ピックルボールに用いられるFRP
今回はピックルボールに用いられるFRPについて述べたいと思います。
ピックルボール/Pickleballとは
日本でも体験イベントが開かれるなど、
徐々に浸透してきているスポーツかもしれません。
ピックルボールとは何かについて知るには、
以下のような動画をご覧いただくのが一案です。
テニス、卓球、バドミントンの要素を取り入れたラケットスポーツで、
1965年に開発されたと触れられています。
コートのサイズはバドミントンのダブルスコートと同じで、
あまり大きくないため手軽に楽しめる印象です。
打ち合う球は穴の開いたプラスチック製のボールで、
あまりスピードが出る感じではなく、
またある程度大きいので打ちやすいと思います。
ただ、プレーヤの技術が上がってくるとかなりのスピードも出るため、
ハイレベルな打ち合いとなるようです。
ピックルボールのラケットにはFRPが使われている
このピックルボールで用いられるラケットの素材にFRPが使われています。
今回は以下の雑誌記事を参考に内容を述べたいと思います。
※参照情報
JEC Composites Magazine N°158 – september 2024
A contagious mash-up sport, and its rendezvous with composites
ラケットの基本構成
一言でいうとスキンコア構造(サンドイッチ構造)です。
FRPの業界でよく言われるスキンコア構造とは、
ハニカムや発泡材をコアとし、
その外側をプリプレグなどのシート形態のFRPで挟むイメージです。
ピックルボールのラケットの場合、以下のような材料構成があるようです。
コア材
樹脂、アラミド、アルミなどで構成されるハニカム、または発泡材
表層材(スキン材)
GFRP、CFRP、NFRP(天然繊維強化のFRP)
接着剤で表層材とコア材を接着することで作るのが基本と書かれています。
ラケットに求められる機能性
様々な要素があるようですが、一番重要なのは
打球のコントロール性能
のようです。
打ったボールが狙い通りのところに飛ぶ、
狙ったスピンをかけられる、
というイメージです。
このコントロール性能を高めるため、
ラケットの表層を粉体でコーティングすることもあるようです。
より具体的には紫外線硬化樹脂をベースとしたプリンタを用いるとのこと。
この表面加工がコントロール性能向上に重要であると書かれています。
表面加工が終わった後、ラケットの輪郭部をエラストマーで保護し、
木材を主としたグリップを取り付け、
最後は熱収縮チューブでグリップを固定して完成します。
打音を抑えることが求められる
プラスチック製のボールを打つため、
それなりに大きな音が出ることが問題になるようです。
例えば屋外でやる場合、
昼夜問わずあまり大きい音が連続して鳴るのは困ることに加え、
ピックルボールを楽しんでいる人たちにも音による耳への負担がかかることが、
打音を抑えたいという要求につながっていると考えます。
打音を抑制したラケットの開発
身体への騒音負担低減に関する指標に基づき、
85 dB以下に抑えることを目指してOWL Sportという企業が、
北米の USA Pickleball Associationと共同で、
騒音抑制型のピックルボール向けのラケットの開発を進めたようです。
通常のラケットでピックルボールのボールを打つと、
およそ1100から1200Hz程度の周波数音が85 dB以上の音圧で発生するとのこと。
取り組みの結果、OWN Sportは打音の周波数が600Hz、
音圧が80 dBのラケットの開発に成功したようです。
音圧で5 dBというとそれほど差が無いと感じる方もいるかと思いますが、
計算すると約44%音圧が低下したことになります。
音の違いを示した動画もあります。
なお、1200Hzと600Hzはどのくらい音が違うのかについて知りたい方は、
以下のようなサイトで実際に聴いていただくといいかもしれません。
※参考情報
この打音抑制にはAcoustene(TM)という技術が使われたとのことですが、
HPでは詳細の記述がありません。
例えばTECHNOLOGY / OWL Sportのサイトの中ほどのNoise Profileというところに、
Acoustene(TM)の文字を確認できますが、該当する技術については触れられていません。
今回の記事から考えるべきことについて述べたいと思います。
音の制御にはFRPの異方性や複合材料形態が活用できる
今回のピックルボール向けのラケットで求められた機能性の一つに、
打音制御がありました。
このような音の制御に対し、FRPは異方性材料故の特異な性質を示すことが分かっています。
例えば短冊形の試験片を例にすると、
この試験片を紐にぶら下げてハンマリングした際に出る固有値、
いわゆる共振点は形と厚みが同じだったとしても、
その繊維の積層方向で変わります。
さらに言うと各共振点での振動モードの形も変化します。
加えてFRPは複合材料なので、
材料中に多くの繊維と樹脂の界面が存在しているのも特徴です。
この界面は振動という変形挙動を界面での摩擦熱に変換する機能があり、
減衰特性が高まると期待されています。
これらを実現するには振動モードの形をきちんと理解し、
そこにせん断モードが生じるよう繊維を配向させるといった、
設計的な観点が重要となります。
今回ご紹介したようなラケットでいえば、
表層材のFRPの配向設計を最適化し、
コア材自体の吸音に加え、
上記表層材をどのように”保持”するかによって、
打音で生じる音圧を低下させるという設計を行ったものと推測します。
まとめ
ピックルボールに限らず、
スポーツ業界でFRPが使用されているケースはいくつかあります。
そこにはFRPの軽さや異方性を活用した、
競技パフォーマンス向上という明確な狙いがあります。
これがFRP以外の材料では代替できず、
長年同材料が使われている背景になっていると考えます。
今回ご紹介したような比較的新しいスポーツが今以上に浸透し、
それに伴うFRP使用機会の増加につながることを期待したいと思います。
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