道路トンネルの変状・異常事例集から見るFRPの活用
国土交通省の国土技術政策総合研究所から、道路トンネルの定期点検に関する参考資料(2021年版)がリリースされました。
この資料は以下の所で閲覧することができます。
道路トンネルの定期点検に関する参考資料―道路トンネルの変状・異常事例集―(2021年版)
今日はこの資料を参考に、
FRPのトンネル補修への適用について考えてみます。
道路トンネルの定期点検に関する参考資料のポイント
Photographed by Burak The Weekender
最初に述べるべき感想として、
本資料は画像が盛り込まれており大変わかりやすいというものがあります。
この手の資料の多くは大体が現場で経験豊富な方しかわからないような細かい記述の連続で、
読み込むのに労力が必要ですが、この資料は圧倒的に画像が多いです。
しかも事例ごとに区分けされているため、
どのような事象がトンネルの劣化事象として現れるのかについても、
詳細に書かれているのが特徴です。
さらに、この事象について4段階(詳細としては5段階)に区分し、
どの程度劣化が進行しているのかの指針を与えています。
以下に劣化進行度合いに該当する部分を抜粋します。
I
利用者に対して影響が及ぶ可能性がないため、措置を必要としない状態。
II
IIb
将来的に、利用者に対して影響が及ぶ可能性があるため、監視を必要とする状態。
IIa
将来的に、利用者に対して影響が及ぶ可能性があるため、重点的な監視を行い、
予防保全の観点から計画的に対策を必要とする状態。
III
早晩、利用者に対して影響が及ぶ可能性が高いため、
早期に措置を講じる必要がある状態。
IV
利用者に対して影響が及ぶ可能性が高いため、緊急に対策を講じる必要がある状態。
※道路トンネルの定期点検に関する参考資料内、表 1.4.1 本体工における対策区分より。
冒頭の概要に、
「道路トンネルの本体工の対策区分の判定および附属物等に対する
異常判定を行う点検者に対して、評価の客観性を高めるため」
と書かれている理由もうなづける内容です。
個人的には大変重要な資料だと感じます。
トンネルの劣化状況を大きく6事象に分類の上、6パターンによる判定を実施
今回評価しているトンネル劣化事象は以下の6つです。
1. 圧ざ、ひび割れ
2. うき・はく離
3. 変形、移動、沈下
4. 鋼材腐食
5. 巻厚の不足または減少、背面空洞
6. 漏水等による変状
概要を述べると、トンネル内壁の形状変形、
もしくは金属製の付属設備の腐食が主といえます。
実際に資料を見てみるとよくわかりますが、
内壁の異常もさることながら金属製設備や部品の腐食が大変多いということに気が付くかと思います。
また異常判定は以下の6パターンから抜粋の上行っています。
・破断
破断が認められ、落下するおそれがある場合
・緩み、脱落
緩みや脱落があり、落下するおそれがある場合
・亀裂
亀裂が確認され、落下するおそれがある場合
・腐食
腐食が著しく、損傷が進行するおそれがある場合
・変形、欠損
変形や欠損が著しく、損傷が進行するおそれがある場合
・がたつき
がたつきがあり、変形や欠損が著しく、落下するおそれがある場合
資料の中身を見ると、脱落しそうなものを番線(太い針金)で応急処置する等、
想像以上に対策が「その場しのぎ」であるものも多いことに驚きます。
トンネル内では見方によってはいつ何が落ちてきてもおかしくない、
という状況に警鐘を鳴らしているようにも読み取れます。
トンネル内にある金属製設備の腐食が多い
既に述べた通り、トンネル内の金属製設備の腐食が目立つ印象があります。
その一因と考えられるのが、
トンネル内を通行する自動車の影響です。
つまり、排ガス由来の酸性物質の存在です。
元々ギ酸等の酸性物質を排出していた自動車も、
三元触媒の採用によって殆ど排出されないようになりました。
・関連資料
自動車排気系統の腐食環境の調査 ・解析
しかし、この触媒を採用したとしても例えばアンモニアの排出は継続しており、
このアンモニアがNOxやSOxと化合物を作ることで生成される、
硝酸アンモニウムや硫酸アンモニウムは酸性を示します。
・関連資料
自動車から排出される微量物質の測定技術
この酸性環境はトンネル内の金属製設備の腐食を促進させる原因の一つになると考えます。
また、残念なことに異なる金属種を接触させる「電食」も確認されており、
そもそも材料の基本特性を理解せずに設計が行われている様子も見て取れます。
金属材料組成によって異なる電位を持つという基本がおさえられていない状況は、
技術的にみて致命的といえるでしょう。
FRPは形状追従性が高く、金属より腐食に強い
では、このようなトンネルの劣化現象への対策や対応として、
FRPをどのように活用すべきなのでしょうか。
代表的な考え方が、
