Type VのFRP高圧タンクの登場
FRPの適用実績があり、かつ今後さらなる拡大が期待される用途の一つに高圧タンクがあります。
例えば関連するコラムとして、過去に水素タンクの技術的ポイントを解説したことがあります。
※関連コラム
ここにきて従来の形態から技術的に一歩前進した Type V のFRP製高圧タンクが市場に出てきた、
というニュースが飛び込んできました。
主となるメーカは Infinite Composites とのこと。
CEOが会社紹介している動画は以下で見ることができます。
動画の主旨としては出資を募ることのようです。
また、Infinite CompositesはHPもあります。
今回参考にしたニュース記事の元情報は以下になります。
※参照情報
Infinite Composites: Type V tanks for space, hydrogen, automotive and more
この記事を参考に、Type Vの解説と高圧タンクの今後について考えてみたいと思います。
高圧タンクのTypeとは
今までの高圧タンクは Type IからIVまでの4タイプでした。
そこに今回新たに Type V が加わったことになります。
それぞれが何なのかについては過去のコラムでも述べたことがありますが、
Type Vまで解説しているサイトの一例は以下になります。
※参照サイト
Composites end markets: Pressure vessels (2023)
Type Iというのは完全に金属製で、最も古いタイプのものになります。
Type IIになるとタンクの筐体側面だけに強度補強と軽量化の観点でFRPが使われています。
Type IIIになると基本構造部材はFRPとなり、金属ライナー、すなわち最内層に金属シートが使われているタイプです。
Type IVはType IIIのライナーを金属でなく、樹脂としたものです。
Type Vが今回新たに登場したタイプで、構造部材に加え、ライナーを持たないライナーレス構造を有しています。
何故高圧タンクにFRPを使うのか
この観点を忘れてはいけないので、改めて解説します。
高圧タンクにFRPが使われる最大の理由は、
「強い異方性を有しているから」
です。
異方性とは特定方向に高い特性を有する一方、それと異なる方向だと当該特性が低下する(より高まる)といった性質を言います。
FRPの異方性については過去の連載やコラムで何度も取り上げています。
※関連コラム、連載
「 機械設計 」連載 第三回 「 異方性 」FRPの最重要特性
この異方性は、どちらかというと扱いにくい特性である悪者のような指摘をされることも多いですが、
使う側がきちんと理解していればFRP材料の強みにもなります。
FRPは使う側の力量を試す材料であるという表現を私が使う理由もここにあります。
例えば高圧タンク向けに最もよく用いる連続繊維を基本としたFRPだと、
高圧タンクの周方向に巻き付ける(hoop/フープ巻きともいいます)ことで、
FRPの強化繊維がタンク内の高圧気体が外に広がろうとする力を、
最も強度と剛性が高まる繊維の配向で押さえつけることが可能となります。
アプリケーションにもたらされる荷重方向やモードを理解することが強化繊維の強みを活かし、
それは結果としてFRPを活かすことにつながります。
Type Vのタンクの基本仕様と想定用途、並びに評価概要
冒頭の参照記事を参考に、Type Vの想定用途をまず読み解いてみます。
中に入れると想定されるものは、
天然ガス、水素(液体)、酸素(液体)、ヘリウムのようです。
最大圧力993気圧で、容積は5から最大325Lです。
主として想定している用途は宇宙とのこと。
宇宙が用途決定の決め手となったのは、大量生産が必要ではなく、
軽量化が徹底的な正義の世界だった点にあるようです。
Type V最大のメリットが軽量化にあることを考えれば妥当な判断だと思います。
Infinite Compositesは新開発のType Vのタンクについて野心的な重量ターゲットを示しており、
同サイズ前提の場合、Type Iと比べて90%、
Type IIと比べても40%の軽量化実現を目指すとのことです。
加えて宇宙用途であることを踏まえ、
Infinite Composites はAIAA S-081B(Space Systems – Composite Overwrapped Pressure Vessels)の基準でものづくりを行い、
816℃の耐火試験、-207℃の極低温試験、200回の離着陸の耐衝撃試験等を行っています。
この辺りの評価により、軌道ロケットで20年相当の耐久性が評価できると書かれています。
ロケットの推進システム(propulsion system)のタンク、
月面着陸機の燃料タンク等が宇宙用途での具体例といえるようです。
また、宇宙だけでなくUAMも用途対象としています。
例えばSkydwellerという電動UAMのバッテリーの代わりにType Vの高圧水素タンクを搭載し、
航続距離を伸ばそうとしているようです。
Skydwellerについては情報が少ないですが、
一例として以下のような動画があります。
UAMに限らず、水素で空を飛ぼうという取り組みは旅客機を製造する航空機業界でも始まっています。
※関連コラム
FRP製液体水素貯蔵タンクを搭載した水素動力航空機の試験飛行を決定
Type Vのタンクに用いられる材料と成形方法
材料と成形方法を見ていきます。
