Fiberjointsが提案する組紐形態繊維を組み合わせた金属リングのFRPへの実装
今回はデンマークに本社を構えるFiberjointsが提案する、
組紐形態繊維を組み合わせた金属リングのFRPへの実装、
についてご紹介したいと思います。
Fiberjointsとは
JEC World 2025のStartup boosterのファイナリストとのことで、
新しい企業のようです。
この企業のHPはこちらのサイトで見ることができます。
Fiberjointsの提案する技術的特徴
この企業が提案する技術については、
以下の動画を見るとわかりやすかもしれません。
一言でいうと”穴加工の代わりに、金属輪郭の穴をFRPに実装する技術”です。
動画中で左側はGFRPの平板に穴を開けたもの、
右側はFiberjointsが提案する金属穴です。
穴に心棒を通したうえでこの心棒を上方向に引張ることで、
どのような荷重/変位線図が得られるかを示しています。
上記線図は動画中、真ん中に表示されています。
同じ試験速度で引張の比較線図を見ると、
GFRPに直接穴を開けた場合の黒線と比較し、
Fiberjointsの技術を用いたものは1.5倍程度の最大荷重(約90kN)を示したことがわかります。
さらに大きく異なるのが初期破壊の始まる変位です。
前述の黒線は変位2mm程度で座屈が始まっていますが、
同赤線は4mm程度まで弾性変形を維持しています。
厳密にはひずみを見ているわけではないので、
初期破壊はどちらもより低変位で生じている可能性があることについては加筆しておきます。
このように面内引張り荷重に対して高い耐久性のある穴を、
FRPに導入できると言うのが技術的な特徴となります。
本技術をFiberjointsはPatch Technologyと呼んでいます。
Patch Technologyに関する技術的背景
前出のPatch Technologyについては、
以下のサイトをご覧いただくと概要をご理解いただけると思います。
※参照URL
ページの中ほどにはPatch Technologyの基本となる製品の製造法、
FRPへの実装法が動画で紹介されています。
ここからはもう少し技術的に深掘りするため、
当該技術の基本をまとめた以下の論文も参考に、
概要の紹介と考察を行いたいと思います。
Johnny Jakobsen et al, Bolted joint method for composite materials using a novel fiber/metal patch
as hole reinforcement—Improving both static and fatigue properties, Composites Part B, 2024, 269, 111105
論文は上記URLで読むことができます。
Patch Technologyに使用する部品製造法
論文中のFig.4に手順が画像付きで説明されています。
金属リングの加工
金属リングの構成材料はQRO 90 SUPREMEです。
QRO 90 SUPREMEは熱間工具鋼で金型にも使用できる材料のようです。
当該金属材の詳細については以下をご参照ください。
※参照情報
金属リングは切削加工で加工します。
その際、外周に曲面の溝をつけることで、
後工程で組紐(Braiding)の繊維を固定することが可能となります。
なお、組紐(Braiding/組物)については過去のコラムでも取り上げたことがあります。
※参照情報
金属リングに組紐形態の繊維をストランドで巻き付け固定
別途組紐形態の繊維を用意し、
それを金属リングにかぶせたうえで外側からストランドで外周に沿って巻き付けて固定します。
その後、組紐をリングの径方向に広げることで、
中心にリング、外側に組紐が広がる形となります。
最終形態はFig.4中のEです。
Patch TechnologyのFRPへの実装法
インフュージョン成形です。
複数層の強化繊維が積層されたうえに組紐を固定した金属リングを置きます。
その上から当該リング外径程度の穴を開けた状態の強化繊維を積層してバック後、
樹脂を含浸させて成形します。
こうすることで金属リングの外側に固定された組紐がFRP中間層に挿入され、
それがマトリックス樹脂で固定されます。
FRP化した後の断面画像は論文中のFig.5に示されています。
静的引張試験
ASTM D3039で試験しています。
通常のFRP引張試験と理解いただいて問題ありません。
FRPの積層構成は[CSM/0/90/CSM/+45/-45]sで、
強化繊維の種類はガラス繊維となります。
CSMはChopped Strand Matの略です。
