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カキやムール貝の組織内からFRP由来と考えられるGF微細繊維を検出

2024-08-19

カキやムール貝の組織内からFRP由来と考えられるGF微細繊維を検出した。FRPのライフサイクルアセスメントに影響がでるだろう。

 

カキやムール貝の組織内に微細化したガラス繊維(以下GF)の蓄積が確認された、
というニュースが海外で出されました。

以下が該当する記事になります。

※参照情報

牡蠣とムール貝は「大量のガラス繊維に汚染」されていることが新研究で判明

この参照情報元はグルメやファッションを紹介するメディアですが、
食に関する問題意識を持っているという意味で鋭い記事と感じました。

概要理解という意味では問題ないのかもしれませんが、
一般向けメディアであるため、技術的という意味では少し突っ込みが弱いです。

上記の記事は研究論文を元情報としています。
この論文を読んだところ提示されている情報が断片的と感じたため、
ここでは参照元の研究論文をベースに内容をご紹介したいと思います。

 

 

Brighton大学の研究社がチチスター港でカキとムール貝を採取してGF微細繊維を調査

冒頭紹介した記事が参照した文献は以下のものになります。

Corina Ciocan et al, Glass reinforced plastic (GRP) boats and the impact on coastal environmentEvidence of fibreglass ingestion by marine bivalves from natural populations, Journal of Hazardous Materials, 2024, 472, 134619

内容はWeb上で誰でも読むことができます。

研究の動機は、海洋生物へのGFの蓄積が認められるのか、
その時期や生体組織による違いがあるのかを、
Tukey’s HSD Testという一元配置分散分析を用い、
生体内のGF蓄積量平均値の有意差を調べるというものです。

研究論文を執筆したFirst AuthorはBrighton大学の研究者、
調査はイギリスのチチェスター港で採取したカキとムール貝に対して行われたとのことです。

 

 

研究論文の要点

内容理解のポイントになる点について触れていきます。

 

評価対象の採取

カキ、ムール貝、それぞれ10個ずつを評価対象としています。
またサイズは同8から10cm、6から8cmのものを採取したと書かれています。

採取の時期と対象はそれぞれ2018年12月のカキ、2019年1月のムール貝、同年5月のカキです。

採取後は鮮度を維持するため、-20℃の環境で保管したとのことです。

 

海洋生物の処理と評価試料準備方法

GF微細繊維の蓄積に組織依存があるかを調べるため、
消化腺(肝臓腺)、生殖腺、残りの組織に分けたうえでGF微細繊維含有量を調査しています。

分けられた組織はそれぞれ30%のH2O2(過酸化水素水)と65%のHNO3の酸混合液中で48時間静置、
その後、オービタルシェイカーで30分撹拌させて組織を完全に溶解させます。

溶解液は100μm、53μm、35μmのステンレスふるいでろ過したうえで、
これらのふるいを蒸留水でよくすすぎます。
この洗浄液をシャーレの上にのせて60℃で24時間乾燥させて評価用試料にしています。

 

GF微細繊維の観察方法

双眼実体顕微鏡で最大20倍に拡大してGF微細繊維を数えたようです。
GF微細繊維は透明であるため、マイクロプラスチックやその他不純物とは区別しやすかったと書かれています。

観察結果は湿潤重量あたりのGF微細繊維個数(mp/kg ww)として算出しています。

 

ラマン分光分析

1200 lines/mmの格子を備えた785 nm 300 mW空冷青色レーザーと、
CCDアレイ検出器を備えたRenishaw InVia Qontor顕微鏡ラマンを使用しています。

対物レンズの倍率は50倍、レーザ出力5%で10回積算したとのこと。

ラマン分光分析を行う動機付けは、
GF微細繊維として検出したものが、
本当にGFであるかの確認にあるようです。

Si-O-Siの結合に由来する非対称伸縮運動に帰属されるスペクトルとして、
1000から1200cm-1のブロードピークが該当すると書かれています。

結晶の規則性が失われたことが、通常は600から850cm-1に認められる当該運動に関するピークがレッドシフト(高波長側にピークが移動すること)し、またブロードになる理由であると触れられています。

スペクトルチャートは論文中のFig.2に示されています。

この結果から、ガラス繊維であると判断できると主張したいようです。

 

カキやムール貝から見つかったGF微細繊維

ここではいくつか重要な知見が得られています。

 

GF微細繊維の生体内での蓄積には季節性がある

生体内から見つかったGF微細繊維量は冬に採取したものが多く、
11220mp/kg wwに達した一方で、
5月に採取したものは1380mp/kg ww程度だったとのこと。

その中で2018年12月に採取したカキ内から見つかったGF微細繊維は、
2019年1月のムール貝、同年5月のカキのものと比較し、
一元配置分散分析から平均値に有意差があるとの検定結果が得られています。

