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Artemis計画での月面基地製造に適用検討が進む 3D printing

2024-10-14

Artemis計画では月面材料と樹脂を組み合わせ、3D printingによって月面基地LINAを建築することが検討されている

 

今回はArtemis(アリテミス)計画として検証が継続されている、
月面基地製造に適用検討が進む3D printingについてご紹介したいと思います。

なお、材料として紹介されるものはFRPも含まれる複合材料ですが、
FRPそのものではないことを予めご了承ください。

 

 

Artemis計画における月面基地とは

こちらについては以下のような概要動画が公開されています。

アポロ計画とは異なり、Artemis計画では月面での長期滞在が考え方の基本となっています。

そのため、月面に滞在する宇宙飛行士の安全性と快適性を高めるため、
居住空間を含む建築構造物が必要となっています。

 

 

月面基地 Lunar Infrastructure Asset (LINA)とは

月面の砂(レゴリス)とバインダーとなる高分子を組み合わせた複合材料を原料に、
現地で建設する構造物です。

ターゲットとなる月面の位置は南極付近の SHACKLETON クレータと呼ばれる部分で、
太陽光が低い角度で照射される位置とのこと。

クレーター内部で常に日陰となる部分では水の獲得を、
陽が当たる領域では太陽光発電を行うことを目指すコンセプトです。

恐らくLINAは特に後者の領域に建築が予定されるものを指していると考えます。

LINAは3つの建築物から構成されており、
月面探査車の車庫、通信機器の設置部屋、居住空間がそれに該当します。

これら3領域の合計面積は75m2 であり、決して広くは有りません。
構造物の幅、奥行き、高さはそれぞれ9.4m、8m、5mです。

クレータの突起部に隠れるように建築したのは、
太陽風や宇宙線からの暴露を少しでも減らすことに狙いがあるようです。
これいがいにもLINAの構造物には隕石の衝突や地震から、
宇宙飛行士や各種設備機器を保護する役割も求められます。

そのため、3D printingで製造する基本構造の上に実に2.7mもの月の砂を乗せることで、
保護性能を高めていると動画でも述べられています。

 

 

LINAの作り方

3D printingを使用します。
作製の様子は動画の3’22″付近から紹介されています。

土台は勾配を有する月面の地形で、
そこに金属製のアンカーを打ち込んでWarpingを防ぐ土台を構築したうえで、
斜面に対して平行に積層していきます。

Warpingについては過去のコラムでも触れたことがあります。

 

※関連コラム

FRPを使った3D printing製品の医療業界への適用

 

このようにして構成された構造部材の上に、
再度月面の砂を上からかぶせることでLINAを構築します。

この作業が実現可能かを検証するため、
月面の砂を模擬した材料を用い、
月面環境である極低温、減圧状態での検証を行っています。

後述する文献は本検証に関する内容になります。

 

 

月以外にも類似の取り組みは広がっている

また類似の取り組みとして、火星についてはMARSHAという構造物が提案されています。

以下のような動画があります。

形状最適化への取り組みについての言及は興味深いです。
形状の妥当性を検証するため、
内容積の比較を行ったうえで最も床面積を大きくでき、
かつ耐圧性を維持できるのは何かといった検証の概要が述べられています。

さらには3D printingをやりやすい外郭形状、
線膨張率による変形を吸収するための可動部品の採用など、
設計の観点から様々な検討が行われた胸が述べられています。

壁面を二重構造にしたことで面剛性が高まり、
減肉に成功したことで3D printingに必要な材料を抑制できたことなどが述べられています。

断面積の積み重ねで形状を作ることができる3D printingの強みが、
うまく活用されている印象です。

Warpingを抑えるためのアンカーの活用はLINAと同じ考え方です。

 

ここからLINAの研究開発に関する評価結果について概要を述べたいと思います。

 

 

 

LINAの研究開発

参考にしたのは以下の文献です。

Nathan J. Gelino et al, Application of Regolith Polymer Composite Fused Granular Fabrication Construction in Simulated Lunar Conditions,
19th ASCE ASD Biennial International Conference on Engineering, Science, Construction and Operations in Challenging Environment (Earth & Space), April 15, 2024

 

 

主たる評価目的は月面に近い環境下で3D printingにより積層ができるかの判断

本評価で最も重要視しているのは、10-3 torr、-200℃という月面の過酷な環境で、
かつ月面の砂と樹脂を用いて成形ができるか否か、
という判断を行うことです。

この取り組みを通じ、採用する樹脂やLINAの形状に問題は無いか、
といったことについての評価も行われています。

 

 

