四輪車への本格展開が始まったType IV CFRP製高圧水素タンクの現状と展開
この二輪や四輪の自動車を販売するホンダが、
水素で動くCR-V e:FCEVを北米のオハイオ州で生産すると発表しました。
以下がプレスリリースです。
「CR-V e:FCEV」の生産を開始
~米国オハイオ州のPMCで生産し、米国と日本で発売~
いわゆる燃料電池車です。
燃料電池車としての特徴については、
以下の動画をご覧いただくと理解しやすいかと思います。
GMとの共同開発で、高効率の燃料電池システムを構築することに成功した、
という流れになっています。
異なる企業が組むということは、
現場レベルではなかなか win-win の関係とはいかないと推測しますが、
一つの形にしたというのは大きな一歩であることに違いありません。
水素による発電だけでなくプラグイン機能を有することで、
燃料電池車として水素満タンで270マイル(434キロ)、
EVとして29マイル(46キロ)の走行が可能とのことです。
バイポーラプレートを用いた新しいセル構造や、
そこに用いられる高精度溶接技術、
加湿器・サーモバルブによる調湿・調温システム、
そして一体型PDU(power drive unit)一体モータ等、
開示されているだけでも燃料電池システムに様々な変更が組み込まれていると考えます。
もしかすると、PDUは同メーカの他車種であるNSXのシステムを採用しているのかもしれません。
こちらは充放電を行う直流と駆動、発電、回生を行う交流を相互交換するシステムが組み込まれており、
インバーターを一体化することで小型化したのが特徴である旨、
以下のような公開情報で触れられています。
※参考情報
インテリジェントパワーユニット(IPU)/パワードライブユニット(PDU)
水素を充填する高圧タンクにはCFRP製のものが用いられる
ここからはFRPに関する話に入っていきます。
以下のサイトで映っている黄色のタンクが、
CR-V e:FCEVに搭載される水素タンクです。
Photograph source : hondanews.com
このCFRP製高圧水素タンクは最大700気圧の水素を充填できるタイプで、
主たる構成素材はCFRPです。
Type IVとのことで、口金を除き構造の大部分がCFRPであり、
最内層が樹脂のライナーであることが分かります。
このライナーが存在しないライナーレスのタンクも新たに登場しており、
最近のコラムでも取り上げました。
※関連コラム
FRPが強い異方性を有することをうまく活用し、
タンクの周方向(フープ)中心に強化繊維を配向させて機械特性を高め、
外に向かう内圧に耐えうるタンクという構造を成立させています。
CFRP製高圧水素タンク製作方法はワインディング法が基本
CFRP材料を用いた高圧タンクの製作法はワインディング法を採用するのが一般的です。
フィラメントワインディングやシートワインディングがそれに該当します。
フィラメントワインディングにおける供給材料の形態にも変化が見られ、
炭素繊維のストランドに樹脂をつけてしごいたうえでワインディングするだけでなく、
あらかじめ樹脂を含浸してあるトウプレグ(Towpreg)を用いる事例も増えています。
私はトウプレグを使ったことはありませんが、
従来のようにオンサイトで樹脂含浸するよりも、
トウプレグの方が樹脂含浸品質が良いとされています。
冒頭で紹介したCR-V向けのCFRP製高圧水素タンクのサプライヤはわかっていません。
ホンダの燃料電池システムを搭載させた大型トレーラーのコンセプト車向けにCFRP製高圧水素タンクを供給した、Hexagon Purusを例にすると、以下の動画(0’58″付近から)において、ワインディング法によってType IVの高圧タンクを作っている様子が映っています。
多段にすることで、同時製作数を増やしていることが分かります。
炭素繊維を巻き付ける前に白く見えるのが、
樹脂ライナーだと考えます。
なお、大型トレーラー向けの燃料電池システム搭載コンセプト車については、
以下の動画で概要を見ることができます。
CFRP製高圧タンクに関する概況
引き続きHexagon Purus社を例に、
CFRP製高圧タンクに関する動向を見ていきます。
動向の記述には、以下のサイトを参照しました。
※参照情報
Composites end markets: Pressure vessels (2024)
生産能力の増強
Westminster、Kassel、Shijiazhuangといった複数の生産拠点を合算し、
2023年現在50,000個/年から2030年までをめどに150,000個/年まで、
生産能力を上げていくという計画を発表しています。
見方によっては、本当の意味での大量生産というフェーズにはまだ到達していないといえそうです。
2020年から2023年にかけ収益が7倍に増加
高圧タンクに関するニーズはここ数年で急増しているようです。
2023年は2022年と比較して年間収益が37%向上して132万ノルウェー・クローネ(約200億円/2024年6月21日レート)であり、これは2020年と比較して7倍に急増しているとのこと。
今後も50%程度の成長率を維持し、2025年までには400から500万ノルウェー・クローネ(約600から750億円/同日レート)に達すると予想しています。
水素燃料電池車の販売計画が予想より遅れているものの、
これから遅れを挽回するような流れによって販売拡大が予想されるため、
比較的強気の予想を出しているようです。
