CF/PEEK の 成形パラメータ回帰分析
早い成形サイクルという特徴故、量産化が望まれているCFRTP(Carbon fiber reinforced thermoplastics:炭素繊維強化熱可塑性プラスチック)。
この成形プロセスのパラメータの詳細検討を行った研究が論文として発表されています。
以下に論文の情報を記します。
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Hugues Lessarda, Gilbert Lebruna, Abdelhaq Benkaddoura, Xuan-Tan Phamb
Composites Part A: Applied Science and Manufacturing
Volume 70, March 2015, Pages 59–68
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FRPについて一般的に知られている事実として、強化繊維はUD材(一方向材)よりも織物の方が繊維の動きの自由度が低いため、繊維の”よれ”や”配向エラー”などの表面欠陥が少ないということがあります。
言い換えると、UD材は材料が動けるという自由度がとても大きい材料です。
今回の研究では、マトリックスとして熱可塑性樹脂の中でも最高レベルの耐熱性を有するスーパーエンプラのPEEK(polyether ether ketone)、繊維には炭素繊維を用いたUDプリプレグ(Vf = 59%: 繊維体積含有率)を用いています。
この材料はTencate製です。
曲面を持った成形体を成形し、その時の成形パラメータと得られた成形体の評価の関係を回帰分析によって調べ、パラメータが成形体に与える影響を調査するというのがこの研究の概要です。
検証する成形パラメータは以下の4つ。
a. 予備加熱温度 (380、420℃)
b. 金型温度 (280、360℃)
c. 予備加熱から金型投入までの移動時間 (10、16秒)
d. 成形荷重 (1.8、3.6トン)
予備加熱温度はTencate推奨の370?400℃とPEEK分解開始前上限温度の420℃から決定し、金型成形温度は過去の知見とPEEKの融点343℃を参考にそれよりも高い温度と低い温度を設定したようです。
そして評価項目は以下の3つ。
a. 成形体の厚み
b. 成形体から切り出した試験片を用いた層間せん断評価
c. 上記試験片のマトリックス樹脂結晶化度
厚みは曲面成形体の曲面部分ではなく、曲面の周りにある平面部から切り出して評価しています。
これは、曲面だと厚み評価が安定しないということに加え、成形時の厚みに対する影響は曲面成形部分ではなく平面部分に顕著に出る傾向があるということが背景のようです。
さらに層間せん断試験は Short beam shear を用い、 ASTM D2344 ベースで評価しています。
いわゆる三点曲げによる層間せん断試験です。
ただし、曲面部分(R=36.5mm)から切り出しているため正確には層間せん断試験ではない、
と書かれています。今回は相対比較ですので私も問題ないと考えます。
SBSによる3点曲げなので破壊モードは Mode IIになります。
結晶化度は層間せん断試験に用いた試験片をDSCで評価することによって求めています。
常識的には結晶化度は冷却速度が遅いほど高くなるという理解でしたが、
超高速で冷却すると結晶化度が上がるという研究報告もあると本論文で引用されています。
これは興味深いですね。
※上記の内容について引用されている論文
Chen. M, Chung CT. Crystallinity of isothermally and nonisothermally crystallized poly(ether ether ketone) composites,
Polym Compos 1998; 19(6): 689-697
機会があれば一度読んでみたい論文です。
まず論文全体を通じてですが、評価内容がエンジニアリング領域にとても近く、産業界での実用性も兼ね備えた研究内容であるという印象です。
回帰分析結果によると、成形体の厚みについては金型温度、圧力が与える影響が大きく、層間せん断強度については金型温度の影響が大きく、また予備加熱温度、圧力も危険率5%では却下されていますが、影響を与えていることが示唆されています。
また評価結果において、結晶化度、成形体厚みは層間せん断試験結果に対して影響が見られ、前者は正の相関、後者は負の相関が見られています。
結晶性高分子の特性が発揮されれば機械特性は向上し、
成形体厚みが減少するほど繊維体積含有率が上がるので当然の結果かもしれません。
圧力と温度の変化に関する調査も詳細に行われています。
まず予備加熱された材料を金型にチャージし型閉じしたとき、
材料温度は大きく分けて2段階で温度変化します。
第一段階は金型に触れたことによる温度変化、第二段階は金型同士が閉じて金型のヒートマスが大きくなったことによる温度低下。
第一段階は実に200℃/minという超高速で400℃前後から300℃へと材料の温度が変化しています。
圧力は金型が完全に閉じてから上がり始めることからPEEKの結晶化は金型が閉じてから進行することが予想されています。
結晶化度は金型温度が高い方が高い傾向が見られ、
今回の評価レンジ内であれば冷却速度が低い方が結晶化度が上がるという結果になっています。
(金型温度が高い方が、予備加熱温度と金型温度の温度差は小さいので、冷却勾配は小さくなる)
今回の結果から産業界にいる方々が学ぶことは何でしょうか。
最も学ぶべき点としては、
「成形体の機械特性、物理特性と成形パラメータの相関を客観的に評価している」
という点ではないでしょうか。
FRP成形業界を中心に多く方は、ビジネス観点を最優先に既存材料との代替を主軸にコンセプトを考えてしまうため、
「早く、安く、きれいに」
という所に集中しすぎてしまい、
「なぜFRPなのか?」
「FRPの性能を発揮するために必要な工程は何なのか?」
という最も重要な所に関する検討を忘れてしまいがちです。
その点、本研究では層間せん断という機械特性、結晶化度という物理特性を評価しています。
また、成形体の状態評価として厚みも評価しています。
さらに、それらを回帰分析を用いて客観的にパラメータの与える影響について検証を行っています。
このようなロジックは多くの検証にそのまま応用できるでしょう。
その一方で、本研究の課題は何でしょうか。
まず一つは「非破壊検査」です。
厚み検査に関する評価は行われていましたが、非破壊検査は一切行われていません。
FRPの量産においては見えない内部欠陥に関する検査は必須です。
これはFRPを使用した時に最も重要な品質保証を担保するためです。
恐らく、実際の量産では内部欠陥が無いものを生産することは極めて難しいでしょう。
それを理解した上で、
「どの程度の大きさ、形状、そしてどの場所に発生する内部欠陥であれば許容できるのか」
ということを熟考することが極めて重要です。
今回の評価については、できれば超音波検査。
形状があって難しいということであれば、局所的なCT検査や全体概要を把握するIR検査でもいいかもしれません。
そしてもう一つ改善すべき点は、回帰分析に「交互作用」が考慮されていないというところです。
今回の回帰分析は田口メソッドにより各因子が重要な影響を与えているのか、
という点のみで評価しています。
しかし、実際の量産で求められるのは、
「複数のパラメータの交互作用も含めてどのような影響がでるのか」
ということまで評価することが求められます。
3次、4次といった高次の交互作用まで見る必要はありません。
統計学的には2次の交互作用で評価は十分であるといわれています。
さらに欲を言えばシミュレーションにより予測プロファイルでパラメータの最適化まで調べれば、
より量産に適用できる技術へとつながっていくと思います。
このような基礎の検証をどれだけ積み上げられるか。
FRP業界での成功の秘訣の一つはこういう所にあると考えます。