FRP製のタンク/配管の内壁面の腐食評価
FRP製のタンク/配管の内壁面の腐食評価について述べたいと思います。
FRPはその耐腐食性故、化学工場設備に使用される
過去にもご紹介したことがありますが、
FRPは金属に比べて耐腐食性が優れることから、
電解質水溶液や酸性・塩基性の各水溶液を取り扱う化学工場などにおいて、
設備の構造部材として使われることがあります。
主な構造部材はタンクと配管です。
例えば過去のコラムでは塩酸が大量流出した事故も引き合いに、
FRPの耐薬品性を活かした事例と、
適切な材料使用方法、そして維持管理の重要性について述べました。
揮発性のある塩酸の場合、
塩酸水溶液そのものより、揮発した塩酸ガスによる腐食が危険である、
というのは意外と感じた方もいるかもしれません。
※関連コラム
FRPは接液面近傍の層に用いられる強化繊維の選定が重要
前出の参照コラムでも述べていますが、
FRPを耐薬品性を活かした構造物として用いる場合、
接液面(もしくは、保存薬液の揮発物と接する面)の材料構成設計が大変重要です。
材料構成設計における材料選定でいうと、
マトリックス樹脂にビニルエステル(エポキシアクリレート)を用いることは当然ですが、
強化繊維の選定も重要です。
例えばガラスを冒すフッ酸や、ガラス繊維が弱い塩基性水溶液と接する面には、
GFRPではなく有機繊維、場合によっては炭素繊維を用いることが推奨されます。
ガラス繊維ではZrO2やCaOを添加したARガラスが耐塩基性は高めですが、
それでも塩基性水溶液による繊維中のSiの溶出反応は不可避です。
※関連コラム
最も過酷なのは最内層
FRPは積層工程により材料が積み重ねられた構造を有します。
そのため、配管やタンクをFRPで製作した場合、
最内層の材料が薬液暴露の観点で最も過酷な環境に置かれます。
このような背景から配管やタンクの”損傷リスク”の評価を行うにあたっては、
最内層近傍のFRPの状態をいち早く把握することが重要です。
今回ご紹介するのは、上記のアプローチの検討概要に関する技術資料になります。
FRP最内層の状態を非破壊検査で評価可能かを検証している
参考にした技術資料は以下のものになります。
登録すればオンラインで読むことができます。
Geoff Clarkson, FRP Corrosion Barrier Inspection: Non-Destructive and Non-Intrusive Technique, Inspectioneering Journal, 2020
この技術資料では酸性や塩基性の水溶液を保管するタンクや、
輸送する配管をイメージした構造物の最内層を“Corrosion Barrier”と呼称し、
長期使用に伴う状態変化を非破壊検査で評価できないか、
ということを念頭に様々な評価を行っています。
技術的な詳細データは掲載されていない
最初にお断りしておくと、この技術資料内には細かいデータは掲載されておらず、
技術的考察を行うには情報不足です。
ただ概要を理解するには妥当と考え、
今回取り上げていることをご了承ください。
この技術資料を執筆している人物はUTComp, Inc.という企業の創業者のGeoff Clarkson氏で、
UltraAnalytix NDTという特許技術で顧客向けに保守点検サービスを法人向けに提供していることから、細かいデータを掲載してしまうと真似されてしまう、
ということが念頭にあるものと推測します。
※参照情報
UltraAnalytix NDT / Nondestructive testing for FRP fitness for service evaluation
これに関連し、Geoff Clarkson氏が以下のような動画で関連技術の概要を述べています。
こちらの動画でも詳細は触れられていません。
以下では、本技術資料のポイントをご紹介したいと思います。
技術資料の概要
耐薬品性(耐腐食性)を有するFRP構造部材で最内層に用いられる”Corrosion Barrier”の状態把握に関する、目視検査、薬液浸透状態の評価、非破壊検査適用の妥当性評価が主たる内容になります。
それぞれについて述べます。
耐薬品性(耐腐食性)を有するFRP構造部材の一般的な材料構成
マトリックス樹脂として熱硬化、熱可塑がそれぞれ紹介されており、
前者としてepoxy、vinyl ester、and polyester resins、
後者ではPP、PVC、PE、PVDF(polyvinylidene fluoride)等が挙げられています。
マトリックス樹脂が熱硬化性の場合
Figure 1aには熱硬化性樹脂の場合の基本積層構成例が画像として掲載されています。
Corrosion Barrierは3層で、
強化繊維の形態は不織布(またはメッシュ)/1層とガラスマット/2層で構成され、
基本厚みは2.4mmとのこと。
不織布が最内層になります。
Vfは不織布層が5%、ガラスマット層が13-16%とかなり樹脂リッチです。
技術資料中でも明記されていますが、Corrosion Barrierは樹脂が多いため剛性が低く、
構造部材としての役割は無いようです。
マトリックス樹脂が熱可塑性の場合
Figure 1bには同様に熱可塑性樹脂のケースが示されています。