「内壁へのFRP積層による補強」
です。
一例が以下のようなものになります。
高強度、高剛性のFRPを内面に貼り付けることで補強します。
FRPは耐腐食性が高いため基本的に錆びることが無く、
また硬化前のFRPはドレープ性があるため形状追従性が高いというメリットがあります。
しかしながら、FRPが補強材として機能するためにはトンネル内壁との確実な接着が不可欠で、
内壁/FRP間の界面に対する前処理(洗浄、表面を粗す、プライマー適用等)は大変重要といえます。
更に漏水により内壁面に水分が提供され続ける可能性もあるため、
接着にはかなり気を遣うと想像します。
上記の接着や漏水への対策を考慮した別のアプローチとして、
FRP格子と強化繊維メッシュを組み合わせた材料を金属製アンカーで固定するものがあります。
これは主となる構造部材の格子をFRPにすることで、
強度、剛性に加え、耐腐食性を補強材に持たせるというものです。
メッシュと内壁間には導水フィルムを導入することで、
漏れだした水が直接トンネル内に落下することを防ぐと同時に、
メッシュ形状にすることで該当領域を目視で見ることもできるとのこと。
アンカーボルトによる固定のため、
前述のような内壁/FRP間の接着性を考慮する必要が無い、
といったメリットもあります。
ただし、どちらの工法に対しても道路トンネルの定期点検に関する参考資料によると、
浮きや走行車衝突による損傷などの問題が生じており万能とは言えず、
やはり長期視点での管理は不可欠です。
金属製部品にはFRPの派生である塗装による対策も選択肢
前述の通り、トンネル内では金属製設備の腐食が多く見受けられています。
これらの腐食に対する予防として、
塗装による対策が一案としてあります。
耐食塗料にガラス短繊維を混錬することで複合材料化し、
その結果として塗膜の厚膜化とガラス繊維の存在により腐食物質の浸透距離を延ばす、
というコンセプトを具現化している事例もあります。
このように、FRPは金属腐食を抑制する補助材としても活用することが可能です。
材料による対応に依存せず、継続的な管理が不可欠
今回はトンネルというアプリケーションを一例に、
その劣化防止や改修に対するFRP適用例を紹介してきました。
しかし、何より大切なのは
「継続的な管理」
です。
トンネルというのは常に内壁に対して外力が生じ続ける環境になるため、
長時間にわたる圧縮変形(ゴムでいうC-Setのようなもの)が生じる可能性もあり、
また地震や上述した走行車の衝突など非定常事象による損傷も起こり得ます。
よって、長期間にわたり管理を行うことが不可避と考えます。
長期的なモニタリング手法の一つは光ファイバ
このような長期的なモニタリング手法の一つが、
「光ファイバ」
です。
光ファイバセンシングには多点型と分布型とありますが、
歪み変化等の事象が起こった位置まで特定できる分布型が望ましいと考えます。
分布型の光ファイバセンシングについては、
ブルリアン散乱(ブリユアン散乱)を中心とした研究開発が今も行われています。
この辺りは以下のようなコラムで触れたことがあります。
・関連コラム
広範囲を同時に検知するセンサによる外観検査も重要
また、外観検査も大切です。
抜け漏れの出やすい目視ではなく、センサを活用するのが基本となります。
局所的な観察ではなくトンネル内壁全体を検査するイメージとなります。
トンネル検査等で先を行く鉄道などでは、
小型スキャナユニットによるトンネル内壁検査をすでに実現しています。
近年はガントリ型と呼ばれる門型のような検査システムに加え、
高所作業点検システムの検証も始まっています。
トンネル点検システム(iTOREL:アイトーレル)はその一例で、
内壁のひび割れと浮きを自動検出するひび割れ検出ユニットと、
画像化できない損傷を検知する打音検査ユニットから構成されており、
トンネル内の交通を止めることなく実施できる検査システムになります。
「トンネル点検システム(iTOREL:アイトーレル)」の現場試行を実施
また、打音によるモニタリングはタッピングといって比較的歴史のある技術です。
過去にはタッピングに関連する検査機器をコラムで紹介したこともあります。
・関連コラム
複合材料向け タッピング 検査機 NLAD Cheetah の発表
いずれにしても、トンネル保守管理向けシステムが発展してきていると感じます。
いかがでしたでしょうか。
新鮮な食材や物品の輸送や人の移動には、
平地が少なく山の多い日本ではトンネルというインフラが不可欠です。
しかしながらインフラは必ず劣化します。
この劣化に対してどのように補修、管理しながら安全に長持ちさせるのか。
工夫しながら長く使うことの知恵に長けた日本人だからこそ、
乗り越えられる課題なのかもしれません。
日本発のインフラの長寿命化という考え方が世界標準になることを期待しています。