Advanced Air Mobility(AAM)の概況と構造材に用いられるFRP部品の型式証明
昨今、日本のメディアでもきかれることの多くなった「空飛ぶ車」は、海外ではより広域的な意味で Advanced Air Mobility(AAM)と呼ばれています。
今回はAAMの概況と構造材に用いられるFRPの型式証明について述べます。
AAMは新しい業界創造と期待されている
AAMは2030年までに約4兆5000億円(30B$)の規模に成長するといわれており、
後述の通り社会での実飛行に向けての活動が今後進むと考えられています。
モビリティー関連産業は環境意識の高まりなどから昨今二輪や四輪のEVが注目されている一方、
やはり競争相手が成熟した既存の二輪、または四輪自動車になってしまうため、
すみわけが難しかったのではないか、
というのが個人的な印象です。
結果としてコスト競争になってしまい、
EV事業の採算性が悪化するという事態になっていることは、
様々な経済紙でも触れられていることです。
※参考情報例
It’s getting harder for dealers to sell EVs. That’s a bad sign for the industry.
経済的な議論はその道の専門家の方々や情報媒体に譲りますが、
やはり成熟した産業と重なる部分が多いほど、
早い段階で価格競争になると感じます。
FRPのように二言目には”コスト”という言葉で適用が制限されてきた材料も、
その洗礼を受け続けているものの一つと言えるかもしれません。
AAMは既存業界と異なる側面がある
EVと比較し、AAMは既存業界と重なりにくい側面があります。
それは、地面を走らないため土地形状による制約が少なく、
道路などの実物のインフラ設計や設置が不要という所です。
そのため、活用領域の自由度が高いといえます。
似たものとしてヘリコプターがありますが、
数がそこまで多いわけではなく、
そもそもサイズ的にも価格的にも誰でも手が届く物ではありません。
それに対してAAMはより身近に空での移動をもたらそうという部分が、
既存業界とは一致しない新しい部分といえそうです。
2022年終わりの時点で7000機近い受注があり主用途はAir Taxi
少し古い情報ですが、以下のページの図表1をご覧ください。
※参照情報
eVTOL 受注数: 2022 年 / ALTON Aviation Consultancy
Embraerの子会社であるEve aviationが受注数筆頭です。
用途は半分以上が Commercial Passenger Operators ということで、
民間輸送用途です。
B&GA Operators が航空会社ですので、上記はAir Taxiのような用途だと理解しています。
このようにAAMの業界は、乗客を乗せるということを主目的として歩み始めるものと考えられます。
AAMでは空を飛んでいいという証明が不可欠
二輪や四輪と同様、AAMも実際に乗り物として使用できるための証明が必要となります。
空を飛ぶものなので、型式証明に加え、最終的には量産証明と耐空証明が必要です。
このような活動については、ICAOと呼ばれる国連機関が俯瞰的に関わっています。
この証明に関連することは後述しますが、
AAMという新しいモビリティーに対する証明の議論は、
既に国内外で始まっています。
この手の取り組みで先行しているといわれる、
欧州と北米について簡単に触れてみたいと思います。
ルールを細かく決める欧州流の証明への取組み
欧州は欧州航空安全機関(EASA)と呼ばれる機関によって、
証明に関する議論が進められています。
欧州については、経済産業省、NEDO、国土交通省が連携して進める、
ReAMOプロジェクトにて様々な動向調査を行っており、
それをHPや動画で公開しています。
今回はこれらの情報を参考に概要を述べたいと思います。
※参照情報
次世代空モビリティの社会実装に向けたReAMoプロジェクトの取り組み
欧州ではAAMをカテゴリー分けしている
これが北米でも同じかわかっていませんが、
欧州はSpecific Operations Risk Assessment(SORA)というもので、
カテゴリー分けをしています
Open、Speciic、Certificationの3つです。
それぞれの詳細まではわかっていませんが、
- 人がいないところをカメラなどで調査をする
- 人は乗らないが、荷物など保有した状態で居住地域も飛行する
- 人が乗り、居住地域も飛行する
といった3段階のイメージのようです。
同様にU-Spaceという運行管理規定もあり、
高密度での目視外飛行を想定して、
公平で効率的な空間の共有と利用や有人/無人による分離などを含めた、
空域定義を行っているとのことです。
欧州では証明工程に参照できる公的規格の調査と評価をコンソーシアムで実施
上記のSORAやU-Space等の定義を考慮し、
EASAは今、証明工程に参照できる公的規格の調査と評価を行っており、
