天然素材由来の炭素繊維の開発とテニス ラケット への適用 Vol.142
( The image of V-Cell9 reinforced by Bio-based CF was referred from https://goode-sport.co.uk/buy/v-cell-9/ )
今日は天然素材を原料とした炭素繊維の開発と、その繊維を用いたテニス ラケット 製品である V-Cell 9 についてご紹介したいと思います。
天然素材を原料とする炭素繊維の開発の課題
ここ最近、FRP業界にも環境に対する取組を求める流れが強まってきています。
そのような中、ドイツのポツダムにある Fraunhofer Institute for Applied Polymer Research IAP が、
天然素材を原料とし、PAN系の炭素繊維と同等の特性を発現する炭素繊維を開発したとのことです。
この内容のリリースは以下のページで見ることができます。
Title:
Bio-based carbon fibers – high-performance and sustainability for light-weight applications
https://www.iap.fraunhofer.de/en/press_releases/2019/biobased-carbon-fibers.html
ここでいう天然素材というのは、
cellulose
lignin
hemicellulose
といったものを指しているとのことです。
このような原料を出発点とした炭素繊維の開発において障害となるのは主に以下の3点と述べられています。
1. 材料の収率が低い
→ 現状は10?30wt%程度が収率とのことです。その多くは焼成の段階でガス化してしまうとのことです。
2. 炭素原子配列の規則性が低い
3. 繊維形態にしたときに、繊維方向に分子が配向しにくい
課題解決に向けた取り組み
これらの課題を解決するために用いたアプローチが、
「数秒間、極めて高い温度にさらす」
とのこと。
具体的には 2700?2800 ℃の温度に数秒加熱します。
このような加熱を可能にするため、特殊なオーブンを開発したのが解決に向けた大きな一歩になったようです。
加熱の形式は白熱電球のような仕組みです。
一般的な白熱電球では金属線(主にタングステン)が熱せられることで発光しますが、
上述のオーブンでは固体の炭素チューブに電気を流して熱をかけるという形式とのこと。
極めて高い温度に到達するため、電流は最大 1500A まで流せるもののようです。
不活性ガスで満たされたオーブン内で、
このように加熱された炭素チューブの内部を繊維が通過することで、
短時間の加熱という工程が可能になった、というのが大まかな仕組みと述べられています。
天然素材由来の炭素繊維を用いたテニス ラケット
そしてこのような天然素材の炭素繊維を早速採用するという動きが始まっています。
その代表例が、 Volkl というラケットメーカーです。
この中の製品の一つである VCell というシリーズの ラケット に、
cellulose 由来の炭素繊維を用い、
それを三次元的に基材(繊維)を構成(織る or ステッチング等)して使うようです。
一番の狙いとしては、振動減衰と述べられています。
振動吸収を目的に EVA のフォーム材を使うという VFeelという従来設計思想を引き継ぎつつ、
ラケットの根元、ガットのフレームの3、6、9、12時という位置の材料を見直すことで、
25%の振動減衰を実現したとのことです。
恐らくこのフレームに上記の天然素材由来の炭素繊維を適用して剛性を最適化することで、
振動減衰の実現に至ったという話だと考えられます。
この新しいVCellラケットは2020年3月に発売予定とのことで(2020年2月発表当時)、
こちらのサイトで見られる製品のうち、 V-Cell9 というものが上述の炭素繊維を用いた製品のようです。
以下に概要に関する説明があります。
https://goode-sport.co.uk/buy/v-cell-9/
振動減衰は単に剛性を上げればいいといった単純な話ではなく、
極めて複雑な振動挙動を考えなくてはいけません。
ボールが一度ガットに当たった後のガットからの振動で励起される振動モードはなかなか複雑でしょう。
厳密にはボールがガットのどこにあたるのか、
つまり加振位置によっても振動モードが変化すると考えられます。
この辺りはガットのフレーム形状や、
上述したフレームの各箇所の剛性のバランスといったことを検討しながら最適化していくものと推測します。
環境を意識した新たな繊維の登場は、
SDGsも含めた昨今の時代の流れがその一因であることは間違いないでしょう。
様々な不確定要因のため先の読めない状態が続き、
地球環境に関する関心が低くなっているようにも感じます。
しかし、そういうときでも不確実な情報に惑わされることなく、
今できることに加え、今後必要になるであろうアクションの準備とその実行を進める、
ということが生き残りには必要であるに違いありません。