Composites Sustainability Report 2024 / JEC Composites Magazineの概要
JEC Composite Magazineの特集号として発行されたComposites Sustainability Report 2024について、
抜粋概要と内容から考えるポイントについて述べます。
Composites Sustainability Report 2024の基本構成
全67ページで、内容はFRPを中心に複合材料の環境対策について述べられています。
冒頭は欧州の専門家の個人インタビューから始まり、
欧州、北米、アジアという地域ごとに取り組みが抜粋して述べられており、
さらにその中に以下のような項目分けがなされています。
- ・Design for sustainability
- ・Lifetime extension
- ・Recycling
発行しているのがJECですので自然ではありますが、
欧州に関する内容が厚めに記載されています。
ここから欧州の専門家の話、そして内容について上記の項目ごとに、
地域差に視線を向けながら述べたいと思います。
専門家のインタビュー記事
欧州における環境保全取り組みに関する規則、FRP製船舶とFRP製風力発電ブレードのリサイクルの取り組み、というのが主たる内容です。
それぞれについて関係する機関の方が専門家として取材を受けているイメージとなります。
要点を抜粋して述べたいと思います。
欧州における環境保全取り組みに関する規則について
以下の規則が一例として述べられています。
Regulation (EU) 2024/1781 A framework for eco-design requirements for sustainable products
2024年6月に施行された規制で、
2050年までにカーボンニュートラルを実現するというGreen Deal、
並びに循環型社会を目指すとしています。
キーワードとしては以下の3点のようです。
- Durability:長期耐久性
- Repairability:補修と交換を容易にし、かつ該当する情報をわかりやすく発信
- Recyclability:製品寿命が終わった後、再生、再利用を実現
日本でも類似の情報が得られるため特段真新しさがあったわけではありませんが、
「そもそも性能優位性のない場合、複合材料を使わないという観点も必要ではないか」
という問いかけは印象に残りました。個人的には賛同できる発言です。
FRP製船舶とFRP製風力発電ブレードのリサイクルの取り組みについて
船舶と風力発電ブレードはFRPが比較的古くからある程度のボリュームで使われてきた業界です。
そのためか、主張には類似点がありました。
この類似点について述べます。
なお、議論の中心はこれらの業界で主として用いられる、
ガラス繊維を強化繊維としたGFRPが前提となっています。
製品寿命評価の重要性
いわゆるLife Cycle Assesmentです。
定量的な評価手法を確立することは、
複合材料を持続可能なものとするのに不可欠である、
というのが主張の趣旨となっています。
例えば風力発電ブレードを一例にすると、
FRP製のブレード材をセメントの充填剤にリサイクルすることで、
廃棄されるFRP 1トンあたり、0.8トンの二酸化炭素排出を削減できると試算できる、
といった表現も認められます。
廃棄物の受け入れからリサイクル材としての再生までの流れを創出する
前述のセメントへのFRP廃棄物再利用の適用を例にすると、
例えばFinlandでは KiMuRa-route というプロジェクトがあります。
複合材料業界からはExcel Compositesなど4社、
循環型社会実現に向けKuusakoskiなどのコンサルティング企業2社、
さらに風力発電協会などが中心となって進めるこのプロジェクトは2020年から始まっており、
FRP廃棄物の受け入れ、粉砕、燃焼、セメントへの適用という、
一連工程の成立性検証を進めているようです。
セメントに入れる石灰岩やカオリン石で発現する性能が、
サーマルリサイクルで有機物を除去して残渣となったガラス繊維で達成できるため、
マテリアルサイクルとしてGFRPの残渣を活用するのは技術的にも妥当のようです。
ただトータルとしてのコストが高いため低コスト化と、
受け入れキャパシティーが小さいという課題が残っているようです。
日本でも類似の取り組みは始まっているため、
これからFRP業界でも注目される動きとなるでしょう。
※参照情報
KiMuRa project welcomes composites manufacturers to join recycling effort
FRP recycling exercise 2021-2022 KiMuRa-project
FRP廃棄物の100%リサイクルを目指して新たなサプライチェーンを構築(日系企業の例)
リサイクル材に対する品質と供給の不安定、並びに市場ニーズの低さは課題
これは環境保全関連に取り組む多くの方が直面する課題と共通ではないでしょうか。
やはりリサイクル材のデメリットは、
技術的に言えば品質や供給の不安定さです。
Sustainabilityという意味では複合材料業界で注目される天然素材も同じ課題を抱えていると考えており、この辺りは過去のコラムでも触れたことがあります。
※関連コラム
Bcompの天然繊維強化FRPがQuintessenza(R)のコンセプト電動車に採用
リサイクルなどの環境保全への取り組みを法規で促す
やはり独自の取り組みには限界があるため、