積層構成中に示される最後のsはsymmetryの略で対象積層となりますので、
略さずに示せば以下の積層構成となります。
[CSM/0/90/CSM/+45/-45/金属リング+組紐/-45/+45/CSM/90/0/CSM]
金属リングの穴はFRPを貫通しているため、
ここに心棒を通して径方向に引張るイメージとなります。
荷重伝達効率パラメータλを導入
論文中では何度もλというパラメータが出てきます。
これは荷重伝達効率パラメータ(load transfer efficiency parameter)というもので、
論文中の式(1)で算出しています。
これは金属リングを挿入した試験片の最大破壊荷重をFRP実質破壊荷重で除したものです。
FRP実質破壊荷重とは試験片断面積から金属リングの穴径分(φ18mm)を差し引いた面積と、
FRPの破壊荷重をかけ合わせて算出したものです。
金属リング+組紐を挿入したFRP試験片の破壊挙動
FRP試験片の幅を20から130mm程度まで変化させています。
論文中のFig.9には最大破断荷重、並びにλをそれぞれ第一、第二の縦軸、
横軸を試験片幅としたグラフが示されています。
これを見ると試験片幅が20から40mmと増加するのに伴い、
破断荷重と荷重伝達効率パラメータの両方が増加します。
その後、破断荷重が横ばいとなるためλが低下する傾向にあります。
この主原因は金属リング自体の塑性変形であることが合わせて論文中で触れられており、
静的環境が維持できなければFRPの特性発現や維持が困難になることが分かります。
動的疲労試験
この論文で行われた評価のうち興味深いのは、
動的疲労試験を行っているところです。
結果、すなわちSN線図は論文中のFig.11に示されています。
応力比は0.1です。
心棒を使う以上、応力比が1以上、または負の値である圧縮モードを含む評価は難しいでしょう。
ガタがあるため安定的な動的荷重をかけることが難しいからです。
SN線図や応力比については過去に何度か触れたことがありますので、
概要を知りたい方は以下のコラムと連載も併せてご覧ください。
※関連コラム/連載
「 機械設計 」連載 第三十一回 FRP動的疲労試験に与える応力比の影響
金属リングと組紐を組み合わせることで疲労特性低下を抑制
SN線図(縦軸:応力振幅、横軸:サイクル数)を見ると、
穴加工していないFRP(Neat)と比べ、
金属リングと組紐を組み合わせた場合で、
サイクル数増加に伴う振幅応力低下勾配に顕著な差が認められないと書かれています。
個人的に注目すべきは上記の勾配よりも、
応力振幅の数値だと感じました。
λを0.6に設定できれば、
開口のFRPとしてかなり高いレベルで維持できているためです。
ただその値は半分程度に低下していることから、
穴を開けるという強化繊維の連続性を失うことは大きな特性低下であることに変わりはありません。
SN線図の近似にはBasquin則を適用
疲労寿命予想には古典理論の一つであるBasquin則を適用したと書かれています。
論文中だと式(2)で示されている通り、応力振幅をΔσとした場合、
となっています。Nはサイクル数、Cとmは材料由来の定数です。
論文中のTable 2を見ると材料ごとにCとmが定義されています。
これを見るとGFRPそのもののCが348.4[cycle.]であるのに対し、
λ0.6の金属リング/組紐の場合でも254.2[cycle.]であり、
高い特性値を維持していることが示されています。
非破壊確率を考慮した動的疲労特性評価はFRP設計で不可避
FRPを使用しようとする方々の多くは、
このような繰り返し疲労を想定しない場合が多いと感じています。
疲労限が無く、異方性が強いFRPの動的疲労特性評価には技術的な配慮が必要です。
さらに近似線は非破壊確率50%を予想しているにすぎず、
より高い非破壊確率を考慮して回帰分析をしなければ、
妥当な構造設計はできないでしょう。
この辺りは過去の連載も併せてご覧ください。
※関連連載
「 機械設計 」連載 第三十七回 非破壊確率を考慮した設計許容値算出とGoodman線図作成法
有限要素解析/FEA
ソルバーにはLS-Dynaを使っています。
GFRPのラミネートはSolidで配向を考慮した8Ply構造、
組紐部分はShellで面内方向に+45/-45配向を想定、
金属リングに巻き付けたストランドは周方向に繊維が配向したと想定して要素を構成させています。
金属リングと強化繊維、並びにGFRPとの間の摩擦係数は同一にしています。
組紐の存在によりFRPにかかる応力が大幅に低減
最もわかりやすいのはFig.14のコンター図だと思います。