明らかに12月が多いといえるのではないか、というのが筆者の主張です。

 

分散分析は平均値の同等性評価だけでなく、ばらつきを考慮した予測モデルにも応用できます。

過去の連載でも取り上げました。

※関連連載

「 機械設計 」連載 第二十四回 分散分析モデルによるFRP静的材料データからの設計許容値算出法

 

 

消化腺に蓄積しやすく、生殖腺には蓄積しにくい

固体別でみるとカキのGF微細繊維含有量が多く6880mp/kg wwで、
その中で消化腺で見つかった量が最も多く3550mp/kg wwに達したと書かれています。
筋肉組織は1890mp/kg wwでした。

既述の通り2018年12月が最もGF微細繊維量が多く、
その平均値も他の採取時期と比べて有意差が認められました。

しかし評価対象を”生殖腺”に限ると、2018年12月が他の時期の同対象と比べて有意差があるという帰無仮説が却下された結果が得られています。
統計学的には平均値に有意差があるとは言えないという意味です。

生殖腺は他の組織と比べてGF微細繊維の蓄積がしにくい組織のようです。

この結果は論文中のFig.4のグラフでも確認できます。

 

次に、本論文中で筆者が考察で主張していたポイントと、
それに対する私見を述べたいと思います。

 

 

冬の時期に行われる船体のGFRP補修やGFRP製船体の廃棄が影響している

冬の時期にGF微細繊維の蓄積量が増えるのは、船体(主にボート)のメンテナンスであるGFRP補修やGFRP製船体の廃棄が増えるためではないか、と述べられています。

一般的にGFRPによる船体の補修を行う際、ドライのガラス繊維を規定寸法に裁断の上でマトリックス樹脂を含浸させてからレイアップします。

ドライの繊維を直接船体において、そこでマトリックス樹脂を含浸させることもありますが、いずれにしても大気中で樹脂未含浸のガラス繊維を取り扱うことは、ガラス繊維の飛散につながることは容易に想像できます。

よって、この主張は妥当であると私も考えます。

 

 

消化腺でGF微細繊維が多く見つかった理由について

これについてはマイクロプラスチックを例にした記述がされていますが、
GF微細繊維に関する具体的な考察はあまりされていません。

ガラス繊維は海水より密度が大きいため、
沿岸や海底に蓄積しやすいとの記述はあります。

カキもムール貝も”えら”でこしとることで海中プランクトンなどを食べます。

どちらも岩場に生息しますので、飛散したGFが海水面から海水中に侵入し海底に沈殿するまでにGF微細繊維を採取する、もしくは一度海底に沈殿したGFが波などの撹拌現象で舞い上がり、それを同様に採取しているのでは、というのが私の考えです。

この辺りは海洋生物の専門家の意見もうかがってみたいところです。

 

 

GF微細繊維はアズベストのような害をもたらすか

論文の筆者は、まだこれを議論するには時期尚早であると述べています。

アズベストも実際の健康被害が生じるまでにはかなりの時間がかかったこともあり、
データ量に加えて時間経過が必要な要素である、という見解だと理解しました。

まず個人的に論点を整理すべきと思うのは、
アズベストはドライの繊維を直接吸い込むという”呼吸”が基本であること、
今回の研究例はカキやムール貝に含まれるGF微細繊維が対象であるため、
”摂食”が基本にあるという違いです。

呼吸器と消化器の違いと言い換えてもいいのかもしれません。

アズベストと同じ議論をするのであれば、
ドライのガラス繊維の影響というのは、
陸上でドライ繊維を使用する方々への影響を見る必要があると考えます。

今回の件を健康被害への影響という観点から考えるのであれば、
GF微細繊維を消化器に取り込んだ海洋生物を人が摂取することで、
人の消化器を中心とした臓器に影響が出るのかという議論になるのでは、
というのが私の考えです。

有機物のマイクロプラスチックだけでなく、
無機物のGF微細繊維もこれから様々な評価対象となるかもしれません。

 

 

まとめ

GF微細繊維の海洋生物への蓄積という観点での研究について、
私は初めて目にしました。

明確な季節性があり、それがGFRPの補修や廃棄作業実施時期と相関がありそうだ、というのは個人的には興味深い事実です。

また消化腺付近にGF微細繊維の顕著な蓄積が見られたということから、
カキやムール貝は当該繊維を食物と一緒に取り込んだと考えられます。

生態系保全という観点からも、GFRPによる成形、補修、リサイクル、そして廃棄という全工程について改善できる点はないか、そして材料側からも微細化して飛散しにくい繊維を活用するといった取り組みが、これから必要になっていくものと考えます。

 

 

 

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