FRP学術業界動向 ポリアミド6/66の改質 セルロースナノファイバー を用いたFRP特性
今日のコラムでは、FRP学術業界動向として、 ポリアミド6/66の改質 セルロースナノファイバー を用いたFRP特性に関する研究論文をご紹介したいと思います。
FRPの強化媒体である繊維。
その多くはガラス繊維で構成されており、次いで炭素繊維で強化されているものが続きます。
そんな中、20年ほど前にブームにもなった ナノテク の再来を期待させるような話が出てきており、
ナノカーボン が再びスポットライトを浴びるようになってきています。
昨年初めて参加した JEC Asia においても Graphene を用いた自転車が展示されるなど、
アプリケーションによっては汎用技術になりつつあります。
このように FRP の強化媒体はその多くが無機物なのですが、
中には有機物もあります。
Aramid : アラミド繊維
Dyneema : ダイニーマ(高密度ポリエチレン)
Vectran : ベクトラン(結晶性ポリアリレート)
Nylon:ナイロン(ポリアミド)
といったものが一例です。
※参照: アラミド繊維強化プラスチック (AFRP)を用いた配管修理
※参照: ポリカーボネートとナイロン繊維FRPをスーツケースに適用
そしてこのような有機繊維とは異なるナノ繊維として挙げられるのが、
セルロースナノファイバーです。
過去に以下のようなコラムでセルロースナノファイバーについてご紹介したことがあります。
今日はこのセルロースナノファイバーをPA6/66の強化繊維として用いるにあたり、
セルロースナノファイバー側に処理を行うことで相溶性と界面接着性を高めるという研究論文についてご紹介します。
PA との相溶性を高めるために 9,9′-bis(aryl)fluorene を導入
今回紹介する論文は以下のものです。
Reinforcement of polyamide 6/66 with a 9,9′-bis(aryl)fluorenemodified cellulose nanofiber
Polymer Journal (2019) 51:1189?1195
https://www.nature.com/articles/s41428-019-0238-8
セルロースナノファイバー の PA への相溶性を高めるため、
グルコースの有する水酸基を非極性の有機物で修飾するのが本論文のねらいです。
グルコース構造の中で最も活性の高い6位の炭素原子に結合する水酸基とエポキシ基の間で結合を形成します。
化学反応の構造式を下図に示します。
( The chemical reaction above image was referred from https://www.nature.com/articles/s41428-019-0238-8 )
化学反応中の化合物名は以下の通りです。
BPFG : Bisphenol fluorene diglycidyl ether
DBU : 1,8-diazabicyclo[5.4.0]undec-7-ene
BCNF : fluorenemodified CNF
DBUを触媒とした求核反応によりエポキシ基を開環させた、というのが反応の概要だと思います。
BPFG の効果についてもきちんと述べられています。
BPFG の特徴的な特性として、
– 分子構造中に対称的な構造がある
– 分子構造がかさ高い(立体障害が大きい)
とのこと。
これらの特性から、カーボン分散剤として検討前例もあるとのことです。
そして、芳香族の構造を持つことから非極性であり、
よって水酸基を有して極性である CNF を非極性材料である樹脂との相溶性を高める効果もある、
と書かれています。
なかなか興味深い分子設計ですね。
PAと セルロースナノファイバー (CNF)を混合させたフィルムの作製
220℃、20rpmという条件でPAを混錬した後、
CNFやBCNFを入れ、さらに6分間、50rpmで混錬したとのこと。
それ以上のことは書かれていませんが、
フィルムにしたとのことですのでTダイ等で押し出した後、
ロールで延伸したと考えます。
結果としては、繊維同士が顕著に凝集することなく分散したという結果になっています。
詳細は論文中の Fig. 2 と 3 を見てみると良いかもしれません。
個人的にはこれで分散性が良いのか否かは判断できていません。
分散性が良いといわれればそんな気もしますし、
凝集しているという見方もできます。
やはりミクロスケール、ナノスケールの画像評価は難しいですね。
動的粘弾性( DMA )による引張挙動特性
これは学術らしい興味深い考え方です。
Mueller and Huff’s equation という式から、
マトリックス樹脂への結合力を求めるというものです。
