生成したCO2はNaOHと反応してNa2CO3を生成し、
これが水と反応してH2を発生する反応も起こります(論文中の反応式(3)、(4))。
ここでいう、H2やH2は燃料として再利用できるということです。
ガラス繊維は主たる化合物である二酸化ケイ素が、以下のような反応を起こします(論文中の反応式(5))。
SiO2+2NaOH → Na2SiO3+H2O
このケイ酸塩は水に可溶のため、その後の抽出作業に回すことができます。
抽出というのは複数の化合物が溶解している有機溶媒に水を加え、
相容れない水と油の関係で発生する界面で、
油、すなわち有機溶媒側にある元素を水側に移動させるものです。
この状態はドレッシングをイメージするとわかるかもしれません。
そしてガラス繊維の耐アルカリ性(耐塩基性)が低いということは、
過去にもコラムで取り上げたことがあります。
理由は上記のような反応が起こるためです。
※関連コラム
GFRP廃材の基本分析結果
評価対象であるGFRPについては、構成元素の分析を目的としたXRDと熱に対する重量減少挙動を調べるTG-DTAで分析評価しています。
XRDはどのようなものにも有効というわけではなく、
ガラスと充填剤が安定した結晶構造を有しているからこそX線の回折パターンが得られたと考えます。
XRDに限りませんが、X線を用いた分析はFRPに関連する学術業界や産業界でも活用されています。
※関連コラム
XRDによる回折パターンから、GFRPを構成する主たる化合物としてSiO2とCaCO3が同定されています(論文中、Figure2)。
SiO2はガラス繊維の主たる組成物、CaCO3は充填剤になります。
またGFRPは用途によってはマトリックス樹脂の使用量削減を想定し、
充填剤を加えることがあるのです。
実際にこの業界の最前線で長年働かれている技術者の方の話では、
体積でマトリックス樹脂と同量程度入れるイメージとのこと。
相当の量です。
今回の論文における分析結果を見ると、
実際にTG-DTAのチャートを見ると300℃以上で樹脂の熱分解による重量減少がみられる一方、
800℃近くで再度の重量減少がみられています。
CaCO3は1atmの圧力下であれば898℃でCO2とCaOに分解することが知られています。
※参照元情報
理化学辞典 第5版(岩波)
もしGFRPを熱分析にかけた際、800℃近辺で重量減少が起こった場合、それはCaCO3によるものである可能性があります。
アルカリ融解による反応概要
1cm角で厚み2mmの状態に切断したGFRPを、
最大GFRP重量の2倍量のNaOHと一緒に金属容器に入れ、
窒素置換条件下にて400から800℃で最長60分間加熱したとのこと。
尚NaOHの融点は約320℃です。
この状態で出てきた気体はガスクロマトグラフィーの分析に回し、
残った固体物はHCl、HNO3、H2SO4等の各強酸でそれぞれ処理した後、
SiとCaを抽出することで酸処理の効果を確認しています。
尚、SiとCaの含有濃度については原子吸光によって同定したようです。
抽出後は600℃で1時間加熱後、塩酸で処理することで最終的な残留物を得たと書かれています。
評価結果の概要
ここからはどのような結果になったのかについて、要点を述べます。
アルカリ融解による反応で発生する気体量は加熱温度に、可燃性気体収率はNaOH濃度にそれぞれ正比例
予想通りではありますが、NaOHの添加量が多いほど、
またアルカリ融解を行う温度が高いほどGFRPの分解が促進したようです。
温度が高い方が発生する気体の量が増加したことに加え、
NaOHの添加量が多い方がH2やCH4といった可燃性気体の収率が高まったとのこと。
これに応じて反応終了後の残留物は反応温度に反比例した結果となっています(論文中Figure6)。
そして、NaOH添加量が多いほどSiO2の抽出量が増え、ガラス繊維の分解が進んだことが認められました。
残留物の酸処理ではH2SO4だけが他と異なる挙動となった
アルカリ融解の後の残留物を酸で処理することにより、
SiO2やCaCo3が水溶性の塩に変化することで抽出が可能となりますが、
HClやHNO3では狙い通りの結果になった一方で、
H2SO4では想定通りにならなかったとのこと。
その原因としてはCaCO3とH2SO4が反応して、
水に不溶な石膏、すなわちCaSO4(正確には二水和物)になったためと書かれています。
この結果はXRDで確認されています(論文中Figure10)。
GFRPの酸抽出には酸の選択も重要となることがわかります。
最終的に得られた残留物は粉末でHClで処理した場合、多孔質となる
これも興味深い内容です。
最終的な残留物は粉末状になるのですが、その際、HClで最終処理した場合にこの粉末の表面積が大きくなったことが示されています(論文中Table1)。
これは残留物が多孔質であることを示唆しており、
電子顕微鏡のSEM画像によってその裏付けがなされたとされています。
表面積の大きな粉体は例えば樹脂の充填剤などへの適用も可能であり、
すなわちマテリアルリサイクルを実現しています。
論文で提案されたリサイクル条件
これらの結果を踏まえ、以下のような反応がリサイクル法の一つとして提案できるのではないかと述べられています。
以下に、要点を4点ほど抽出して述べます。
アルカリ融解反応でのGFRPとNaOHの重量比率は1:2
反応温度は500℃以上
反応時間は15分以上
残留物の酸処理ではHClを使用
これらの反応によって、可燃性ガスであるH2やCH4、そしてSiやCaを抽出した後は、
表面積の大きな多孔質粉末が機械的な処理なく得られるとのことです。
いかがでしたでしょうか。
個人的にこのリサイクルの方向性は興味深いと感じました。
強化繊維を再生することにこだわらず、
そして特殊な薬品を用いずに可燃性ガスと粉体残留物という形でマテリアルリサイクルを目指すという考えは、
柔軟性と将来性を感じました。
可燃性ガスを廃棄物から取り出すサーマルリサイクルは私的には盲点のアプローチです。
当然ながら酸やアルカリの処理についての廃液対応は必要ですが、
一つの方向性としてこのようなサーマルサイクルを含むマテリアルリサイクルの考えが、
FRPにとっても選択肢となり得ることは理解しておく必要があると思います。
これから寿命を迎える遊具、タンク、配管、風力発電ブレード等のGFRP製品。
どのように再利用するのかについて、本気で考え、取り組みを加速させなければならない状況になったと感じています。
今回紹介したような技術が一つの選択肢として、
今後より発展していくことを期待したいと思います。