ある程度は法規でリサイクルなどの取り組みを促す仕組みが必要だろう、
という認識があるようです。
どこまで強制させるかという議論は必要だと考えますが、
法規という形で取り組みを推進する考え方は、
欧州を中心に既定路線のようです。
次に各主要テーマについての取り組みを述べます。
Design for sustainability
要点を上げると以下のようになります。
- 廃材の徹底削減
- 情報共有のデジタルプラットフォーム確立
- 環境アセスメントの定量評価手法の浸透
それぞれについて概要を述べます。
廃材の徹底削減
こちらについては組物構造が例として述べられています。
織物などは端部が使えないことが多い一方、
組物シームレスなので残材がでないため、
材料の無駄が少ないということのようです。
組物については過去にコラムで述べたことがあります。
※関連コラム
情報共有のデジタルプラットフォーム構築
様々な産業界での情報を共有することで、
循環型社会に向けた新たな技術や取り組みを創出することを狙い、
デジタルを基本としたプラットフォーム構築が求められているようです。
異業種間の情報交換は、
循環型社会実現への重要な基本要素となるとの主張が認められます。
記事中ではJoint Industrial Data Exchange Platformが例として挙げられています。
※参考情報
環境アセスメントの定量評価手法の浸透
EuCIAが2023年4月にリリースした Eco Impact Calculator が紹介されています。
これについては以下のような動画も存在します。
評価対象は複合材料です。
登録すればだれでも使えるかもしれません。
このような公的な機関が提供する環境アセスメント評価手段が、
今以上に浸透するのが重要、というのが記事の趣旨になります。
※参考情報
Eco Impact Calculator for composites
Life time extension/Recycling
これらのテーマは共通した技術紹介が多かったため、
まとめてご紹介します。
- 廃材のリサイクル
- 強化繊維の再生
- 循環型の社会の構築
- インフラへのFRP積極採用による長寿命化
- FRP材料の製造工程の高効率化
それぞれについて概要を述べます。
<廃材のリサイクル>
GFRPだけでなく、CFRPの事例も散見されました。
例えばイギリスのLineatは、炭素繊維からシートやテープ材料を再生することを得意としています。
未使用の廃棄炭素繊維だけでなく、使用済みのCFRPから炭素繊維を抽出することも可能になったようで、
それを主に水系で分散させ、シートやテープ材料に再生するとのことです。
以下の動画で概要を見ることができます。
詳しくは述べられていませんが、
樹脂未含浸の繊維を再生するのではなく、
SMCのように使えるとのことで樹脂を含浸した複合材料として再生させると考えます。
また、廃棄された風力発電ブレードを粉砕の上で顆粒状フレークとして再生し、
太陽光発電システムの構造材などへの適用を行っているとのことです。
これも以下のような動画で取り組みの概要を見ることができます。
再生材を樹脂の充填剤として用いる場合もあれば、
GFRPへの添加材として用いる場合もあるようです。
本取り組みを進めるaccoionaについて、
風力発電ブレードの廃棄材料を靴底材料に適用する取り組みを行った、
という話を以前ご紹介しました。
※関連コラム
現段階でいうと、どちらもいわゆるダウングレードでの再利用であり、
過去にご紹介したリサイクルカテゴリーでいうとLevel 0から5のうちLevel 2に該当します。
同様にCETIMAは未使用の熱硬化性樹脂をマトリックスとした材料を再生する、
といった情報もありましたがこちらは同カテゴリーでいうとLevel 1となります。
理想的な材料のリサイクルへの道は、まだ半ばといったところです。
※リサイクルカテゴリーに関する関連情報
「 機械設計 」連載 第十六回 FRPリサイクル の現状と課題、そして必要な取組み
取り組みの地域差について
地域的に言うと上記のような取り組みの多くは欧州で、
北米やアジアに関する情報は多くありませんでした。
北米に関して言うと、例えばFRP材料メーカであるHexcelがFAIRMATなどの企業と連携し、
材料の再生に取り組んでいる、といった事例が紹介されていました。
※参考情報
強化繊維の再生
こちらはガラス繊維で着実な前進があるようです。
Owens Corningは樹脂未含浸の使用済みガラス繊維から新しいガラス繊維を再生し、
SUSTAINA(R)という製品名で展開を始めています。
※参照情報
もう少し踏み込んだのがEPMPHASIZING Projectです。
こちらは廃棄された風力発電ブレードを高温、高圧、高湿で処理して強化繊維を取り出し、
そのうえで規定長さにカットの上で熱可塑性樹脂のサイジング処理を行い、
射出成型品として再生するというものです。
強化繊維抽出工程は、DEECOM(R) pressolysis recycling processと呼ばれています。
概要については以下の動画で見ることができます(2’59″から3’56″付近までの1分程度です)。
ラマン分光によりマトリックス樹脂が残っていないといったデータも示されています。
これらの情報の多くも欧州のみであり、
北米やアジア地域に関する記載は見当たりませんでした。
循環型社会の構築
共通するのは結合と離脱が可逆な熱可塑性樹脂の存在です。
しかもエポキシをベースにしているとのことで、
いわゆる熱可塑性エポキシと考えられます。