引用されていたのは以下の文献です。
Zur Frage der reduzierten Darstellung des dielektrischen Spektrums bei Hochpolymeren
Kolloid-Zeitschrift, September 1959, Volume 166, Issue 1, pp 44?47
https://link.springer.com/article/10.1007/BF01810163
古い論文でしたので、大学の知人経由でこの文献を取り寄せて内容を見てみましたが、
直接的にこの式を述べているわけではなさそうです。
この論文の目的は、分散性の評価における周波数(動的粘弾性特性評価)の影響を調べる、
というもののようです。
幅広い周波数での応答遅れ(つまり tanδ)を計測し、
Polyvinyl acetate により柔らかい Diphenylmethan を混錬することで硬度を変えて、
周波数依存性がどのように変わるのか、ということを調べているようです。
tanδ の周波数依存性については下図のようなグラフが示されています。
Diphenylmethan の混錬による応答の違いは下図にて示されています。
( The both images were referred from https://link.springer.com/article/10.1007/BF01810163 )
この論文中で、アレニウスプロットを用いて活性化エネルギーを求め、
周波数依存性を明らかにしようという部分があります。
抜粋すると以下の部分になります。
( The image above was referred from https://link.springer.com/article/10.1007/BF01810163 )
上図の [1] で示される式が Mueller and Huff’s equation に近い形をしています。
ただ、Mueller and Huff’s equation ではエントロピーの項が入っており、
恐らくですがエントロピーの熱力学定義に基づき、エネルギー量変化を活性化エネルギー変化とみなし、
エントロピーで置き換えたものと推測します。
上記で述べているのは以下のサイトの式(4.10)です。
https://info.ouj.ac.jp/~hamada/TextLib/rm/chap4/Text/Cr990402.html
この評価を実際に用いた結果が以下になります。
マトリックスである PA の主鎖由来の活性化エネルギーを求めていると書かれています。
( The image above was referred from https://www.nature.com/articles/s41428-019-0238-8 )
CNF や BCNF の添加量に応じて活性化エネルギーが増加しているのがわかります。
これは、PAの主鎖の運動が拘束されていることを示唆しているため、
それ故、これらの繊維とマトリックス樹脂の結合力が高まっている、
という結論付けになっています。
理論の正しさなど、検証が必要かと思いますが、
このような熱力学的な背景を踏まえた比較定量評価は今後のFRP材料開発にも重要な考え方だと思います。
同様にDMAを用いて、100℃、並びに150℃における引張挙動を評価し、
耐熱性評価指標にしたとのことです。
その結果も示されています。
尚、評価指標は tanδ で統一されています。
( The image above was referred from https://www.nature.com/articles/s41428-019-0238-8 )
これを見ると論文に書かれているように、
CNFやBCNFの添加量増加に伴い、 tanδ の増加が抑制されている様子がわかります。
tanδ のδは応答遅れの位相のことを言っているので、
δが大きいほど粘弾性でいうと粘性項が有利な特性として発現していることを意味しています。
つまり、δが小さい方が応徳遅れが小さい弾性項が優勢ということですね。
DMAの結果はFRPの品質保証でも使える考え方であることは過去のコラムでも述べたことがあります。
こちらも合わせてご覧ください。
そして興味深いのは上記の Fig. 5 の (b) のグラフにおいて、
tanδのピーク位置が左側にシフトしていること。
論文中では何も述べられていませんが、
これは明らかに温度環境における特性変化発生開始温度が低下している、
ということを意味しています。
tanδそのものの値が下がり、弾性項が優位になっているのはその通りですが、
そもそも特性変化温度が今回の BPFG 導入により低下したという事実を見逃してはいけません。
さらに言うと、もしこの材料をユーザーとしてみた場合、