評価に用いた設備

Advanced Regolith Ground Operations (ARGO) という設備を用いたと述べられています。

外観は参照文献のFigure 2に示されています。

チャンバー内に4軸で動かせるロボットと樹脂の押し出し機、
土台を加熱できるヒータ、月面の砂を再現した材料、
そしてカメラがが搭載された設備が設置されています。

各種設備の概要です。

 

チャンバー(ASSIST Chamber)

3.5×10-6 torrまで減圧可能。
内寸は1.47×1.47×1.18 m。

 

3D printer(ARGO Gantry)

ヘッドの先端に4軸ヘッドを有し、
テーブルは最高75 mm/secで移動可能。

G-Codeで座標をヘッド位置を制御するKlipper v0.11.0を制御ソフトに使用。

押し出し機は最高250℃まで上がる3つのヒータで構成されており、
最大17Lのペレットをホッパーに投入でき、
また吐出口φ3mmのノズルを装着。

通常条件での積層は幅5.8 mm、高さ1.5 mmで、
最大95 mm3 /sの材料を吐出可能。

 

また本設備に関して複数記述のあるEというパラメータは、
3D printingの際のフィラメント(材料)の押し出し量を示すようです。

※参照情報

G-codeの基本【3Dプリンタ】

 

冷却機構

月面での放熱を再現するための冷却機構。
外観イメージは参照文献中のFigure 4を参照。

積層はこの容器内で実施。

赤外線カメラ(FLIR A35 FOV45)を用い、
さらに壁面の2か所(上部、下部)にE熱電対をボルト締結により装着することで、
積層中の温度変化をモニタリング。

積層台座にはPolylactic Acid (PLA)製のプレートを使用。

 

冷却の状況については参照文献Figure 6に示されています。
黒色の実線で示される冷却台座温度に追従するように、
壁面の温度が低下していく様子を見ることができます。

底面から高いほうが温度低下速度が低く、
しかし冷却から2時間半程度経過すれば、
概ね狙いの安定低温状態に到達できることが示されています。

積層台座は3D printingを行うには温度が低すぎるため、
”返し”を有する形状で機械的に台座に固定する必要があることも触れられています。

 

ここからは実際の評価条件とその結果について触れます。

 

 

積層試験

積層評価に用いた材料は大きく分けて4種類を組み合わせています。

月面を模擬した材料は、 Black Point-1 (BP-1) と Lunar Highlands Simulant-1 (LHS-1) の二種類、
組み合わせる樹脂はPolypropylene (PP) またはPLAです。

BP-1については、以下のサイトで概要が述べられています。

※参照情報

Lunar mare simulant Black Point One (BP-1)

 

PPは無水マレイン酸をグラフと重合により導入したと書かれています。
官能基を導入し、BP-1やLHS-1との接着性を高めるのが狙いでしょう。

これらの材料を用いて最低10-3  torr、-200℃の環境下でチューブ形状に積層を行い、
そこから板を切り出して曲げ試験を行っています。

評価に用いた材料と曲げ試験データの概要は参照文献中のTable 1に示されています。

最初の3仕様は積層条件出しを行っただけであるため、曲げ試験は行っていません。

 

マトリックス樹脂としてPLAが良好な結果を示した

結果を見るとBP-1とPPを組み合わせたものは空隙が多く生じた一方、
PLAではそのような事象が認められなかったことが分かります。

この時点でPPは適用困難であると判断されたと考えます。

基本はPLAとBP-1、もしくはLHS-1の組み合わせですが、
曲げ特性に顕著な差は認められません。

ただBP-1よりもLHS-1を使用したほうが曲げ剛性が高くなる傾向にあり、
BP-1とPLAを組み合わせた場合、ST-PA210という流動促進剤を入れたほうが、
特性値が高くなる可能性が示唆されています。

また空隙ができた状態はFigure 7に示されています。
PPをマトリックス樹脂とした場合、空隙が多く見られます。

 

 

エネルギー消費評価

月面での積層作業におけるエネルギー消費量の増減は死活問題です。

そのため、エネルギー消費についてもある程度細かい評価がなされています。

参照文献中のTable 2に示された結果を見ると、
マトリックス樹脂であるPLAの配合量が少ないほど、
材料としてLHS-1を用いた場合にエネルギー消費量が抑えられていることが分かります。

 

 

LINAのサブスケール積層試験

12mm幅、2mm高さのアンカーの上に、0.5から1.5mmピッチで積層をしています。

形状は大きく分けて2種類あり、冒頭の動画で紹介されていた曲線リブが交差する LINA 2Aと、
蛇腹のような LINA 2Bです。

積層安定状態では押し出し機の3か所のヒータ温度は119から217℃、
ノズル温度は197℃であったと述べられています。

積層中の環境圧力は3.2×10-4 torrから始まり一度7.0×10-1 torrまで上昇した後、
再度5.7×10-4 torrまで低下するという結果が参照文献のFigure 11に示されています。