それがSHEPHERDと呼ばれています。
欧州お得意のコンソーシアムの取り組みです。
コンソーシアムを構成しているのは、
コンサルティング企業、機体メーカ、運行管理技術サプライヤ、
航空技術および宇宙開発を担う政府機関まで、
国(ただし、EU加盟国に限る)も業務領域も様々です。
※参考情報
SHEPHERD (UAS Standards)
このように、欧州では証明活動開始に向け着々と基礎固めをやっている状況と言えそうです。
走りながら決めていく北米流の証明方法
それに対し、北米ではAAMに対して既に型式証明の審査基準を複数発行しています。
欧州のEASAに該当するFederal Aviation Administration(FAA)は、
AAMのうちAir Taxiにターゲットを絞り、
安全性を確保しながらその適用拡大に協力する、
といった姿勢を前面に出しています。
以下がこれに関連するFAAの動画です。
空でのAAMの動きを高度で整理しようという考えは興味深かったです。
既に始まっているAAM証明活動
2025年からAAMのうち、
eVTOLと呼ばれる垂直離陸が可能な電動のAAMについて、
本格的な証明活動を開始すると公言しています。
2022年11月にはJoby Aviationのe-VTOLであるModel JAS4-1に対し、
第一号となる耐空証明の審査基準を公開しています。
※参考情報
他国との連携も強化
FAAは他国との連携にも積極的です。
例えば日本の国土交通省は、
2022年10月にFAAと「空飛ぶクルマに関する協力声明」で署名し、
情報交換や協力を進めるとしています。
※参考情報
US FAA, Japanese Agree to Partner on Advanced Air Mobility Certification, Operations
同様の動きはお隣の韓国も行っています。
FAAは証明システム整備に28個の重要プロジェクトを指定
既に走り始めているとはいえ、
証明活動を滞りなく進めるには交通整理が必要という認識はあるようです。
そこでFAAが重要と認識した28個についてプロジェクトを設定し、
推進していくと明言しています。
主となる内容は以下のようなものになります。
– aircraft type certification
– air traffic policy review and updates
– concept of use (general and local)
– hazardous materials
– procedure development
– comunity engagement
– operation certification
– local vertiport activities
– local ATC activities
– cyber security
– physical and operational security
– site selection
– site specific AAM forecasting
– wake separation requirement
– crew preparation
– national vertiport activities
ご興味ある方は、以下の動画をご覧いただければと思います。
AAMの証明で技術的に新しいのは自律飛行に関連するもの
今回の証明において、技術的観点で興味深いのは、
「自律飛行」
に関する観点が含まれていることです。
無人で荷物を運ぶ、将来的には人も運ぶということを見据えている、
ということはAAMを推す方々の共通理解のようです。
その為、既述の重点プロジェクトの中にもCyber Cecurityが含まれています。
更には航空機よりも数が増えることが予想されるため、
管制についても管理・制御ソフトが今以上に使われていくと考えられます。
以上の話に関連し、AAMに対するFRPの型式証明について考えたいと思います。
空を飛ぶにあたっての型式証明とは何か
FRPの話に入る前に、私が知っている型式証明について少し触れておきたいと思います。
日本でも株式会社SkyDriveがFAAに型式証明申請を行い、受領されたとの記事が出ました。AAMのOEMとして日本企業が型式証明に取り組む先行事例となりそうです(2024年7月追記)。
型式証明はOEMしか取れない
型式証明は残念ながらOEMしか本当の意味では関われません。
航空機のエンジンナセル(エンジンが囲まれているケース)の外側、
または機体の側面にロゴがつく企業がそれに該当します。
そのため、取り組みの詳細は多くの企業にとって、
不明な点が多いとも言えます。
空を飛ぶために必要な証明は主として3つ証明で構成され、型式証明はその一つ
航空機が制限なく空を飛ぶのには3つに証明が必要です。
量産証明、耐空証明、そして型式証明です。
このうち型式証明は設計と深くかかわっていることから、
各部品に設定されることが多いといえます。
そして、この型式証明は
