CNT の存在を確認する ラマン分光
今日のコラムでは名城ナノカーボンがリリースした 高品質単層CNT の上市に向けた動き、
ということを題材にCNTの存在を確認する ラマン分光 について述べてみたいと思います。
名城ナノカーボンの高品質単層CNTに関するリリース
名城ナノカーボンという企業は「高純度・高結晶な世界最高水準の単層カーボンナノチューブを提供する」という文言にもあるように、カーボンナノチューブ ( CNT )を基本とした商品を展開している企業です。
HPを以下に紹介しておきます。
http://www.meijo-nano.com/index.php
製品のラインナップを見ると単層CNTに加え、CNTの溶液なども製品としてラインナップとして持っているようです。
今回ご紹介したい高品質CNTに関するリリースは以下の所で読むことができます。
https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00438953
詳細は上記を見ていただければと思いますが、
名城ナノカーボンが有する閉塞加熱法と、
産業技術総合研究所の開発したeDIPS法を組み合わせたことで、
品質を落とさずに従来の100倍の合成速度で単層CNTを生産できるようになった、
というのが概要になります。
これまでも少量の引き合いはあったものの、
ここで外部資金を調達して量産化に向けた動きをしたい、
というのが今回のリリースの背景にあることも述べられています。
CNTのFRPへの適用
カーボンナノチューブ ( CNT ) については何度かコラムでもご紹介したことがあり、
日本語、英語にて以下のような内容を書いたことがあります。
https://www.frp-consultant.com/?s=CNT
CNTはFRPに対する添加剤として用いた場合、
その特殊な分子構造により高い機械特性や、特殊な電気特性を発現する可能性がある、
20年くらい前から勢いの上下はあるものの継続して検討がなされてきました。
上記の記事でもCNTをFRPに添加した例として、
面内だけでなく、層間の機械特性が改善したことに加え、
電気特性やガラス転移温度も実際に変化したお話をご紹介しています。
さらに イタリアにある University of Trento での研究として、
CNTの溶液をクモに噴霧し、機械特性の高いクモの糸を生み出させるもの、
産業界の適用例としては薄肉化と形状自由度を目的にゴルフシャフトへの適用をした、
といったことをご紹介しました。
FRP業界にとってCNTは常に付かず離れずの関係を維持してきたという印象です。
CNTの存在を確認するラマン分光とは
CNTというのはナノというくらいですので非常に小さく、
その形を見るためには電子顕微鏡などを用いなくてはいけません。
毎回そのような観察をしていては評価に時間がかかる上、
一度の観察できる範囲が極めて狭い範囲に限られるため、
様々なところを確認するには手間がかかるはずです。
このような一因も背景にCNTの評価方法として適用されるのが光学分光分析の一つであるラマン分光です。
今日のコラムではCNTに関する技術的な話として、CNTの存在を確認するために用いられるラマン分光について述べてみたいと思います。
導入としてラマン分光というものが生み出されたお話をご紹介します。
暗室の壁にあるピンホールから射しこんできた白色光の横に透明な液体を入れたビーカーを置くと、
光路が見え、壁に青紫の透明ガラスをはりつけると青紫の光が見え、
この青紫のガラスの上に黄緑色のガラスを重ねると真っ暗で何も見えなかったそうです。
しかし、黄緑色のガラスを外して代わりに黄緑色のメガネをかけてビーカーを見ると光路が見えた、
という現象から光の非弾性散乱の現象を説明し、C.V.Ramanは1930年にノーベル物理学賞を受賞しています。
今でも入射光とは異なる振動数の光が散乱される現象は ラマン散乱 と呼ばれています。
このラマン散乱を計測することによって分子構造をとらえることができる、
というのがラマン分光分析の基本的な考え方です。
より具体的にはある振動数のレーザーを試料にあて、
90°の方向での散乱光を計測します。
この時の強度を縦軸に横軸に振動数をとるとレーザー光の振動数と異なる周波数に(より具体的には入射光の振動数±νi)不連続の弱いピークが観測されます。
これはレーザー光の電場におかれた分子において、その電子雲が変形して双極子モーメントが励起されることに由来しています。
電子雲の変形のしやすさが原子核の相対配置により影響を受けることから、
分極率は分子振動の影響を受けることになります。
ご参考までに分極率というのは電子分布の変化のことで、
溶媒や極性のある試薬とある原子の間で相互作用が変化すると、
その原子の周りの電場が変化するという外部応答のことを言います。
レーザー光の電場はその光の周波数に依存する周期関数であるため、
均一の電場ではなく「交番電場」となり、