これは各Plyの1方向(x)と2方向(y)の最小、最大主応力を示しています。
数値を見ると組紐の存在によって、上記応力値が概ね半分から三分の一に減少していることが示されています。
穴近郊に集中しがちな応力が組紐によって、
FRPすなわちラミネートに伝達されていると理解できます。
最適な材料幅は35mmと提案
有限要素解析によって提案されたφ18mmの金属リングを入れた最適材料幅は35mmと示されたとのことです。
これは論文中のFig.9で示された結果を指示しているといえるでしょう。
ただ個人的にはこれほど実験と試験が合致することは容易でないと考えています。
もしかすると、実験に合うよう境界条件などを調整しているのかもしれません。
このように実体に合わせていく解析アプローチは極めて妥当です。
以上のような評価を経て、
FiberjointsはPatch Technologyをリリースしました。
かなり丁寧な評価がなされており、
設計として必要なことも一通り述べられている印象です。
この内容を踏まえて考えるべきことについて述べます。
Patch TechnologyをFRPに使う場合、厚み制御が難しい
これは実際にアプリケーションとする場合の話です。
FRP最大の特徴の一つは”賦形性”です。
様々な形に成形できるこの特性は、
厚み方向にも発現します。
つまり、成形後の厚みにばらつきが生じることになります。
特にランダム材料や成形体そのものが厚手の場合、
今回想定されているインフュージョンのように片側が解放面だと、
押せるだけ押されることになります。
この厚みのばらつきが金属リングの高さに対して大きくなると、
金属リングが出っ張る、もしくは逆に当該リングがFRPに埋没する事象もありうるでしょう。
型を用いてRTMのように成形することも一案ですが、
今度は型を使うことで金属リングがストッパーになり型閉じできない、
無理に型を閉じれば型が損傷するといった問題も生じます。
どのようにして金属リングという高精度の寸法を有する部品をFRPに実装するかについては、
慎重な検討が必要になります。
せん断に関する評価が少ない印象
今回の論文中では圧縮や引張の話は多く出ていましたが、
せん断に関する議論がほとんど行われていません。
組紐はその形態からせん断モードでFRPとの間で荷重のやり取りが行われます。
個人的にはこの考え方は大変すばらしいと感じており、
FRPがせん断モードで荷重を担うというShear lag modelを念頭に置いているとの理解です。
例えばFEAの結果で引張や圧縮に加え、
せん断はどのように応力分布しているのかを見てみたかったです。
特に圧縮ではなく、引張が主な荷重モードとなる領域のせん断応力分布に興味があります。
これこそが応力分配理解の本質と考えています。
例えば今回はモデル上+45/-45として評価していましたが、
組紐の密度をもっと細かくする、
逆に粗くすることで異方性を低減、増加させることで、
発生するせん断にどのような違いが出るのかを、
FEAと実験の比較を行いながら合わせこんでいくことで、
”最適な組紐設計”ができるかもしれません。
比較評価として純粋に金属リングだけを実装した場合の穴付きFRP引張特性評価も必要
今回の比較はあくまでFRPに直接穴を開けた試験片と、
金属リングと組紐を組み合わせた試験片での評価が主でした。
当然金属リングもそれ自身が応力分配機能を有するため、
もし組紐が無いとどのくらい違うのかを示してもらえると、
組紐による当該分配機能の効果分を分離できたかもしれません。
面外特性評価も不可欠
用途によってはどうしても面外方向に力がかかります。
そして金属リングに組み合わされた組紐は、
面外荷重に対しても発生応力を分配する機能があると考えています。
場合によっては面外特性が従来の穴加工の場合に比べ、
異次元に高い特性として認知される可能性もあるのではないでしょうか。
そうなると面外の機械締結部として、
Patch Technologyを使うべき、
という提案につなげられる可能性も考えられます。
まとめ
今回はFiberjointsのPatch Technologyについて、
関連文献を参照しながらご紹介しました。
ご紹介した中で最も強く認識いただきたいのは、
FRPの荷重伝達は主にせん断で行われる点です。
組紐のように全方位に強化繊維を分散させ、
応力集中しがちな金属リングから当該力を分配させよう、
という考えの基本にあるのはせん断ん対する強い意識だと思います。
強い応力が発生するかもしれない方向には連続繊維を配向させる一方、
それ以外の箇所には様々な方向に繊維を配向させ、
マトリックス樹脂に荷重負荷を与えないよう、
せん断で広く分配させる考えが重要です。