熱可塑性樹脂の場合、Corrosion Barrierは樹脂ライナーになっており、
強化繊維は用いていません。
そしてこのライナーは構造部材であるFRPと接着(融着)されているとのこと。
ただこのような接合処理を行わない場合もあるようです。
Corrosion Barrierの厚み2.5mmはあくまで一指標
これも当然ですがCorrosion Barrierは2.5mmでなければならない、
というものではありません。
内容液とその濃度、想定したい耐久年数、仕様環境、設計思想などによっても変わるからです。
材料選定の一手法
FRPを取り扱う方々にとって、悩ましいことの一つは材料の選定ではないでしょうか。
今回ご紹介している技術資料では、一例としてASTM Standard Practice C581が示されています。
※参考情報
この規格は、
Standard Practice for Determining Chemical Resistance of Thermosetting Resins Used in Glass-Fiber-Reinforced Structures Intended for Liquid Service
という名称であり、接液状態での耐薬品性を求められる熱硬化性樹脂の耐久性評価の標準規格になります。
当該規格は材料選定のあくまで”一手法”ではありますが、参考になる部分はありそうです。
樹脂を1か月から最長12カ月浸漬し、その際に以下のような評価をすべきと記載されています。
- Changes in hardness of the resin surface
- Changes in weight and thickness of the specimen
- Changes in flexural modulus of the specimen
硬度、重量/厚み、そして曲げ弾性率の変化を評価するということです。
上記の内容を丸々真似すればいいというほど単純な話ではありませんが、
技術的には良質な参考資料だと感じます。
次にCorrosion Barrierの状態把握に関する内容を述べます。
目視検査
劣化の実例がFigure 2に示されています。
酸化劣化、色落ち、表層剥離、クラックが代表例です。
クラックや表層剥離など、
目視でも捉えられる損傷を中心に、
内面層付近については劣化状態を評価することはやりやすい一方、
実際に薬液による劣化が深さ方向のどこまで浸透しているか、
ということについては目視検査だけではわからないという課題があるとの記述があります。
新たに製作したFRP構造部材に関する目視検査要件は明確化できますが、
長期利用で薬液などで劣化したFRPの損傷状態は、
薬液種、時間、利用環境、材料構成によって異なるはずで、
これを統一要件として決めるのは大変困難です。
いずれにしても目視検査”だけ”では、
劣化の状態を適切に判断し、
余寿命を算出することは難しいでしょう。
薬液浸透状態の評価
薬液によるFRPの劣化は、その浸透度合いで評価できる、
という考え方もあります。
EDX(Energy Dispersive X-ray )を用いた、
元素分析による定量評価がその一例です。
結果はFigure 3に示されています。
これは塩酸に17年間暴露されたFRPのCorrosion Barrierの光学断面画像ですが、
塩酸が浸透したと想定される領域は緑色に変色しています。
さらにその断面をEDXでみるとCorrosion Barrierの層で塩素濃度が高く、
その状態はCorrosion Barrierの下層にまで到達している様子が分かります。
到達深度は4mmとのことですので、
このFRPに対しては17年で4mmの塩酸が浸透する、
という事実が理解できます。
ただこのような評価を行うには構造体から該当部分を切り出す必要があり、
常時稼働が求められる工場では難しい対応といえそうです。
非破壊検査適用の妥当性評価
非破壊検査技術として超音波探傷を採用しています。
結果は技術資料中のFigure 4に示されています。
注目すべきはFigure 4bでしょう。
Aスコープ(単眼での探傷による振幅を示す波形)が掲載されています。
縦軸がエコー高さ、横軸が時間です。
図中の14μsec付近のエコーは層間剥離を示唆するもので、
深さ方向でいうと5mm程度の位置を示しているとのこと。
反射エコーが発生する原因としては、
マトリックス樹脂の薬液による損傷(劣化)により弾性率が変化し、
超音波が劣化界面で反射した、と述べられています。
技術資料の本文中では上記の通り、損傷により樹脂の弾性率が変化した、と書かれていますが、
より正確には損傷により密度の異なる層(空隙層)が出現した、
というほうが正しいと思います。
超音波の反射は音響インピーダンスの異なる境界面で反射する性質があるためです。
なお、音響インピーダンスはZで表現されることが多く、
密度ρと音速Cの積で求めることができます。
Z = ρC
※関連コラム
薬液で劣化した樹脂と健全な樹脂の界面での反射エコーの発生について
ここで少しだけ追加の考察をしたいと思います。
技術資料中の「損傷により樹脂の弾性率が変化した」という表現についてです。
個人的には薬液の浸透程度の密度変化で強い反射エコーが出るような、
