FRP学術業界動向 – カーボンナノチューブ のひねり構造
今日のFRP学術業界動向のコラムでは、FRPに一部活用が始まっている カーボンナノチューブ についてご紹介したいと思います。
ご紹介記事の出展元は 高分子学会 機関誌( vol.64 November 2015 )です。
その優れた機械特性だけではなく、特有の電気特性、磁気物性を発現する カーボンナノチューブ ( CNT )。
CNT のように筒状になっていないものは グラフェン と言われ、こちらの記事でもご紹介しました。
FRP業界でも常に適用が検討されていますが、とりあえず混ぜてマクロでの評価を行う、
といったやり方が主流で CNT の特性について細かい検討については情報が共有されていない印象です。
しかしサイエンスの基礎を理解することは、その後の設計、材料開発、品質保証といった産業化へ向けたFRPを支配するための基礎知見にもなるため、今日は少し基礎部分についてのお話をご紹介したいと思います。
FRPのマトリックスである樹脂、いわゆる高分子( Polymer )は昔から日本がけん引してきました。
今も世界のトップランナーです。
私も高分子学科というところで学士号を取りましたが、教授、助教授、助教や博士課程の方々はもちろん、同級生のレベルの高さに圧倒されたことをよく覚えています。
そして高分子学会は世界的にも有名な学会であり、Nature 誌から Polymer Journal という雑誌も発行しているくらいです。
私もこの学会の高いレベルの発表に敬意を表し、下記のような論文を投稿したこともあります。
http://www.nature.com/pj/journal/v46/n7/full/pj201415a.html
今回ご紹介する記事は、東北大学原子分子材料科学高等研究機構の松野太輔博士、磯部寛之教授の、
「筒状炭素性分子(あるいはカーボンナノチューブ分子)の「ひねった」構造」
です。
CNT は sp2 炭素のグラフェンシートを筒状にした構造を持っています。
しかし、この CNT が「ねじり」や「ひねり」に関連した特異な「 キラリティ 」が存在することはあまり認知されていないとのこと。
キラリティと言われてすぐに意味がわかる方は、有機化学に対する基礎がある方と推測します。
鏡像異性体といわれると多少の記憶がよみがえるのではないでしょうか。
鏡に映されたいわゆる「鏡像」が元々の形と一致しないものを鏡像異性体と呼びます。
そして有機化学の世界で鏡像異性体の存在するものをキラルと呼びます。
ギリシャ語で手を意味する cheir から派生して chiral となったそうです。
その一方で鏡像異性体を持たない分子のことをアキラルといいます。
一つの炭素原子の4本の腕にすべて異なる官能基(手のひらのようなイメージでいいです)がついている場合、その炭素原子は不斉炭素といい、有機化学の世界ではキラル中心といいます。
不斉炭素が存在すると鏡像異性体が存在するといのは高校の化学で学ばれた方もいるかもしれませんが、キラル中心(不斉炭素)を持っていながら分子内に対象面を持つために鏡像異性体を持たない、つまりアキラルな分子のことを メソ化合物 といいます。
この鏡像異性体の分子構造の形により、薬になるものもあれば毒物に変化する、ということはこの世界では良く知られています。
野依良治博士がこの鏡像異性体を選択的に合成する手法を見出したことでノーベル化学賞を受賞したことは有名ですね。
http://www.natureinterface.com/j/ni05/P24-28/
有機化学の復習はこのくらいにして、高分子学会誌の記事の紹介に戻りたいと思います。
上述の通りキラリティにより化学特性が大きく異なるのがこの世界の常識です。
そのため、CNTでも鏡像異性体を選択的に合成できれば、特徴的な物理特性、化学特性を発現する可能性を秘めている、ということのイメージはつくと思います。
現段階ではCNTの鏡像異性体構造を選択的に合成または分離することは研究段階でしかありませんが、
鏡像異性体の構造をそろえることにより顕著な特性が発現する可能性があるということはご理解いただけるのではないかと思います。
CNTの円周となるベクトルをカイラルベクトルといい、そのベクトル na1 + ma2 の係数(n, m)をカイラル指数と呼びます。
(The image above is referred from http://www.jst.go.jp/pr/announce/20140122-2/ .)
最新の研究では有限長指標というものを用いる新たな幾何学指標も提案されているとのことです。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20140122-2/
CNTはその構造の特徴から、アームチェア型、らせん型、ジグザグ型に分けられることが知られています。
上図、左からアームチェア型、らせん型、ジグザグ型となります。
(The image above is referred from http://news.mynavi.jp/news/2012/07/20/003/ .)
少しイメージが難しいかもしれませんが、らせん型のCNTは下図のような右巻き、左巻きの構造がありますがこれらは原子数の差があるため鏡像異性体の関係にはないとのことです。
そんな中、松野太輔博士、磯部寛之教授が合成に成功したのが「有限長CNT分子」というもので、
その例が下図に示されています。
(The image above is referred from http://news.mynavi.jp/news/2011/10/12/095/ .)
赤色や青色で着色されたものが分子単位でこれが延伸するとCNT構造になります。
尚、赤色と青色の差異は筒状にまるめたことから生じる芳香族面の表と裏を色分けしたものを意味しています。
この図中で書かれているCAとCCという化合物は基本的に異性体の関係にありますが、アキラルにもかかわらず鏡像異性体として特性差が見出されたことがあるそうです。その一例として、上図の(16,0)-[4] CC3,9はアキラルな構造にもかかわらず円偏光二色性を示し、末端構造がキラリティの由来となることを明示したとのことです。
このように、CNTは異性体に関する研究がまだ途上であり、明確な鏡像異性体の分離や解明が終わっていないとのことでした。
まだまだ研究段階にあるCNTですが、分子レベルできちんと設計されたCNTをFRPに用いることで、従来にはない機械特性、物理特性を発現させることが可能になると思います。
特に物理特性についてはFRPの付加価値を飛躍的に向上させられるポテンシャルを秘めています。
今後も不定期にサイエンスの最前線もご紹介し、産業用途への適用を検証していきたいと思います。