2023年度の高圧タンク収益構成は、
インフラ関係(備え付けの燃料電池関係等)が58%で主たる業界となった一方、
自動車は17%、船/航空/産業ガス等を含むその他産業が25%となっています。
自動車業界は、
今現在でいうと高圧タンクの販売先の主力産業まであと一歩、
といった状態といえます。
最後に技術的なポイントを中心に私見を述べます。
出荷前の非破壊検査に加え、運用時の水素漏れリスクにつながる損傷モニタリングが必須
水素は無色、無臭ですが扱いを間違えると、
急激な燃焼反応が生じる大変危険な気体です。
そのため、保存容器のCFRPにも細心の注意を払うべきでしょう。
インラインでの非破壊検査を検討すべき
そしてFRPである以上、
ワインディング法を採用した積層工程で発生する内部欠陥は、
出荷前の段階でとらえておきたいところです。
内圧が高くなると、内部欠陥が起点となって層間剥離が拡大する恐れがあるためです。
もちろん抜き打ちではなく、全数検査が前提となると考えます。
以下のようなインラインでの検査も視野に入れる必要があるかもしれません。
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X線によるリアルタイムFRP製品検査
実運用中のモニタリングも重要
また、実運用のモニタリングも必要でしょう。
自動車のようなモビリティーに搭載した場合、交通事故はもとより、長期間にわたる日常的な振動などによりタンクが損傷する可能性もあります。
水素充填時に生じる内圧がきっかけで破損する可能性もゼロではありません。
過去にはこのような運用中の損傷をモニタリングするため、AE(アコースティックエミッション)を採用した事例をご紹介したことがあります。
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アコースティックエミッションを TypeIV の高圧タンク品質管理に採用
上記の通り、実運用後もモニタリングをするという姿勢が重要になると考えます。
水素保管において、軽量化以外でのニーズも存在
高圧タンクに対するFRP適用は比較的歴史があります。
水素を例にすると、自動車のように動くものへの適用は極めて限定的で据え置き型が主であるため、
軽量化という価値はそれほど重要視されていません。
しかし、金属は水素脆化を起こすという意味で保管に問題があり、これを避けるために樹脂ライナーやFRPを使うという視点が存在することも理解しておく必要があります。
自動車に限らず、航空業界や電車業界でも水素を燃料とした検討が進む
身近な製品である自動車は注目されがちですが、
水素を動力とする場合、その供給設備も必須です。
今存在するガソリンスタンドのレベルまで、
水素ステーションをインフラとして整備するのは簡単ではないでしょう。
そのため、インフラを比較的構築しやすい航空業界でも水素適用の検討が進んでいます。
航空機は決められた空港でしか離着陸できないからです。
航空機の場合、搭載できるスペースに厳しい制限があるため、
液体水素の状態での搭載が検討の主軸となっています。
タンクの構成材料は熱可塑性FRPであると推測します。
マトリックスを熱可塑性樹脂にしたためライナーの役割も果たせるからです。
そのため、航空機に搭載する水素の高圧タンクはライナーレスのType Vであると考えられます。
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FRP製液体水素貯蔵タンクを搭載した水素動力航空機の試験飛行を決定
航空以外の公共交通機関として、電車も類似の検討がすでに始まっています。
動画を見たことがありますが、蒸気を放出する電車は最新の蒸気機関車のようでした。
プレスリリースを見ると、搭載される水素タンクはCFRP製であることが分かっています。
※参照情報
ハイブリッド車両(燃料電池)試験車両の開発
まとめ
水素はクリーンエネルギーのイメージがあります。
しかしながら、本当の意味でのクリーンエネルギーである”グリーン水素”はまだ少ないため、再生可能エネルギーを活用した水素生成への取り組みが続くと考えます。
その一方でエネルギー源の多様化は、
インフラの強靭化につながる側面もあることを忘れてはいけません。
そういう意味では今回紹介したCR-V e:FCEVのような、
一般市販車としての選択肢に燃料電池車が入ってきたことは大きな一歩かと思います。
電動化というブーム的な流れでプラグイン技術が進化したことで、
それを組み合わせられたのも燃料電池車の汎用化に一役買っているのではないでしょうか。
航空機や電車といったものにも少しずつ浸透することで、
水素原料の公共交通機関も今後出てくるでしょう。
このように水素を用いるアプリケーションが増えることで、
水素保管で重要な役割を果たすFRPが新たな領域に入っていくものと考えます。
そして、このような大きな流れが出てきたときには一度立ち止まることも必要です。
改めて、FRPは機械的に分離可能な2種類以上の材料から構成される複合材料であることを理解し、非破壊検査を中心とした品質管理に加え、実運用中の問題を回避するためのモニタリングも不可欠であるという、FRPを扱う際の技術的な基本を再確認することが求められます。
CFRP製高圧水素タンクについて、従来の部品のような買い物感覚で成立するものではないことを理解し、大胆かつ着実に進めていくことが肝要です。
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