・図面
・材料規格
・工程規格
の3つの書類が主要素として必須となります。
私が何度も講演等で規格の必要性を述べているのは、
このような背景があります。
次に型式証明とFRPの関係について考えます。
軽量化が必須のAAMでは必ずFRPが使われると予想される
今のところの予想ですが、
AAMにはどこかしらにFRPが使われるものと考えています。
航空機以上に軽量化が求められ、
同時に剛性と強度が必要となれば、
この流れは避けられないでしょう。
FRPの材料の中には型式証明で仕様が明確化されているものも存在
FRPが使われるであろうと予想するもう一つの理由が、
過去に型式証明を取得した際、
構成するFRP材料に関して材料規格で仕様が明記されているものも存在する、
ということです。
このような材料の中には、AGATE材料のように材料データが公開されているものもあります。
材料規格が作成済みの材料は認証工程で有利である可能性
材料特性の裏付けとなるデータがわかっていることは、
型式認証を取るにあたってある程度有利に働くと思われます。
裏を返すと熱硬化性樹脂をマトリックスとし、
炭素繊維やガラス繊維で強化されるような、
実績あるFRP材料に改めてスポットライトが当たる可能性もあります。
ただし、多くの部品を作るとなると昔のFRPでは難しいというケースがあるかもしれません。
このような状況を踏まえ、新しいタイプの高速硬化の熱硬化性FRPや、
熱可塑性FRPといった材料が登場するでしょう。
既述の通りEASAではAAMをSORAでカテゴリー分けしており、
例えばOpenやSpeciicであれば、
型式証明にける材料要件も緩くなるかもしれません。
とはいえ、結局のところ何をもって型式証明に耐えうる材料仕様なのかについて、
申請者側が評価計画を立案の上で、その結果を審査機関に説明する工程に変化は無いと考えられ、
審査機関側から明確かつ定量的な要件が示されるわけではないことには注意が必要です。
いずれにしても新世代のFRP材料が、
AAMという新産業の創出によって空を飛ぶ構造材として適用されていく可能性もあります。
ただし、材料データというのは材料規格を構成する要素として、
”一部である”ことには注意が必要です。
機体の生産スケールは年間4桁程度と言われておりFRPを適用しやすい
年間で6000万台に迫る二輪車や8000万台を超える四輪車と比べ、
AAMは年間生産台数が1万に到達しないと予想されています。
このスケールはFRPのように、
大量生産というよりも少量多品種に向く材料において、
適切ではないかと考えます。
材料側だけでなく、生産・製造の改善、
並びに形状設計の最適化と補修工程導入による歩留まりの向上、
そこに加えて自動化等の取り組みが必要なのは言うまでもありません。
FRPの異方性に注意する
これは何度も述べたことですが、
FRPという材料は基材構成や樹脂の種類によらず、
程度の差はあれ”必ず”異方性が存在します。
設計はもちろん、材料仕様を定める材料規格においても、
このFRPの異方性を考慮した技術評価が必要なのは言うまでもありません。
※関連情報
「 機械設計 」連載 第三回 「 異方性 」FRPの最重要特性
まとめ
eVTOLを含むVTOLやSTOL等のAAMは技術的にはもちろん、
新しい価値や社会システムを創造する可能性を秘めています。
しかしながら地上から離れて移動するということは、
様々な可能性をもたらすと同時に、
リスク要因をはらむことにもなります。
居住地域での飛行や人を乗せるということは、
大きな危険を伴うことになります。
AAMにおいて、動力はリチウムイオン等のバッテリー、
もしくは水素燃料が本命とされています。
しかし電力を主とした空中移動は、
断線やバッテリー切れはもちろん、
落雷や漏水による電気回路の機能喪失といったリスクをはらみます。
バックアップとしての動力や、
機体落下速度を抑制するパラシュート等の緊急着陸システムを用意するなどの対応も必要だと考えます。
水素燃料も漏れや火災の可能性はゼロにはできません。
漏洩を早期に検知するセンサはもちろん、
定常的なモニタリンスシステムは必須でしょう。
またFRPを使うにあたっては、
成形加工等の作り方だけでなく、
長期運用を見据えたクリープや疲労特性、
並びに運用中の歪みの定常記録等の考えも必要でしょう。
そして空を実際に飛ばすにあたって、
耐空証明、量産証明、型式証明等の考えを海外に依存するのではなく、
日本は日本なりの考えを示して”国外と議論する”という姿勢が不可欠です。
山地が多い日本ではAAMが重要なインフラを担う可能性を念頭に、
必要なものは何かという主体的な視点が必須だと考えます。
※関連コラム
FRP製液体水素貯蔵タンクを搭載した水素動力航空機の試験飛行を決定
CityAirbus NextGenの本格始動とeVTOL型式認証の概況
Advanced Air Mobility と Unmanned Aircraft Systems に関連するFRP材料と工程の概況