これにより励起された双極子モーメントは下式で示されるような光と分子運動のうなりを示すことになります。
下式をご覧ください。
(The image above is referred from http://www.rs.kagu.tus.ac.jp/yajilab/siryou_IRandRaman.pdf )
上記の式の第一項がレイリー散乱で入射レーザー光と同じ周波数、第二項と第三項がある特定の周波数シフトしたラマン散乱を意味しているとのこと。
ラマン散乱が生じるのは原子核の変位、
つまり分子運動により分極率変化が生じる場合に観測されるものであるということを意味しています。
上記の式の算出の詳細などは以下のHPをご覧いただくと良いと思います。
http://www.campus.ouj.ac.jp/~hamada/Quantumch/subject/cq/chap10/text/cq981003.html
赤外分光とラマン分光は何が違うのか
分子の振動状態を基本とした測定という意味では赤外分光と同じといえますが、
測定するターゲットがラマン分光と赤外分光では異なり、かつ両者は相補的な関係にあります。
赤外分光は分子運動にともなう双極子モーメント、つまり分子全体の極性(電子的な偏り)の変化を評価し、
ラマン分光では核運動にともなう分極率、つまり外的要因による電子分布の変化を評価しています。
最もわかりやすい測定の例としては、対称性の高い分子運動の測定、
例えば対称伸縮振動は赤外分光ではとらえられない一方、
ラマン分光ではスペクトルが現れることが知られています。
また実測定の例では水溶液の試料測定において、
水の吸収が極めて強い赤外分光は適用できず、
ラマン分光を使うケースが良く知られています。
さらに入射するレーザーの周波数を分子の吸収帯に近づけてその分子の持つ吸収帯のラマンバンドを強める、といったことができるというのもラマン分光の強みといえます(共鳴ラマン効果)。
CNTのラマン分光分析
分析のポイントとなるのはCNTの直径の振動モードである
ラジアルプリージングモード( RBM )
と
G バンド
です。
RBMは100?300 cm-1という比較的低周波領域にでるスペクトルで、
CNTの直径に反比例した周波数領域で確認されます。
これは円筒状のものが存在しているということを示唆しているそうです。
G バンド というのはグラファイト固有のピークであり、
GバンドがG+とG-に分裂しているか否かによってCNTか否かを判定できるようです。
G+はCNTの軸方向の縦波、G-は同軸に垂直な横波のモードに由来しています。
G+はCNTの直径との相関が無くほぼ一定の1590 cm-1 のあたりにスペクトルが現れるのに対し、
G-は直径の2条に反比例して変化するとのこと。
上記については以下のURLが基本からわかりやすく書かれているので、
詳細は以下のURLをご覧いただくのが良いと思います。
http://flex.phys.tohoku.ac.jp/~rsaito/Kaisetu/saito07-opt.pdf
さてこれらを踏まえ冒頭にご紹介した名城ナノカーボンのHPの製品を見てみます。
以下のURLをご覧ください。
http://www.meijo-nano.com/products/swnt/index.html
ページの中ほどにラマン分光(レーザー波長:532 nm)のスペクトルがきちんと記載されています。
1590 cm-1 付近にGバンドが見えることから本計測対象がグラファイトである、
ということに加え、Gバンドの低周波数側にG-に由来すると推測されるやや肩のようなスペクトルが見えます。
さらに190 cm-1付近にRBMに由来するピークも見えており、
計測されたものがCNTであるという情報を閲覧者に教示してくれているということがわかります。
このように、なんでこんなグラフがあるのだろうか、と見るだけでなく、
ラマン分光の基本を理解した上でデータを読み込むことができれば、
HPを経由した情報であっても極めて有意義な情報を得る、
そして何よりHPを運営している企業担当者と有意義な議論ができる、
ということにつながる可能性が高まります。
いかがでしたでしょうか。
今日はCNTを題材に少し切り口を変えて分析技術に関するご紹介をしてみました。
FRP業界において様々な業務を推進するにあたって、
分析技術に関する概要の理解というのは担当に関わらず非常に重要です。
特に製品を販売した後に生じる市場問題の原因究明に力を発揮するケースが多く、
仮に設計、解析、品質保証といった材料以外の担当者であっても、
どのような分析技術を使えば原因究明につなげることができるのか、
という考えを日々の業務の中で持つことができれば、
問題解決に対する初動に大きなアドバンテージが出るでしょう。
また品質保証の観点からも外観からはわからない変動を分析技術を応用して管理する、
ということも重要になってきます。
特にマトリックスが変動の大きい高分子(樹脂)であるFRPでは必須です。
ご参考になれば幸いです。