ポイントとなるのは開裂可能な硬化剤(重合剤)の存在のようで、
樹脂を可逆的に低分子化させることが循環型のフローにおいてポイントとなるようです。
上記の一例として、
CETIMAは廃棄された風力発電機向けのFRP製ブレードを上記の可逆反応で低分子化させ、
同用途のブレード中の Box spar に再利用する実証実験を進めています。
これ以外にも熱可塑性のバインダーを用いてガラス繊維と炭素繊維を含むFRP廃棄物を再成形し、
自動車向けの部品にするという取り組みもあるようです。
他にはBrodrene Aaは船舶の動力をディーゼルからモータに変更する、
寿命を迎えた船舶の部品を評価の上で使用できるものは再利用するなどの取り組みを進めています。
循環型の社会の構築に関する地域差
上述の話の多くは欧州ですが、
北米でもOak Ridge National Laboratoryが循環型社会の検討を開始しているとの記述があります。
アジアでは中国のSwancorが販売する、
リサイクル可能な熱硬化性エポキシ樹脂が紹介されています。
EzCicloと呼ばれるこの樹脂はインフュージョン、引き抜きだけでなく、
プリプレグにも使用できるFRP向けマトリックス樹脂のようです。
使用後に加熱処理することで繊維と分離可能であることがこの樹脂の特徴といえます。
以下で該当する動画を見ることができます。
インフラへのFRP積極採用による長寿命化
掘削設備、水道管、電柱を金属や木材からFRPに変更することで、
長寿命化を目指すというのが大きな流れであると述べられています。
この話で言及が多いのは今回の雑誌記事でいうと、
アジア地域に分類されているオーストラリアです。
また南極が近いこともあり、
紫外線が強いことによる材料劣化促進が課題、
という観点は興味深いといえます。
これについては欧州や北米関連の記事は、
今回参照した雑誌内には見当たりませんでした。
インフラへのFRP適用は過去にもコラムや雑誌記事で取り上げています。
合わせて以下もご覧ください。
※関連コラム
自動車技術会「高翔」への土木建築/インフラへのFRP適用に関する記事寄稿
FRP製電柱の拡大と既設電柱のFRPによる補修・補強の重要性
CF/PA12のCFRTP製パイプの天然ガスや二酸化炭素の海中輸送向けたDNV認証取得
FRP製マンホール蓋向けの ウレタンアクリレート 樹脂の適用拡大
FRP材料の製造工程の高効率化
製造工程に人を置かず、5Gの高速通信技術を駆使しながら設備を全自動制御し、
結果的に生産効率を30%向上させたという、
中国のガラス繊維メーカ大手JUSHIの事例が紹介されています。
全自動技術導入は中国で盛んですね。
それに加え各種省エネ設備や排出ガスに対して脱窒を行う加熱炉を採用することで、
世界で初めてZero-Carbon Glass Fiber Intelligent Manufacturing Factoryを完成させたとのこと。
本内容についてはリリース記事があります。
※参照情報
China Jushi Builds the World’s First Zero-Carbon Glass Fiber Intelligent Manufacturing Base
このような取り組みはアジア以外では紹介されていませんでした。
アジアがこの辺りの動きで先行している可能性もあります。
最後に私見を簡単に述べたいと思います。
ダウングレードで再生したFRPのリサイクルは既に始まっている
主に風力発電ブレードとして用いられたGFRPの廃棄物が、
粉砕と燃焼を経てセメントの充填剤として利用されることが世界中で始まっていることは、
FRPが循環型社会の一員となれる足掛かりを得られていると感じました。
安定供給や処理キャパシティーといった課題はあるものの、
技術的にはある程度形になったと理解していいでしょう。
ただ事業性という観点でいうと、市場ニーズが大きなハードルです。
セメントに混ぜるというだけでなく、FRPリサイクル材料ならではの”機能性は何か”ということを見出すことが、
出口戦略立案に不可欠だといえます。
マトリックス樹脂の設計がFRPリサイクルのカギとなる
FRP材料のリサイクルは強化繊維をできるだけそのまま抽出することを目指すべき、
というのが基本的な考え方です。
破砕などのダウングレードをさせずに使うには、
強化繊維をどのようにして再生するかがポイントとなります。
これを実現に近づけるのが、
強化繊維と分離可能なマトリックス樹脂です。
必要に応じて、マトリックス樹脂が強化繊維から離れてくれることは、
複合材料から単一材料へ変化することを意味します。
これはリサイクルの理想像に大きく近づいたといえます。
主に熱や水分により分解できるマトリックス樹脂材料がこれだけ出始めていることは、
リサイクルを考えるにあたっては明るい材料といえるでしょう。
FRP材料向けの環境アセスメントのシステムは必須
廃棄物であるFRPのサーマルリサイクルやマテリアルリサイクル、
さらにはFRP製造/成形、そして廃棄に至るまで、
その寿命を通してどのような環境的な影響を与えたのかについて、
定量的に評価するシステムが必要であると改めて感じました。
特に定量的な評価は重要で、
当該評価にはどのような数字が必要かを理解することは、
イメージで環境保全に対して取り組むよりも戦略軸を固めやすいと考えます。
世界共通のFRP材料を想定した環境アセスメントシステムが構築されることを期待したいと思います。
今回はComposites Sustainability Report 2024をベースに概要をご紹介しました。
ご参考になれば幸いです。