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放射線のFRPへの影響

2024-04-29

原子力発電の燃料源のイメージの強い放射性物質。

放射性物質は放射性核種を含む物質で、
そのような原子核が自然に粒子や電磁波を放出して、
別の原子核に変化するものを指しています。

この崩壊が起こるときに質量が少しだけ減少する、
いわゆる質量欠損が莫大なエネルギー生成に関与します。

これが有名な相対性理論で導かれた

E=mc2

ですね。

質量欠損に伴うエネルギーは莫大で、
1mgの質量欠損で石油2トンレベルのエネルギーが放出されます。

 

※参照情報

最新相対性理論入門 Newton 2022年2月号

 

原爆のエネルギーも基本的には同様の原理で供給されることをご存知な方も多いかと思います。

原子力発電所に限らず、自然界からも様々な放射線が降り注ぐことから、
FRPが仮に構造物で使われている場合、
放射線による影響について概要を知ることは重要だと考えます。

今回は放射線によりFRPにどのような変化が起こるのかについて、
過去の研究例も振り返りながら考えてみたいと思います。

 

 

 

放射線とは何か

原子核の周りを電子雲が囲むイメージ

Image above was dwan by AI, inputting order that exsist of electrons around atomic core

「放射能」という言葉を使うメディアや人が多い印象がありますが、
放射能というのは放射線を放出する性質、
いわゆる能力を意味しているとの理解です。

よってFRPに対する影響としては、
放射能ではなく放射線を軸として考えるのが妥当でしょう。

放射線には複数の種類があることが知られています。
この辺りは私の専門外ですが、調べたものも引用しながらご紹介したいと思います。

 

放射線は大きく分けると電磁波と粒子線に分けられる

以下の情報を参考にしました。

※参照情報

理化学辞典 第5版(岩波書店)

理科年表2023年(丸善)

放射線とは(長瀬ランダウア株式会社)

 

第一に理解すべきが、放射線は大きく分けて電磁波と粒子線に分けられるということです。

電磁波は波長で理解するとわかりやすいです。

電磁波は概ね波長が1nmを下回るような高エネルギーの光で、
例えばX線やγ線があります。

前者は原子核外、後者は原子核内で発生する電磁波で、
それぞれレントゲンやCT検査、PET検査や放射線治療などに使われています。

可視光が400から800nm程度であることを考えれば、
人が見ることのできる光の世界は大変狭いと感じます。

粒子線はHe原子核の放出を意味するα線をはじめ、
β線、電子線、中性子線、陽子線、重粒子線等があります。

このうちα線とβ線以外は主に加速器で加速された電子や中性子、
または陽子やその他原子核から成ります。

まだ学生の頃に中性子線は人体組織を破壊する力が強いため、
危険であるといった話を所属していた研究室の教授から聞いた覚えがあります。

 

後述するFRPに対する放射線の影響への評価例では、
このうち電子線とγ線による影響を見ているものをご紹介したいと思います。

 

放射線照射量を示す単位

放射線の照射量を記述する単位について触れておきます。

参照した文献では「Gy(グレイ)」が多く使われています。

J/kgに置き換えられるものですので、
単位重量当たりのエネルギーと理解いただいていいと思います。

 

放射線環境への人体暴露では「Sv(シーベルト)」が使われ、
こちらの方が一般的かもしれません。

ただ、これは人体のどの部分、どの範囲にどの放射線をどの程度浴びたかの数値であり、
臓器組織、放射線荷重係数、吸収線量等の係数をかけたものになります。

※参照情報

放射線の単位(グレイとシーベルト)

 

 

 

FRPに対する電子線照射の影響の評価例

電子線のFRPへの影響をみた評価例として、
以下を参考に概要解説をしたいと思います。

易加工性・耐放射線繊維強化プラスチック
https://jopss.jaea.go.jp/pdfdata/JAERI-M-85-220.pdf

 

照射した電子線

電子加速器(Dynamitron IEA-3000-25-2)を用いて、
静止照射法により積算して最大100から150MGy(メガグレイ)の電子線を照射したとのこと。

昇温しない様、継続的に冷却しています。
照射環境は大気中です。

放射線を照射されたFRP

強化繊維は炭素繊維、ガラス繊維、アラミド繊維の3種類で、
マトリックス樹脂はビスフェノールAまたはF型エポキシ、
ノボラック型エポキシ、無溶剤型ワニス、
またはBT樹脂(ビスマレイミド・トリアジン樹脂)のいずれかと組み合わせています。

硬化剤も変化させており、Diaminodiphenylsulfone、
いわゆる芳香族アミンの代表格であるDDSと、
Diaminodiphenylmethane(DDM)を使っているエポキシといった切り口で分けています。

DDSとDDMの構造式は以下の通りです(左:DDS 右:DDM)。

芳香族アミンであるDDSとDDMの構造式

Drawn by FRP Consultant

繊維の品番までは書かれていませんが、
ガラス繊維はEガラス、基材構成は繊維によらずUD(一方向材)、平織、朱子織のいずれかです。

 