これは積層中にLHS-1などから発生した熱分解物の発生によるものではないか、
との記述があります。

 

 

LINAの形状検証

前述のサブスケール積層試験結果を活用して目指すのは、
LINAを実際積層する際の積層速度と材料吐出速度というパラメータの最適化です。

積層中の温度変化、特に積層後の積層物の冷却挙動を中心としたデータを熱解析に活用し、LINAの実スケール積層時は積層材料の冷却がサブスケールより早いと予想されたとのことです。

これらの結果から月面での大気温度-200℃、月面温度-100℃の条件で、
50kg/hの吐出量で積層を行えば11.6日でLINAが積層できる、
との予測結果が得られたようです。

今後は太陽光が当たる場合の温度変化も考慮した解析を行っていくと述べられています。

 

積層方向は垂直ではなく、斜角で行う

動画でも確認できますが、LINAの積層は垂直方向ではなく、
斜面に対して行うことが最適との判断がなされています。

これは斜角に積層することで積層体が着実に月面と接触をすることによる安定性、
ならびに連続的な積層を維持できることが重視されたようです。

もう一つ Tilt-upという手法も検討されていますが、
こちらは結果的にMARSHAに採用されています。

地球で部品製造を実施し、それを月面で組み立てる形式のためTilt-upと呼んでいるようです。
例えばMARSHAの窓枠は直線ではなく斜線で構成されており、
3D printingで積層した傾斜のある切込みに”はめ込む”形式としています。

 

LINA 2AよりもLINA 2Bのほうが望ましい形状であることを示唆

サブスケールで成形したLINA 2Aと2Bから切り出した試験片の曲げ特性を評価したところ、
積層垂直方向で切り出した試験片ではLINA 2Aの形状で高い特性が出た一方、
同様に45°の角度で切り出した試験片による特性値の結果から、
LINA 2Bの方が特性値が安定しやすいと判断しています。

LINA 2Aではリブの交差する箇所で剥離が認められた事実に加え、LINA 2Bの場合は使用する材料量も削減できる(構造材厚みを50mmから30mmに変更できる)ことからも、Lina 2Bの方が望ましい形状であると提案したいと述べられています。

異方性まで考慮するとLINA 2Bの方が現段階では望ましいということで、
冒頭に紹介したLINA 2Aを基本とした動画は近い将来修正されるかもしれません。

 

ここまでの内容を踏まえ、技術的なポイントを述べたいと思います。

 

 

 

地球外で3D printingによる構造物を成形する場合、複合材料化による線膨張率の抑制がキーとなる

 

今回ご紹介したのは主にArtemis計画に基づく月面探査に関する内容が多かったですが、一部触れたように月以外の衛星や惑星での活動も具体的な検証が始まっています。

地球から構造部材を運ぶのではなく、
現地調達できる材料で構造物を作る考えに基づいた際、
3D printingは選択肢の一つとなりうるでしょう。

その際に重要となるのが温度差による変形、いわゆる線膨張率です。

熱可塑性樹脂は金属のそれと比べて線膨張率が高く、
温室効果ガスをはじめとした大気が薄い他の衛星や惑星では極端な温度変化が起こるため、
構造部材の寸法変化リスクがあります。

この温度変化による変形を抑えるにあたっては、
線膨張率の低い炭素繊維のマトリックス樹脂への添加も有効です。

マトリックス樹脂に炭素繊維を混ぜることによる線膨張率の低下は、
建築構造物向けの材料として大変魅力的でしょう。

地球外での成形活動は現地調達が基本です。
よって、同様の効果がArtemis計画でいえば月の表面の砂で得られれば、
複合材料化の意義も出てくるでしょう。

できるだけ現地調達の材料で低線膨張率の材料を得られることは、
これからの宇宙産業で重要となると考えます。

 

 

 

まとめ

今回は複合材料を用いた3D printingを、
地球外の場所で構造物製造に用いるという話をご紹介しました。

今後、低線膨張率を示すと期待されるCFRPを用いた3D printingを、
地球以外の場所で適用しようという話も出てくるかもしれません。

産業を考えるにあたり、
もはや地球にとどまる必要もないというのは、
興味深いものがあります。

FRPが地球外の衛星や惑星での人類長期滞在実現に貢献し、
素粒子学や宇宙論の発展につながることを期待したいと思います。

 

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