音響インピーダンスの変化は無いとの理解です。
特にFRPのように強化繊維とマトリックス樹脂の界面など、
そもそも密度差を伴う領域が存在する材料の探傷ではGainと周波数を落とすため、
上述のような反射エコーが仮に発生したとしてもノイズの域を超えず、
結果的にとらえられないのではないかと考えています。
事例として示されている超音波探傷の結果について
もう一点、Figure 4bで示される結果について、個人的にあまり理解できていません。
超音波は表面波を一番左側に、底面波を右端に見えるよう、
スケールやゲインを調整し、その間に生じるキズエコーを見るのが一般的な超音波探傷です。
しかしFigure 4bでは19μsec付近に「表面波」の指示があり、
既述の樹脂劣化界面での反射エコーは表面波よりも左側で評価していることになるからです。
参照されている元文献を見てみましたが、
ターゲットとするエコー高さが低下することが劣化進行の指針であることしか書いておらず、
詳細は不明です。
なお、参照したのは以下の技術資料のFigure 7です。
※参照情報
非破壊検査の専門家の方で、
もし本内容について助言を頂ける方いるようでしたら、
ご一報を頂ければ有難いです。
目視で認められた薬液浸透深さと超音波探傷で示唆された劣化界面深さ位置に相関がみられた
技術資料中のFigure 6に結果が示されています。
縦軸が前述の超音波探傷で示された劣化界面深さ位置、
横軸が目視で明らかとなった同深さです。
ポイントは以下の2点でしょう。
- 右肩上がりの相関が認められている
- 超音波の結果は目視検査結果よりも厳しめに出ている(超音波の検出深さ > 目視による薬液浸透深さ)
これは超音波探傷という非破壊検査が、
FRP構造物の薬液劣化状態を評価するにあたり、
ある程度妥当な結果を示したといって大きな問題は無いと考えます。
曲げ試験と薬液浸透深さに相関が無い
同様に資料中のFigure 7に示されています。
縦軸が残留曲げ弾性率、横軸が薬液浸透深さです。
右肩下がりになるかと思いきや、
ある程度のところで飽和しているように見えます。
細かい条件(Corrosion Barrierの厚み、積層構成、試験片厚み等)が書かれていないため技術的考察は難しいですが、いくつか考えてみたいと思います。
Corrosion Barrierはそもそも構造部材ではない
Corrosion Barrierは樹脂が主体で構造部材ではないため、
FRPとしての曲げ試験において強度はもちろん、弾性率にもあまり貢献しないと考えます。
よって、Corrosion Barrierの劣化がFRP全体に与える影響にはそもそも限りがあるのでは、
と考えます。
試験片の寸法はすべて同一であることが大前提
曲げ試験の結果は試験片寸法の影響を受けます。
これを前提に考えると、本評価はすべて同じ厚み、同じ幅、同じ長さの試験片で計測したかが不明です。
Figure 5で示される試験片を切り出した母材の寸法は同じでないようにも見えます。
さらに言うと曲率を持っていると考えられます。
このように形状因子の入った試験片で試験をするというのは、
私的にはあまり意味が無いと思っています。
FRPの評価に複合モード試験は使わない
出荷前の製品の品質保証など、形状と材料が常に同一という前提であれば別ですが、
曲げ試験はFRP評価にはあまりふさわしくない複合モード、
つまり曲げと圧縮を同時に評価してしまっています。
薬液などによるFRPの劣化を評価したいのであれば、
面内せん断、もしくは圧縮が妥当でしょう。
どうしても曲げのような形態がいい、
ということであればShort beamが一例です。
こちらは曲げではなく層間せん断試験だからです。
ただし、こちらでは弾性率は求められないことに注意が必要です。
Corrosion Barrierの層は何故樹脂リッチか
追加の技術的なポイントを一つ述べておきます。
何故、Corrosion Barrierの層は樹脂リッチなのかということです。
薬液のような液体に限らず、腐食性ガスや酸化劣化の原因ともなる酸素などの浸透は、
FRPの場合、主に樹脂と強化繊維の界面や、
樹脂未含浸領域の繊維束から内部(深部)に浸透するといわれています。
熱硬化、熱可塑に限らず樹脂層は上記のような液体や気体の浸透を促進する”不均一領域”がありません。
純粋な樹脂層への拡散現象で、薬液などの腐食材料の浸透を説明できるのです。
このような材料設定ができるのも、
複合材料であるFRPの強みといえるかもしれません。
まとめ
FRP製配管の内壁面の腐食評価として、
目視検査や材料試験の結果を参照しながら、
超音波探傷による当該評価の妥当性を検証した事例をご紹介しました。
これらの技術を応用し、
UTComp, Inc.は検査頻度の設定や寿命予想まで行っています。
評価方法の詳細が不明のため妥当性はわかりませんが、
FRP構造物を長期利用するにあたって大変重要な考え方です。
そして非破壊検査技術の中で超音波探傷はハンディー型のものもあるなど、
オンサイトでの評価に力を発揮します。
化学工場であれば設備の稼働を継続した状態で検査することも可能です。
今後、非破壊検査技術が、
オンサイトでのFRP状態評価に適用されることが、
今以上に一般的になるかもしれません。