FRP特性変化評価法

圧縮特性(強度、弾性率)、引張強度、曲げ特性(強度、弾性率)、
層間せん断強度(ショートビーム)といった材料試験に加え、
SEMによる破壊面観察を行っています。

 

結果の概要

 

材料特性について

FRPの材料構成によらず60MGy程度の照射であれば、
例えば曲げ弾性率に大きな変化がみられていません。

唯一この照射量から弾性率が低下しているのがBis-A型エポキシ+炭素繊維の組み合わせです。
これがBis-A型エポキシが耐電子線性能は高くない、という判断につながっているものと考えます。

一方で強度を見ると、
層間せん断強度は電子線照射エネルギー量に応じて全体的に低下している印象です。
概ね30MGy程度以上だと低下傾向を示すものが多いようです。

その一方で照射初期段階だと強度が上がるという挙動も見られます。

引張強度についてはCF平織+Bis-A型エポキシ(DDM)、アラミド平織+ノボラック型エポキシで、
電子線照射に応じた低下が認められる一方、
ガラス繊維強化のものは一部低下しているものの全体通じて強度保持している様子がわかります。

圧縮強度は電子線照射量に応じた緩やかな特性低下が見られる傾向にありますが、
その中でCF UD+Bis-F型エポキシ(DDM)は150MGyのエネルギー照射を受けても、
特性が殆ど変わっていません。

曲げ強度はGF平織+Bis-A型エポキシ(DDS)が照射初期段階から低下傾向を示し、
またCF平織+Bis-A型エポキシ(DDM)が100MGyの照射で特性を大きく低下させている以外は、
顕著な強度低下が認められていません。

 

SEM画像について

曲げ試験後の試験片について、
電子線照射有無での破壊面のSEM画像が掲載されています。

電子線照射前の画像を見ると繊維表面に樹脂が残存している様子がわかります。

さらにその樹脂はささくれ立っているように見えるものが多いことから、
本破壊形態は主としてせん断(Mode II)が支配的であったと推測されます。

曲げ試験は引張と圧縮の複合モードのためFRPの特性評価としては不適切ですが、
このように破壊断面から主な荷重モードを推測することは可能です。

せん断モードだと樹脂がささくれ立つことについては、
例えば以下のような文献に画像と解説が掲載されていますのでご参照ください。

※参照文献

ES Greenhalgh: Failure Analysis and Fractography of Polymer Composites, New York, CRC Press, 2009, 187p.

 

 

 

放射線を多量に浴びるとマトリックス樹脂中の分子鎖が切断される

今回の結果で見られたSEM画像について、
私見を述べたいと思います。

SEM画像から中性子線照射の累積エネルギーが大きくなるほど、
繊維上の樹脂量が減る傾向が見られます。

また最終的に150MGyという高エネルギー量照射したものは、
ガスの発生によると推測される空隙が見られると記載があります。

実際にそのような現象が発生したかは個人的に疑問ではあります。
ただ、高エネルギーの電子線を照射されることで樹脂中の高分子鎖が切断され、
結果として低分子化するとガス化(気化)やゲル化する可能性は否定できません。

実際、マトリックス樹脂の放射線劣化をゲル化度合いで見ている文献も存在しており、
この辺りは興味深い取り組みといえるでしょう。

※参照文献

繊維強化プラスチックの放射線劣化に及ぼす繊維の影響
https://www.jstage.jst.go.jp/article/koron1974/49/6/49_6_551/_pdf/-char/ja

 

 

 

放射線照射の初期段階ではFRPの強度や剛性が向上することもある

これは他の文献でも述べられている結果です。

電子線に限らず、放射線を照射された初期段階だと材料特性が向上することがあります。

これは高分子の観点で見るとそれほど不思議な事ではなく、
恐らく放射線により分子鎖の一部にラジカルが発生し、
これが他の官能基と結合するラジカル重合のような反応が発生したものと推測します。

熱硬化性マトリックス樹脂をベースとしたFRPの推奨加熱工程では、
硬化度100%を目指すことは無く、未硬化である部分を一定量残すことが一般的です。

この未硬化部分が放射線による重合反応に関与したとみるのが妥当かと思います。

 

 

CFとGFを比較するとCFの方が耐放射線が高いという記述が多いことについて

今回のようにCFとGF等、複数種の強化繊維で形成されるFRPを比較する場合、
一般的にはCFの方が耐放射線性能が高いという結果が出る傾向にあります。

その主たる理由はCFの方がマトリックス樹脂との接着性が高いから、
というのが多いですがこれは一理あるかと考えています。

その一方で放射線で特性が低下するのはマトリックス樹脂なので、
材料の評価方法や基材構成によっては必ずしも当てはまりません。

例えば今回の結果でいうと圧縮強度はCFRPで、
照射エネルギー量に応じた特性低下が認められます。

よって、CFRPであれば耐放射線は大丈夫といった決めつけるような考え方は危険だと思います。

 

 

 