使用している材料
強化繊維として明言されているのは炭素繊維T800とT1100です。
T800は言わずと知れたB787などにも使われる一次構造材用途の代表繊維です。
引張弾性率は294GPa、引張強度は5.3から5.8GPa程度で、
弾性率をある程度抑えながら高い強度を実現しています。
それに対しT1100は比較的新しい繊維で、
同弾性率、同強度がそれぞれ294から324GPa、
強度は6.3から7.0GPaを誇る最強の一角を担う、
私から見ると相当なハイエンド繊維です。
実際はこれ以外にもバサルト、ガラス等の繊維を用途によって使い分けているとのことです。
バサルト繊維については過去にコラムで取り上げたこともあります。
※関連コラム
個人的には高圧タンクには弾性率が高い高弾性タイプの炭素繊維(例えばPitch系等)を用いていると考えていたのですが、中弾性タイプのものを選択しているのが興味深かったです。
高い弾性率の強化繊維が求められるのは、
剛性を高めることで内圧によるタンク変形を抑えたいことによります。
樹脂については大変興味深い言及がなされています。
熱硬化性樹脂がメインのようですが、
「自分たちでカスタマイズできる樹脂が良い」
としています。
用途はもちろん、組み合わせる繊維によって最適な樹脂の粘度や硬化挙動、
硬化物の材料特性が違うということを強く示唆しています。
アプリケーションを意識した上で、材料をそちらに合わせるという私の考え方に大変近いです。
「良い材料を作る」
には
「アプリケーションと最終製品の作り方を知らなければならない」
ということですね。
材料開発にはアプリケーションまで見渡せる広い技術的視点が求められます。
高圧タンク製造工程
主には昔ながらのフィラメントワインディング(FW)を適用しているようですが、
材料にTowpreg(ストランドに樹脂が予め含浸してあるもの)を使う場合もあるとのこと。
ロボットによる積層設備であるAFP(ファイバープレースメント)について検討を継続する一方、
設備が大変高価なため積極的には使わないことが記事で述べられています。
その代わりに注目しているのが連続繊維の3Dプリンティング。
タンク形状の成形に向いている上、
宇宙空間でも適用できるというのが最大の強みと述べられています。
しかも成形に対する形状自由度が高いのも魅力と書かれていることから、
例えばタンクの内側に梁形状をを構築する等の新たなタンク形状設計を検討しているのかもしれません。
今回のご紹介した記事から考えることは何でしょうか。
ライナーレスのType Vでは樹脂の分子設計が大変重要になる
私が第一に考えているのは、ライナーレスという構造に伴って生じるであろう課題です。
特に水素のように分子の小さいものを閉じ込めるのは恐らく至難の業で、
形を作ろうといった機械系の考え方だけではまず歯が立ちません。
ここで重要なのはマトリックス樹脂の分子設計です。
一般的に、気体の浸透抑制には側鎖に回転しにくい構造を持たせることが望ましいと考えられています。
一例として、ゴムを主とした自動車やバイクのタイヤ、自転車のチューブでは空気の漏れ防止にブチルゴムを使っています。
FRPでもオートクレーブやインフュージョン等、
バックによる成形でも空気漏れをさせないために使うシーリングゴムはブチルゴムですね。
ブチルゴムは側鎖にメチル基(CH4)を二つ有しており、
これが主鎖回転運動における摩擦の原因となります。
主鎖が回転しようとすると、その運動エネルギーは摩擦熱として失われます。
この辺りは以下のようなサイトでわかりやすく解説しています。
※関連情報
しかし、これをある程度耐熱性を有する熱硬化性樹脂で実現しようとするとなかなか難しいと考えています。
側鎖の構造をある程度制御したとしても、
耐熱性の高い樹脂では硬化反応の際に生じる三次元架橋が密となります。
架橋密度が密になればなるほど、樹脂としての構造制御は難しくなります。
高圧タンク向けのマトリックス樹脂において、
一般的にはシーリングの事だけを考えた主剤で樹脂設計をするのは難しく、
耐熱性や機械特性を発現する別の主剤も入れるはずだからです。
様々な主剤を使うことで、架橋点ごとに構造が変化する等、
樹脂の全体構造は乱雑になっていきます。
乱雑ということは構造制御はできていないということです。
もしかすると樹脂のカスタマイズという記述の話の中には、
モノマー自体の分子設計や硬化密度制御が可能な硬化システム設計などが入っているかもしれません。
一つヒントとしては、冒頭の記事にGrapheneをマトリックス樹脂に添加することで層間靭性特性に加え、
高圧気体の浸透が抑制できたとのことなので、
推測した既述の内容に加え、添加剤が一つのキーワードになるでしょう。
さらに状況を難しくしているのが強化繊維の存在です。
樹脂と強化繊維は相容れないもの同士なので界面が存在します。
この界面が高圧気体の封止に悪影響を与えるのは想像に難くないでしょう。
いずれにしても、高圧気体を抑え込むというのは大変難しいことで、
それをFRPだけで実現したと述べられているType Vは非常に興味深いです。
いかがでしたでしょうか。
Type Vの高圧タンクが今後どのくらい浸透してくるかわかりませんが、
まずは宇宙分野やUAMから本格的な適用が始まると考えられます。
SpaceXも興味を示していると書かれており、
矢継ぎ早にチャレンジをするこの企業であれば近いうちにType Vを搭載するかもしれません。
今後が楽しみです。