知りたいのは E’ (貯蔵弾性率)です。
tanδ はあくまで E’ と E” の比でしかないため、
物理特性の変化は正確にはわかりません。
このような考えもFRPユーザーとしては重要といえます。
線膨張係数の測定
今回の測定では Thermomechanical Analysis( TMA )を用いると述べられています。
TMA の装置の概要図は以下のイメージになります。
( The image above was drawn by FRP Consultant )
TMAは線膨張既知の参照試料と測定試料をそれぞれ検出棒上のステージにそれぞれセットし、
微小な荷重をかけます(主に引張)。
この状態で試料が入った炉内を一定速度にて昇温や降温させ、
参照試料の寸法変化(ΔLr (T))と、
測定試料の参照試料との相対的な変位(ΔLd (T))を、
差動トランスによって算出して温度との関係を記録します。
算出時は装置のコンプライアンス補正として装置自体の熱変形(ΔLc (T))を補正することがポイントです。
その結果、下式のように測定試料の変位(ΔL(T))が求められます。
さて、このようにして求めた線膨張係数( CTE )ですが、
結果は下図のようになっています。
( The image above was referred from https://www.nature.com/articles/s41428-019-0238-8 )
これは明らかな差が出ていますね。
私もこれほどCNFやBCNF添加で変化が発現するとは思いませんでした。
一番顕著なのが、測定温度範囲(?200℃)における線膨張係数の安定性です。
これはかなり大きな変化ですね。
そして設計的にも大きな変化です。
寸法変動が無いというのは設計上、重要になることが多くあります。
特にBCNF添加の際のCTE抑制効果は素晴らしいですね。
もちろん、桁でいうと 10-5 K-1 ですから決して小さいわけではありませんが、
元々がPAであることを考えれば大いなる改善といえるでしょう。
ここがFRPという材料の一つの重要な特性ということを改めて感じます。
体積分率をベースにした樹脂と強化繊維の相関関係
活性化エネルギー、線膨張係数、体積分率という関係から、
複数の系の混合物である複合材料の各材料成分の相関関係を検証する式が紹介されています。
( The image above was referred from https://www.nature.com/articles/s41428-019-0238-8 )
複数の系の材料、つまり複合材料の場合、線膨張係数がその関係性を検証する一つの指標になるという興味深いアプローチです。
結果は以下のグラフ(CNF/BCNF添加量とこれら強化繊維と作用していないPAの体積分率の関係)で述べられています。
( The image above was referred from https://www.nature.com/articles/s41428-019-0238-8 )
CNFを添加した場合とBCNFを添加した場合で、
前者は線形的に減少するのに対し、
後者は非線形を示す、つまり急激に BCNF と作用しないPAが減少しているということを示唆しているとのこと。
このように添加したものに対して作用しないものの体積分率が急激に減少するのは、
添加したものとそれを受け止めたもの(今回でいうとPA)との相互作用が強いということを意味するとのことです。
本観点も非常に興味深いですね。
異なる材料の相互作用を体積分率を基本に考えるというのは知らなかった考えであるため、
参考になりました。
いかがでしたでしょうか。
今日は CNF の PA への分散性と界面相互作用の改善に向けた CNF の表面改質というテーマの研究論文をご紹介しました。
個人的には熱力学の考え等も入れながら丁寧に考察していた良い論文だと感じました。
当然ながら裏取りや検証が必要な部分はあるかもしれませんが、
分子の挙動という原理原則にスポットを当てているということが好印象です。
新規材料を研究開発するにあたってはこのような考え方を取り入れるのも一案です。
一方で留意点もあります。
まずは繊維の配向です。
フィルム化する際には繊維は間違いなく配向します。
つまり、実際に今回の材料を射出成型剤として用いて成形物を作った際には、
異方性により異なる特性が発現する可能性があることは理解しておかなくてはいけません。
今回の論文はあくまで、材料の要素的な部分を評価しているのです。
これを忘れてはいけません。
ただしこのような要素技術の研究無くして新しいものは絶対に生まれません。
時間をかけてでも理論と照らし合わせながらじっくりとテーマに向き合う。
技術に対するこのような当たり前の姿勢が今最も求められているのではないかと感じています。