マトリックス樹脂の種類や硬化剤によっても耐放射線性能は変化する

これは今回の結果で最も面白かったところでしょう。

ノボラック型エポキシ>Bis-F型エポキシ>Bis-A型エポキシ

という順番で、耐放射線性能が低下する傾向が示されています。
また硬化剤でいえばDDSと比較し、DDMの方がわずかながらですが、
電子線照射に伴う樹脂の脆化を抑制する傾向となっています。

マトリックス樹脂の選定はやはり重要であると改めて感じます。

 

 

 

FRPに対するγ線照射の影響の評価例

最後にもう一つ、γ線を照射されたFRPの耐衝撃性能を評価したものをご紹介します。

参照したのは以下のものです。

放射線照射が繊維強化複合材料の破壊メカニズムに与える影響
https://www.tokai.t.u-tokyo.ac.jp/kyodo/kaihoken/Houoku_Seika/HoukoPDF/2015ZanteiPDF/15024_nisida.pdf

 

照射したγ線

コバルト60γ線照射施設の設備を用い、
1kGy/hで最長500時間照射しています。

累積照射量は0.5MGyになります。

照射は真空にした条件下、もしくは大気中の2条件とのこと。

今回参照した情報は真空下で照射したFRPのみの結果のようです。

 

放射線を照射されたFRP

強化繊維は炭素繊維(M60JBまたはT300)、マトリックス樹脂はどちらもエポキシ樹脂3900-2、
積層構成はM60JBの場合が[45/45/0/0/-45/-45/90/90]s、
同T300の場合が[45/0/45/0]sとなっています。

 

FRP特性変化評価法

目視によりγ線照射有無による違いがあるかを見ています。

その後、二段式ガスガンにより直径1mmのアルミ(A2017-T4)製の飛翔体を、
約2.5km/sのスピードでFRPに衝突、貫通させた際、
破壊形態とγ線照射有無に相関がみられるかを確認しています。

 

結果の概要

目視ではγ線照射による表面変化は見られなかったものの、
色の違い(緑色への着色と記述あり)が認められたとのこと。

飛翔体が当たった後の状況を見ると、
破壊形態には顕著な差異は認められない一方で、
γ線を照射した供試体の方が貫通孔が大きいことが画像付きで示されています。

また飛翔体の衝突によって発生したFRPの破片(飛翔体衝突面側に飛散したもの)について比較し、
γ線を照射した方が細長くなる傾向にあったと書かれています。

以下、本評価結果について私見を述べます。

 

 

 

γ線によりFRP劣化が進んだ可能性がある

今回参照した結果は速報であるものの、
評価の切り口に高速衝突を採用したというのが大変興味深いです。

γ線照射により貫通孔が大きくなり、
また衝突後に生じた破片でマトリックス樹脂と強化繊維が一体化しているものが多かったといったことから、
γ線照射がマトリックス樹脂と強化繊維間の密着性低下や、
マトリックス樹脂の特性低下につながった可能性が示唆されています。

γ線による照射も、上述した電子線の時と同様のFRP特性変化が生じていると考えて問題ないと思います。

 

全体通じて感じたことを一つ述べてみたいと思います。

 

 

 

FRPは放射線では簡単には特性低下しない

FRPに対する耐放射線性能を評価した事例はそれほど多くありませんが、
数値データを見る限り

「FRPは放射線では簡単には特性低下しないのではないか」

と私は考えています。

多くの文献等でFRPの特性変化が起こるのは概ね数十MGy以上です。

例えば照射する放射線エネルギーの比較的高い放射線治療を例にしたいと思います。

数値を参照したのは以下のサイトです。

※参照情報

放射線治療について/国立国際医療研究センター病院

 

これによるとおよそ1、2分で2Gyの放射線を照射すると書かれています。

例えば1日24時間、365日、2Gy/minで放射線を照射し続けようとすると、
10MGyに到達するのに3472日かかります。

10年近い期間です。

実際FRPの特性変化が出るのは評価方法や材料構成によるものの、
およそ30から50MGy程度であることを考えれば、
単純計算でも30から50年程度の時間が必要になります。

放射線の影響は無視はできないものの、それ以外の環境劣化要因、
例えば湿度、温度、紫外線、
オゾン、そして酸・アルカリ・有機溶剤との接触等の影響に配慮することの方が、
FRPの耐久性を考えるにあたってより重要なのだと思います。

 

 

 

まとめ

放射線はFRPの材料特性を低下させる要因になり得ることが、
各評価によって明らかになっていることについてご紹介しました。

ただし、その影響は数十MGy以上という莫大なエネルギーが必要であることから、
放射線だけを考えるのではなく、
その他環境要因も考慮するという広い視野が重要かもしれません。

そして材料特性でいうと、
層間せん断特性が放射線による変化に対して最も敏感であることが示されており、
主としてマトリックス樹脂や当該樹脂と強化繊維間の密着性が、
特性低下の要因であると推測されます。

加えてマトリックス樹脂の主鎖の構造や硬化剤の種類など、
樹脂組成が耐放射線性能に影響を与えるということも忘れてはいけません。

 

これを機に自然界に存在するものも含め、
放射線がFRPの特性低下要因の一つであることを認識いただければ幸いです。

 

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